白百合の祝福32
怪力のガバルディが腕で払い除けただけで、小柄なエレナ先輩は5mほど吹き飛び地面に転がった。
すぐさま体勢を立て直し、戦闘態勢に入るエレナ先輩
幸いダメージはないようだが何が起きたのかわからないといった様子で呆然とガバルディを見つめていた。
「どうして俺が死んでいないのか、不思議そうな顔だな。仕方がない、冥土の土産に教えてやるか
実はこういうカラクリがあるのだ、フンッ‼」
ガバルディが気合を込めると、全身に纏っていた鎧が弾け飛び、その下から見たこともない鎧が姿を見せたのである。
「何だ、それは?」
私を含めそれを見た全員が言葉を失う。なぜならばガバルディが身につけていた鎧は
銀色に光り輝きながら全身を覆うように装着されていたのである
それは鎧というより、全身タイツのようにガバルディの体にピッタリとフィットしており
金属鎧特有のつなぎ目部分が全くないのである。鎧につなぎ目がなければ稼働もできない為
構造上そんなことはあり得ないのだが、ガバルディは確かに動いているのである。
「不思議そうな顔をしているな、結構、結構」
ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら、愉悦に満ちた顔で見下ろすガバルディ。
「いいことを教えてやろう、これはロデリアの秘宝【ロンデリオンの鎧】だ」
ガバルディが言った【ロンデリオンの鎧】とは、ロデリア連邦に伝わる伝説の魔道具の一つで
鉄壁の防御力を誇る最強の鎧だと聞いたことがある。
「この鎧はミスリル製で、そんじょそこらの剣ではかすり傷ひとつつけることはできないぜ
しかもつなぎ目もないから弱点がない、まさに鉄壁の防御というわけだ」
得意げな表情で饒舌に語る。だが聞きたいのはそんな事ではない。
どうしてガバルディがロデリア連邦の秘宝である【ロンデリオンの鎧】を身につけているかということだ。
しかしそのことには触れず、驚くべき事を口にした。
「聞いたぜ、貴様は戦える時間に限りがあるらしいな」
「どうしてそれを……」
エレナ先輩は驚愕の表情を浮かべた。先輩の秘密は国の中でも
ゼナおばさんやラウンデル支部長などの限られた一部の人間しか知らない事である
それをどうしてガバルディが知っているのか?その時、脳裏にとんでもないことが浮かんだ。
「ガバルディ、貴様まさか⁉︎」
どうやらエレナ先輩も気がついた様子だ、ガバルディはその瞬間を
〈待っていました〉とばかりに悪魔的な笑身を浮かべ嬉しそうに語り始めた。
「そうだ、俺はロデリアと手を組んだのさ。軍事クーデターでこの国を乗っ取り
その後で国土の半分をロデリアに売り渡すという約束だ。その礼としてこの鎧を借り受けたという訳だ」
その言葉を聞いて全てのことがつながった。先輩の秘密を知ったロデリアが攻めてこなかった理由も
ガバルディとの密約があったからなのだろう。無傷で手に入るのであればワザワザ戦う必要はないからだ。
ロデリア側はその支援として国宝である【ロンデリオンの鎧】を貸し与え、エレナ先輩の秘密を伝えたのである。
そして今回のクーデターにおいて正規兵に薬物を投与した理由も
このクーデターを成功させ、ついでに正規兵を薬物の後遺症で使い物にならなくしておけば
ロデリアの征服をすんなりと受け入れやすくできる、という算段なのだろう。何という卑劣で狡猾な男だ。
「何という破廉恥な、貴様は騎士団長のくせに騎士の誇りも愛国心もないのか‼」
ゼナおばさんが怒りの表情で思わず問いただすが、ガバルディはむしろ嬉しそうに答える。
「騎士の誇り?愛国心?そんなものカケラも持ち合わせちゃいないぜ。
そんなものがあったとして何の得になる?俺は自分が面白おかしく暮らせればそれでいいのよ、へっへっへ」
悪びれることもなく、むしろ楽しそうに下卑た笑みを浮かべていた。
「私利私欲のために国を半分売り渡すなど、何を考えているのだ、恥を知れ‼
大体国土を半分明け渡して、どうやってこの国を守っていくつもりだ、答えろ、ガバルディ‼」
「国を守る?どうして俺が国を守らなければならない?そんな面倒な事する訳ないだろうが」
「貴様、何を言っている。だったらどうやって……はっ、まさか⁉︎」
何かに気づいたゼナおばさんは、信じられないとばかりに驚愕の表情を見せる。
その反応を見た瞬間、ガバルディは口元を緩め、サディスティックな笑みを浮かべた。
「そうだよ、残り半分はアメリアに売り渡す。この国を二分し、それぞれをロデリアとアメリアに売り渡すのさ。
そうすれば両方からガッポリ金がもらえるという寸法だ。
