白百合の祝福6
呆然としている私に先輩は優しく声をかけてきた。
「ねえリアちゃん、いくらお母さんが立派でもあなたがそれになる必要はないのよ。
お母さんはお母さん、リアちゃんはリアちゃんだよ。貴方は貴方にできることをやればいいし
できない事を頑張っても自分を不幸にするだけ。そんなものに縛られて生きるなんて間違っていると私は思うな……
って、偉そうに言えるほど私は立派な人間ではないけれどね」
そう言ってエレナ先輩はペロリと舌を出した。
負けた、言い訳のしようがないほど完膚なきまでに負けた、しかも生まれて初めて女の子に完敗したのだ。
私は今まで同性には一度も負けたことがなかった、〈もしかしたら、私は世界で一番強い女性かも〉
などという幻想さえ抱いていた、それがどれほど愚かで馬鹿だったのか、少し前の自分を殴ってやりたい気分である。
現実を受け止め切れず呆けている私を気遣うようにエレナ先輩が問いかけてきた。
「で、どうする?」
「えっ?」
質問の意味が分からず、素の反応で聞き返してしまう。
「どうしてもここが嫌で、やっぱり白百合に帰りたいというのであれば、私から騎士団長に話してもいいよ」
まるで子供を諭すように、やさしく語り掛けてくるエレナ先輩、しかしその表情はどこか寂しげであった。
惨めだった、剣士としてだけでなく人間としても完敗した気分だ
このザマでどの面下げて〈母のような強くて立派な剣士になりたいから白百合に戻ります〉とか口にできよう、恥ずかしくて死にそうだ。
「いえ、戻らなくていいです。ここにいます、いえ、いさせてください」
私は気を取り直し、精一杯の虚勢を張って答える。そもそも私の目標は白百合に入ることではない
誰よりも強くなることだ。そしてその目標となるべき人物が目の前にいるのである
こんなチャンスを逃してたまるか、この人から少しでも強さを学び盗んでやる。
そんな私の思いなど知る由もないエレナ先輩は嬉しそうに笑った、屈託のない子供のような笑顔で。
私にとってエレナ先輩はそういう存在であった、そしてその笑顔の意味を考えもしなかった、そうこの時は……
翌日、私は始業の一時間前に店に出勤した。私より強いエレナ先輩に店の準備などの雑用をさせる訳にはいかない
そんなガラにもないことを考えての行動だったが、その翌日にはエレナ先輩は私よりさらに早く出勤してきた。
それならば私もさらに早く店に出るが、その翌日にはそのさらに早くエレナ先輩が出勤していたのである。
「ちょっとエレナ先輩、どうしてそんなに早く店に出てくるのですか
それじゃあ私が早く出てくる意味がないじゃないですか」
「えっ、だってリアちゃんが早く出てくるのなら、先輩として私も早く出てこなくちゃダメじゃない」
「先輩はドーンと構えてゆっくり出勤してきてくれればいいのです、店の準備や雑用は私がやりますから」
「でも、それじゃあ……」
なぜか納得していない様子のエレナ先輩、朝早く出てきて雑用をやることに何の意義を見出しているのだ、この人は?
こんな事が剣の強さにつながるとも思えないし……
「エレナ先輩、どうして私より早く出てくることにそこまでこだわるのですか?理由を聞かせてください」
この人の考え方や性格を知るためにも知っておきたい、理由はただそれだけだったのだが
エレナ先輩はなぜかモジモジしながら恥ずかしがって言いたがらない。
「先輩、私の仕事に不満があるのであれば言ってください、ちゃんと改善して先輩の要求するレベルの仕事ができるように努力しますから」
「そうじゃないの、リアちゃんは悪くないのよ。私が、その……早く出てきたかった……っていうだけ」
「どうして早く出てきたいのか、理由を教えてください、睡眠時間を削ってまで早く出てくる理由を知りたいのです」
エレナ先輩はいちいち私の言葉にビクッとしながら、なぜかオロオロとしている
あの模擬戦の時の威風堂々としていた人と同一人物とは思えないキョドりようである。
「だって……その……私の方が先に店に出てくればリアちゃんに〈おはよう、今日も一緒にがんばろうね〉って言えるじゃない……」
「は?何ですか、それ?」
「その……早く出てくれば少しでも長くリアちゃんと一緒にいられるじゃない……だから……」
意味が分からない、この人は何を言っているのだろうか?
