白百合の祝福7
それから数日後、私は先輩の強さの秘密を知る機会を得ることになる、そしてそれはあまりに突然で衝撃的だった。
ある日の午後、いつものように店での仕事をこなしているとカウンターに置いてあるベルが激しく鳴った。
その瞬間、支部長を始め、エレナ先輩やミランダさんまでもが険しい表情を浮かべ立ち上がる。
「エレナ、急いで住民に避難勧告を、ミランダも迎撃の準備をしてくれ、十分後に例の場所に集合、リア君は私と来てくれ‼」
のどかな日常に突然訪れた緊急事態、私には何が起こったのか皆目見当つかない
だが皆のただならぬ様子を見て何かが起こっていることだけはわかった。
「支部長、一体何が起きたのですか⁉︎」
「今は説明をしている暇はない、早く戦闘準備を」
ラウンデル支部長は慣れた手つきで鎧を身につけ、カウンターの下から何やら古ぼけたバックを取り出す。
「じゃあ私はみんなに避難を呼びかけてくる」
「ああ、頼んだぞ、エレナ」
真剣な表情で足早に店を出て行ったエレナ先輩、そのすぐ後で
外から緊急事態を告げる〈カーン、カーン〉という半鐘の音が聞こえてきた。何だ?一体何が……
「いくぞ、ミランダ、リアくん」
エレナ先輩に続くように支部長やミランダさんも店を出る、私は何が何だかわからないうちについて行くと
前方に避難を開始している農民たちの姿が見えた。
「急げ、急いで逃げないと魔獣に食われるぞ‼」
「早く逃げろ、魔獣に見つかったらひとたまりもないぞ、急げ‼」
「わ〜ん、怖いよ、お母さん」
農民たちがパニックを起こしながら逃げ惑っている、私は支部長の後ろを走りながらそっと聞いてみた。
「森から魔獣が現れたという事ですか?」
「いや、そうではない……」
支部長は私の問いにボソリと答えてくれたが、一体どういう事だろうか?
住民たちは口々に〈魔獣が来た、逃げろ〉と言っているのに……
私たち三人は村の東端の国境にたどり着く、そのすぐ後にエレナ先輩も姿を見せ、合流する形で全員が集まった。
「住民の避難は完了したか?」
「うん、もう全員避難したはずよ」
一体何なのだ、森の魔獣が現れた訳でもないのに、村の住民を全て避難させないといけない緊急事態とは……
「ラウンデル支部長、説明をお願いします」
自分一人が置いてきぼりを食っている感じがして、やや強めの口調で問いかける。
「すぐにわかる……」
こちらの方を向く事なく、まっすぐに前を見たまま答える支部長、そしてその答えはすぐにわかった。
「あ、あれは……」
目の前に見えてきたのは武装した無数の兵、隊列を組みながら徐々にこちらに向かってきていたのである。
魔獣ではなく敵国の兵士だと?何がどうなっている、私の頭は状況を理解できずにパニックを起こす。
「あれはロデリア連邦の兵じゃないですか⁉︎それもかなりの数がいますよ」
敵国からまさかの侵攻、何の戦略価値もないこんな村に、なぜ……
私が事態を飲み込めずに呆然としていると、ラウンデル支部長が口を開いた。
「ミランダ、敵の数はわかるか?」
「ちょっと待って」
支部長は私の質問には答えず、ミランダさんに問いかけるが、正直私にはミランダさんに何ができるのだろうか?