俺たちが一生遊んで暮らしても使いきれない金が手に入るのだ、こんな美味しい話は無いぜ、ハッハッハ」
戦場に響き渡るほどの声で、勝ち誇ったかのように高笑いを始めた。
そのあまりの内容に唖然とする白百合の一同、私もゼナおばさんもその驚愕の事実に理解が追いつかず、呆然と立ち尽くしてしまう。
しかしそんな中でいち早く動き始めた人物がいた、エレナ先輩である。
「そんそんな事はさせない、貴様はここで倒す」
エレナ先輩は砕けた刀身を素早く付け替え、戦闘を再開する。
「やれるものならばやってみろ、時間切れまでせいぜい足掻いてみな」
ガバルディは両手に持っている斧を勢いよく振り下ろした。
エレナ先輩がそれを避けると、斧は地面に直撃し、爆発が起きたかのような衝撃音が聞こえてきた。
それに伴い砕け散った岩の破片が辺りに撒き散らされる。しかしエレナ先輩は四方に飛散した礫ですら全て避け切る
そして再びガバルディの首筋に神速の一撃を加えた。だが結果は先ほどと同じであった。
〈パリーン〉という音とともに、再び砕け散る刀身
そもそもメルファイン鉱とミスリルでは強度の点において天と地ほども違うのだ。
しかし先輩はまだ諦めない。素早い仕草で刀身を付け替え、すぐさま戦闘を再開する。
「エレナ先輩、私もそちらに……」
想定外の事態に戸惑い、一刻も早くエレナ先輩の元へと加勢しに行きたかったのだが
猛虎騎士団の連中に阻まれ中々近づくことができない。
エレナ先輩にガバルディとの一騎打ちを実現させる為に
他の敵を引きつけていたのがここにきて裏目に出てしまったのである。
私に挑んでくる猛虎騎士団の連中も、ガバルディの側近だけあってかなり強い
今の私であれば勝てない相手ではないが、人数差もあり時間稼ぎに徹せられると思うように倒せないでいた。
そんな中でも二人の壮絶な戦いは続いていた。
人間離れした技術とスピードで的確な攻撃を加えるエレナ先輩。
だがその神がかり的な技も伝説の武具【ロンデリオンの鎧】の前では虚しく跳ね返された。
攻撃を加える度に剣は砕け、その都度刀身を交換する
だが予備の刀身も底をつき、ついには最後の一本となっていた。
「クソっ、これが試合であればとっくにエレナ先輩の勝ちなのに……」
悔しさのあまり、感情のままの言葉が口から出てしまう。だが当人のエレナ先輩は泣き言ひとつ言わず戦っているのだ。
ガバルディの凄まじい連続攻撃に怯むこともなく、その攻撃を紙一重で交わしながら
最後の一撃を虎視眈々と狙っていた。しかし時間は刻一刻と過ぎていく
見ているこちらが焦れてしまうほどの展開。現実の戦いでは常に互角の勝負ができるとは限らない事は知っている
しかしこれほどまでに理不尽な戦いがあっていいのだろうか?私は生まれて初めて女神を呪い、そして祈った。
「今まで女神様にお願いなどした事もなかったけれど、お願いします
一度だけ、一度だけでいいからエレナ先輩に力を……」
二人の戦いは長いようで短く、そして決着の時は来た。ガバルディの一撃が空を切る
エレナ先輩の髪と服が風圧によってなびくほどの凄まじい一撃。それをミリ単位の見切りでかわすと
自身の全体重をもかけて渾身の一撃を放った。閃光のような一撃がガバルディの首元を襲う
私は祈るような気持ちでその瞬間を見つめた。
〈パリーン〉甲高い音と共にエレナ先輩の剣は砕け散った。
絶望的な瞬間がまるでスローモーションのように流れる、先輩はこの一撃に全てをかけ
捨て身の攻撃をかけたのでガバルディの懐に密着するように接近している。
「残念だったなお嬢ちゃん」
小柄な先輩を見下ろし、鎧越しにニヤリと笑う。二人は互いの息遣いが聞こえるほど近づいていた。
それが幸いしたのか、斧の間合いには近過ぎる為、ガバルディは咄嗟に斧を持っている手を離し先輩の体を力任せに殴りつけた。
「フンッ」
巨漢から繰り出されるガバルディの拳は、小柄な先輩の体を軽々と吹き飛ばす
5mほど飛んだ後、まるで猫のようにクルリと回転し着地する。
あの凄まじいパンチを受けて無傷なのはさすがと言わざるを得ないが、状況的には最悪であった。
剣は全て折れ、攻略の手がかりすら見当たらない、何よりエレナ先輩には……
「ガハッ」
その瞬間は突然訪れた。全身から大量の汗を吹き出し、その場に崩れ落ちるエレナ先輩
先程まで呼吸ひとつ乱していなかったのに、今では苦しそうにゼイゼイと肩で息をしている。
顔色は悪く、立ち上がることもできない。
それは無情な死神が、エレナ先輩の首元に大鎌を突きつけ
本人の意思とは関係なしに魂の糸を切り離した瞬間にすら思えた。
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