だがこの調子で私が先輩より先に出勤しようとすればこの人は夜明け前だろうが私より早く店に出てきそうだ。
「わかりました、私が早く出勤すれば、先輩も早く出てきてしまうのですね?
ならば私は今後始業十五分前きっかりに出勤することにします
だから先輩もゆっくりと出勤してください、いいですね」
非常手段として言い聞かせるように説得したが、先輩はなぜか不満顔である。
「それと先輩、その〈リアちゃん〉というのを止めていただけませんか?」
「どうして⁉」
今度は食い気味に問いかけてきた、何なのだ、この人は?
「私は後輩であり先輩より弱い剣士です、リアと呼び捨てにしてください」
「じゃあ私の事もエレナって呼んで」
「いえ、それはできません。たとえそれが命令でも従いかねます」
なぜか納得のいかない表情を浮かべるエレナ先輩、この人の思考は全く理解できない。
私は子供のころから剣一筋で生きてきて、友達と遊ぶ暇もないほど剣に打ち込んできた。
だから友人と呼べる人間はいなかったし、人付き合いというか他人とのコミュニケーションが大の苦手だ
自分で言うのも何だが、客観的に見ても私は人に好かれるような人間では決してないはずだ
それなのにどうしてこの人は私と仲良くなりたがるのだろうか?
「この前マスターに〈これからお前たちはペアを組んでもらう〉って言われたじゃん、リアちゃんも納得していたよね?」
口を尖らせながら念を押すように聞いてきた。そういえば模擬戦の後、支部長にそんなことを言われたな……
エレナ先輩がもの凄くうれしそうな顔をしていたのをよく覚えているが。
「あれは業務上の人事と言いますか、我が国の剣士は二人一組で行動するというのが基本じゃないですか
その慣習に従っただけの事でそんな深い意味はないと思いますが」
「そんな事ないもん、ペアを組むって事は信頼できる相棒になるということで
友達っていうか、何でも話し合える仲になるって事だよ‼」
「いや、それは違うと思いますが……」
頑固なまでのこだわりを見せ、少しすねた態度を見せる先輩。
どうしてこの人はここまでグイグイくるのだろうか?
見たところ、支部長やミランダさん、村の人とは随分うまくやっているように見えるのだが……
まあいい、先輩がどういうつもりか走らないが、ならばその話に乗っからせてもらおう。
「エレナ先輩にとってペアというのは何でも話せる仲なのですよね、だったら私の質問に答えてくれますか?」
「うんいいよ、何でも聞いて」
目を輝かせながらこちらを見てくる先輩、何だか本当に調子が狂うが、まあいい。
「ではお聞きしたいです、エレナ先輩はどうやってあの強さを身につけたのですか?なぜあんなに強いのですか?」
私がその質問をぶつけると今まで目をキラキラさせていた先輩が急に目を伏せた
そしてバツの悪そうな表情を浮かべ独り言のようにつぶやく。
「私は強くなんかないよ、全然強くない……」
「謙遜ですか?しかし謙遜もそこまでいくと嫌味に聞こえますが」
私が苛立ち混じりの口調で返すとエレナ先輩はゆっくりと首を振った。
「嫌味じゃないよ、私は強く何かない。私が強く見えるのはインチキをしているからよ……」
エレナ先輩が何を言っているのかさっぱりわからなかった。
だが考えてみれば自分の強さの秘密を他人にペラペラと話す方がおかしいのだ
先輩のこの反応はごく自然なものなのだろう……その時の私はそう考えていた。
それと申し訳なさそうに背中を見せる先輩の姿を見て、それ以上聞く事はできなかったのである。
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