白百合の祝福5
「は?」
思いもよらない提案に私は自分の耳を疑った、エレナ先輩と模擬戦?それは何の冗談だ。
「リアちゃんがここに飛ばされてきたのは、あなたが弱いからよ」
その言葉に思わずカチンときてしまった、私が弱いですって?
「何を言っているのですかエレナ先輩、私は【大聖剣舞祭】においてベスト8に残った実績があるのですよ。
子供の頃から友達と遊ぶこともせずに朝から晩まで一心不乱に剣を振り続けてきた
その私が弱いとは聞き捨てなりません、撤回を要求します」
「撤回はしないわ、それにリアちゃんは〈強い、弱い〉の意味をわかっていないようだから言っているだけ」
「何を訳のわからないことを……」
「自分が強いか弱いかなんて実績や修練の量で語るものではないでしょう?貴方も剣士なら剣で語って」
まるで挑発するかのようなエレナ先輩の言葉に私の感情は昂った。
騎士団長に言われるならばまだ納得もいく、だが剣が握れるかどうかですら怪しいエレナ先輩に
〈貴方は弱い〉などと言われて、それを看過できるほど私は人間ができていない。
どういうつもりかは知らないがそこまで言うならば相手になってやろうじゃないの
子供の頃から剣一筋で生きてきた私の強さを思い知らせてやる。
私は言われるがままエレナ先輩との模擬戦を行うこととなった。
「店の裏に少し開けた場所があるから、そこでいい?」
「ええ、別にどこでも構いませんよ」
だが店の裏へと歩いていくうちに少しだけ頭が冷えてきた。
相手がどのくらい強いかは、ある程度外見で判断できる
エレナ先輩のあの小さい体と細い腕ではまともに剣を振るうことなどできないだろう。
私の身長は167cmだがこれでも白百合の中では小さい方だった
だがエレナ先輩は私よりずっと小さい、おそらく150cmも無いだろう。
魔法ならともかく剣で戦うには最低限度のフィジカルが必要であり
この体格差では初めから勝負にならない。エレナ先輩はどういうつもりなのだろうか?
私がそんなことを考えながら歩いていると、模擬戦を行う為の店の裏に到着する。
「マスター、模擬戦用の木剣があったよね?」
「あるにはあるが……大丈夫なのか、エレナ?」
「平気よ、戦う訳じゃ無いのだから」
〈戦う訳じゃない〉とはどういう意味だろう?確かに私とエレナ先輩では初めから勝負になどなるはずもないが……
そうか、エレナ先輩は私に精神的な事を伝える為にあえて体を張ってくれたのだろう、負けることを承知で……
そう考えれば辻褄が合う、だとすれば私は何という情けない人間だ。
「じゃあ始めようか」
まるでゲームでも開始するかのように明るく言い放つエレナ先輩。だが私はすでに戦う気は失せていた。
「もう止めませんか?」
何だか空しくなった、ここで先輩を打ち倒したとしても、自分が惨めになるだけだ。
「どうしたの?もしかして怖気づいちゃった?」
「うぐっ、そんな訳ないでしょう‼エレナ先輩が私に何を教えたいのかは知りませんが
こんな試合に意味があるとは思えません、木剣を使用した模擬戦とはいえ
まともに当たれば腕ぐらい簡単に折れてしまいますし、当たりどころが悪ければ死ぬことだってあるのですよ」
「大丈夫よ、そんなヘマはしないわ」
私の忠告にもまるで気にする様子がない、どういうつもりだろうか?
もしかして私、本当に舐められている?もういい、それならば手加減してさっさと終わらせてしまおう。
私は模擬専用の木剣を握りしめ、試合開始の合図を待ちながらエレナ先輩に声をかける。
「エレナ先輩、最後の忠告です。私は数日前まであの白百合に所属していたのですよ、その意味はわかりますよね?」
「何度も言わなくても知っているわ、それに私も元白百合だし……」
「は?」
思わぬ一言に一瞬理解が追いつかない。
「それでは始め‼」
支部長による試合開始の合図が青い空に響き渡る。意外な言葉に一瞬戸惑ったが、おそらく私を惑わすためのモノだったのだろう
だがそんなことで剣筋が鈍るほど私の剣は安くない。
「これで決まりです」
私は七分程度の力で木剣を振り下ろす、ビュンという風切り音と共に私の木剣はエレナ先輩の肩口へと命中……するはずだった。
「えっ?」
手応えが全くない、まさか……私の放った一撃は完全に空を切ったのである。
「嘘、どうして……」
何が起きたのか理解できない、私が目を丸くして固まっていると、先輩はニヤリと笑った。
「どうしたの、それが貴方の全力なの?」
この一言が私の闘志に火をつけた。
「じゃあここからは本気で行きますよ‼」
そこからの私は全力で攻撃を仕掛けた、袈裟斬り、唐竹斬り、一文字斬り、逆袈裟斬り、逆風斬り、諸手突き、片手突きと
思いつく限りの攻撃を繰り出すがその全てがかわされた。