という疑問しかなかった。なぜなら彼女はいつものように昼間から飲酒していたせいもあり、顔も真っ赤で足元もおぼつかない
ここまで走って来たことが奇跡のような状態だった。
そんな私の心配をよそにミランダさんは右手に持っていた魔法の杖をスッと上に掲げる
すると自身の体が薄っすらと赤く光りはじめた。
「支部長、アレは何をしているのですか?」
「ミランダのあれは、体内からアルコールを除去しているのだ」
「そ、そんなことができるのですか⁉」
「ああ、彼女は体内の血液や脳に渡ったアルコールを一瞬で消し去ることができる
だからどれだけ酔っていても一瞬で正常な状態へと戻ることができるのだ」
なるほど、だから彼女が昼間から酒を飲んでいても大丈夫と言っていたのか。
私が感心していると、ミランダさんは目を閉じ杖の先を地面にコンっと押しつける
するとそこから水面のような波紋状の輪が広がり、一瞬にして飽和し消えた。
「敵の数は約三千人、全て歩兵よ」
両目を開けたミランダさんが静かに答え、支部長が小さく頷く。
「さ、三千人……我々だけでどうにかできる人数ではありません、至急本国に応援要請を‼」
慌てて進言したが、支部長は聞き入れてくれる様子はない。
「エレナ先輩、先輩からも何か言って……」
私がそう言いかけた時、エレナ先輩はニコリと微笑んだ。
「じゃあ行ってくるね」
それはまるで近所に買い物にでも出かけるような口調だった。
「ああ、頑張ってこい」
「後のことは任せなさい」
支部長とミランダさんが送り出すように声をかける。
理解し難い状況に呆然としてしまったが、私の視界にエレナ先輩が腰に剣を身につけている姿が目に入ってきた。
「エレナ先輩が帯剣している……でも」
私の頭に不安と期待が入り混じった思いがぐるぐると駆け回る。
確かに模擬戦で戦った時のエレナ先輩はとてつもなく強かった。
常人離れの動体視力、恐ろしいまでの反射神経と野生の獣を思わせる俊敏性に、風のように速い体捌き
それのどれをとっても超のつく一流だろう。だが実戦は別だ、エレナ先輩のあの細い腕と筋肉量ではまともに剣が振るえないはず
ましてやこれほどの人数を相手にするには技術と共にスタミナや単純なパワーも必要なはずだ。
ここまで一緒に仕事をしてきたのでわかったのだが、エレナ先輩は本当に非力なのだ
私が軽々と運べる荷物でも持ち上げることすらできなかったこともある。
そんなアンバランスな身体能力で戦うとか、どうやって……
興味と不安を胸に先輩の一挙手一投足を見守っていると、それに答えてくれるかのように先輩は腰の剣をスラリと引き抜いた。
「えっ?」
私は思わず声を上げてしまう、エレナ先輩が持っていた剣は私の想像を遥かに越えた物であったのだ。
うっすらと青く光る半透明な刀身、それはむこう側が透けて見えるほど薄くそして美しかった。
「あれは、まさかメルファイン鉱ですか?」
「ああ、そうだ」
私の疑問に支部長が小さくうなずく。メルファイン鉱とは主に美術工芸品などに使われる材料である
美しいまま薄く加工することが可能であり、非常に軽いのが特徴の特殊鋼物である。
確かにメルファイン鉱を使えば切れ味鋭い剣が作れるだろうし、非力なエレナ先輩でも存分に剣を振るうことはできるだろう
だがメルファイン鉱には致命的な欠点がある。それは非常に脆いと言うことだ。
衝撃に弱く少し高いところから落としただけでもガラスのように砕けてしまう
それほど脆いメルファイン鉱を剣の刀身として使用すれば、受け太刀どころか相手の骨に当たっただけで砕けてしまうだろう
そんな物でまともに戦えるのだろうか?私の疑念はますます大きくなっていった。
そんな私の考えなど知る由もないエレナ先輩は、姿勢を低く構えいつでも突撃できる体勢をとっている
私もそれに続けるようにと剣に手をかけた。
「リア、君は我々と共に待機だ」
「どうしてですか?あの人数を相手にエレナ先輩を一人で戦わせるつもりですか」