ビュンビュンという風切り音が虚しく響き、私の木剣だけが空を切る
どれだけ攻撃を仕掛けようとエレナ先輩の余裕の顔を崩すことさえできないでいた。
「太刀筋を完全に見切られている、受け太刀をさせることすら出来ないなんて……」
私は悔しさで思わず唇を噛んだ。受け太刀とは剣の攻撃を剣で受けることである
エレナ先輩に受け太刀さえさせることができれば、体格差を活かした単純なパワーで力押しすることも可能なのだが、それすら叶わないのだ。
「そんなはずは……くそっ」
エレナ先輩は木剣を持ちながらも一度も使ってはいない。
私の攻撃をただヒラヒラとかわすだけ、これは余程の実力差がないとできない芸当だ。
「余程の実力差……」
自分の言葉に愕然とする、こんな小さな相手に……認めない、認めたくない‼
だがいくら思いを強くしようと勝負の世界は非情である
そこにあるのはたった一つのルール。〈強い者が勝ち弱い者が負ける〉という絶対的な規律。
そんな子供でも知っている事を私は受け入れられないでいた。
私はそんな考えを振りはらうように必死で剣を振るうが気持ちだけが空回りして事態は好転しない。
それどころかエレナ先輩の動きがどんどん小さくなっていく。
私の必死の攻撃を最小限の動きで見切られてしまっているのだ。
信じたくない現実、はるかに格下だと思っていた相手に圧倒されるという屈辱
自分が磨き上げてきた剣がとても小さく思えてきてまるで悪夢を見ているようである。
それからしばらくの間、私は体力の続く限り攻撃を仕掛けたが何も結果は変わらなかった。
「ハアハアハア、チョロチョロと……ネズミですか……貴方は……」
息が乱れ、汗だくになりながらも私は精一杯の嫌味を口にする。もちろんエレナ先輩は汗ひとつかいていない。
「もう止める?これ以上は無意味だと思うけれど」
あっけらかんと言い放ったその言葉が私の心をえぐり、悔しさで頭が変になりそうだ。
「私は、まだ負けていません‼」
私の言葉を聞いて口元が緩むエレナ先輩、その含みのある微笑が何を意味するのかはわからないが
私にとってその微笑みはとんでもなく屈辱的なモノなのだ。せめてそのムカつく薄ら笑いだけでも消し飛ばしてやる。
そう決意した私は息を整えるために大きく息を吸い込む、そして剣先を相手に向け半身に構えながら姿勢を低くし、重心を落とす
そうこれが私の切り札 【覇砕烈波流剣術奥義 五月雨】
これが当たれば、たとえ模擬専用の木剣であっても確実に相手を殺してしまうだろう
だが今の私には相手を気遣う余裕はなかった。体の力を溜め、目一杯の殺気を剣先に込める。
私の覚悟を察したのか、エレナ先輩の目つきが少し変わる。
先程までの騒がしい立ち回りとは打って変わり、静かな空気が辺りを包み込み、ピリピリとした緊張感が私と先輩の間に漂う。
私は剣先に意識の全てを集約し相手の急所だけに狙いを定める
自分自身を剣の一部と化し相手を粉砕する光速の三段突き、それが【覇砕烈波流剣術奥義 五月雨】である。
しばらく二人とも動きのないまま対峙していたが、風が木々を揺らし〈ガサっ〉という音と共に私は仕掛けた
狙うはエレナ先輩の額、喉元、心臓である。
最初の一撃がエレナ先輩の頬をかすめる、その衝撃で先輩の綺麗な金色の髪が数本宙に舞いその瞬間先輩の顔つきが真剣なものへと変わった。
ようやくそのムカつく余裕顔を消すことができた、だがこれから‼二撃目はエレナ先輩の喉元をかすめる
これもかわされたが先ほどより多くの髪の毛が宙に舞う、よし、行ける‼
そして最後の三撃目、相手の心臓に向かって私の全てを突きつけた。
「かわされた……」
私のすべてをかけた最後の一撃は無情にもエレナ先輩にかわされた、五月雨は己の全てを込めて放つ奥義だ
回避されるか、受け止められれば完全に無防備な姿をさらすことになる諸刃の剣なのだ。
次の瞬間エレナ先輩は両目を大きく見開くと手にしていた剣を構える
その時感じた殺気は私が放ったものよりはるかに巨大で異質なモノ
まるでドラゴンに睨まれているかのような圧倒的な恐怖感
絶対の死の予感、愚かな私への断罪とでもいうべきか。格の違いというより次元の違いを見せつけられた瞬間であった。
「殺られる」
瞬間的に死を覚悟した私は思わず目を閉じる、だが次の瞬間に私が受けたのは強烈な一撃ではなく額にそっと指が触れた感触であった。
恐る恐る目を開けると、そこにはいつものニコやかに微笑むエレナ先輩の姿があった。
「これで終わり」
先ほどまで戦っていた人間と同一人物とは思えない穏やかな顔に
私は全身から力が抜け、持っていた木剣を落とし、その場にへたり込んだ。
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