こんな時まで、しかもこの状況でも前面に出て戦う事を許されず、バックアップを任される事に我慢ができなかった。
「私を含め、今エレナに加勢しても足手まといにしかならない」
支部長の一言に私は思わず唇を噛む、悔しさと情けなさで涙が出そうだ。
「だが勘違いしてはいけない、我々の出番は必ず来る、これはそういう戦いなのだ。
いつでも戦えるように心の準備をしておいてくれ」
支部長の言葉は、今の私には単なる慰めにしか聞こえなかった。
「じゃあ、後は頼むわね」
独り言のように呟くとそのまま駆け出すエレナ先輩、まるで野生の女豹のように、凄まじい速度で敵軍にぐんぐん迫っていく。
「戦闘体勢を取れ、敵を迎え撃つ‼」
敵もエレナ先輩に気づいた様子で陣形を組み迎撃態勢に入った。
ロデリア軍の特徴は魔道具を使用するという点である。
我が国の軍が正統派の剣術で戦うのに対し、ロデリア軍は全ての兵が〈マギスト〉という特殊兵器を持っている
これは一見普通の剣なのだが、力をためて振り下ろすことによって光の矢を発射するという攻撃を放つことができる。
幸い連射はできないので、ロデリア兵と戦う際は相手が剣を振りかぶったら光の矢を警戒するという訓練を叩き込まれる。
だが今回に限っては相手が圧倒的な数的有利であり、こちらは少数
白百合の戦術に照らし合わせれば〈撤退〉の一手である。
そもそも大勢の兵による光の矢の攻撃を、緩慢なく繰り出されたら、相手を倒すどころか近づくことさえできないだろう。
「第一射を放て‼」
敵の司令官と思われる男が大声で叫ぶ、すると無数の光の矢がエレナ先輩に向かって放たれた
まるで猛吹雪の時の雪のように、すさまじい数の光の矢がエレナ先輩に襲い掛かる。
「エレナ先輩‼」
私は思わず叫んだ、しかしエレナ先輩は速度を緩めることもなく、難なく光の矢の雨をかいくぐり、さらに敵に詰め寄る。
「くそっ、第二射用意、放……」
敵の司令官が次の攻撃を指示しようとした時、エレナ先輩の姿が消えた
いや正確には目にも止まらないほどの超加速ですでにその司令官の懐に飛び込んでいたのだ。
「速い‼」
まるで瞬間移動でもしたかのような超加速、何が起きたのかわからないロデリア兵は唖然としている
そして次の瞬間、敵司令官の首元から一筋の鮮血が舞い上がった。
「エレナ先輩、敵の頸動脈を狙って……」
エレナ先輩はすさまじい速度と、目にもとまらぬ体さばきで敵の攻撃をよけつつ
確実に敵司令官の首の頸動脈を切り裂いたのである。
「凄い、こんな戦い方見たことがない……」
次々と敵を倒していくエレナ先輩に私は思わず言葉を失う。
非力な先輩は、脆いが軽いメルファイン製の剣の特徴を活かし、敵兵の頸動脈のみを確実に断ち切っていたのである。
確かにあれならば剣が折れることも無いだろうし、確実に敵を倒すこともできる。
しかしあの剣の強度から考えると首の骨に当たってしまっても剣が折れてしまうのだ
つまり相手の剣はおろか鎧や骨にすら触れずに確実に頸動脈のみを断ち切るなど、口で言うほどたやすいことではない
はっきり言って神業の部類に入るだろう。しかし先輩はそれを作業でもするかのようにこなしていく
次々と鮮血が宙に舞い上がり、バタバタと倒れていく敵の兵士
それほどの戦いを繰り広げながらエレナ先輩は一滴の返り血も浴びていないのだ。
殺し合いという凄惨な状況で、まるでダンスでも踊っているかのような優雅さはどこか美しさすら感じさせた。
何もできないまま次々と倒されていくロデリア兵、指揮官を倒され敵は明らかに混乱していた。
「凄いですね、エレナ先輩、確かにこれならば私たちの出番はなさそうですね……」
絶望的な情況から一転し勝利が見えてきた私は少しホッとしてしまった。
だが支部長とミランダさんは険しい表情を崩さない、何かを見極めるかのようにジッと戦況を見つめていた。
「そろそろ、だな……」
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