白百合の祝福29
「ちっ、マズいな」
冷静に戻ったガバルディは、押し込まれつつある戦況を見つめながら思わず舌打ちをした。
「どうしますか、お頭?」
部下の質問には答えず、ジロリと睨みつけると、大声で怒鳴った。
「馬鹿野郎、騎士団長と呼べといつも言っているだろうが、いつまで盗賊気分でいやがる‼」
「す、すいやせん」
怒鳴られた部下は、シュンとなって頭を下げた。
「ふん、まあいい。混乱している中央軍は放っておいて、左軍と右軍を中央に集結させるよう命令を出せ」
「えっ?しかしそれじゃあ、益々兵隊が密集して混乱するばかりじゃないですか?」
命令に驚いた部下が確認するように問いかけたが、ガバルディはニヤリと口元を緩めた。
「それでいいんだよ、元々正規兵のボンクラどもには期待などしていない。
だが元々の数が違うのだ、正規兵を肉の壁にして奴らの進撃を止める。
人間の体力は無限じゃないし、どんな強い奴だって数の暴力の前では無力だからな
正規兵の犠牲を気にしなければ、奴らを止めることなど造作もないぜ」
恐ろしい事を何の躊躇もなく言い放った。おおよそ指揮官とは思えない命令に部下達も思わず息を呑む。
「し、しかしお頭……じゃなくて騎士団長。最初の爆発にビビっている正規兵の奴らが、その命令を聞きますかね?」
「あ?そのビビリを逆に利用してやるんだよ、正規兵達には
〈奴らに密着すれば、あの爆発は来ない。だから近づけ〉とでも行っておけ。
逆に〈逃げると、あの爆発の餌食になる〉とな、それに例の薬もそろそろ効いてくる頃だ」
「あ、なるほど。さすがお頭……じゃなくて騎士団長。わかりやした」
命令を聞いた部下達は、急いでその内容を兵達に伝える。するとしばらくしてその効果はすぐに出た。
正体不明の爆発にビビっていた正規兵達は、我先にと白百合騎士団へと向かってきたのである。
「な、何だ?急に敵の勢いが……」
当初の狙いどおり、最初は順調に進めていたのだが、急に敵の反撃が強くなってくる。
敵陣深く切り込んだ後で、勢いを止められた白百合騎士団はジリジリと押され始めた。
「クソっ、こいつらどうして急に強く……」
正規兵は何故か半狂乱の状態になっていた。恐怖に混乱して、そのまま逃走してくれれば狙いどおりだったのだが
目を血走らせ、錯乱した状態のまま向かってきたのである。
「何だ、こいつらは⁉︎」
尋常ではない敵の様子に、気圧され始める白百合の騎士達。
「慌てるな、奴らは一時的な興奮状態のようなモノだ、冷静に対処しろ‼️」
戦場にゼナおばさんの声が響き渡る。しかし最初の勢いは完全になくなり
白百合の騎士達は徐々に押され始める。その理由は敵兵の様子が明らかにおかしくなっていたからである。
そんな中でゼナおばさんだけは一人獅子奮の活躍を見せている。戦場迫り来る敵兵を苦も無く切り倒し次々と尸の山を築いていく。
「クソっ、ガバルディのゲス野郎が。兵達に違法な薬物を投与したな」
私はその吐き捨てるような言葉を聞いてにわかには信じられなかった。
「嘘でしょう?味方に違法な薬物を投与するなんて……兵への薬物投与は国際条約によって禁止されている行為ですよ‼」
「おそらく奴は兵達に〈これは防御力を上げる効果があるポーションだ〉とでも嘘をついて
飲ませたのであろう。ゲスな奴の考えそうなことだ」
そこまでするのか⁉︎ただでさえ圧倒的な数の差があるというのに、薬物投与までするなんて……
そもそも興奮剤などの薬物投与は、脳に重大な後遺症を残す危険性が高い。
そして判断能力を鈍らせ、危険や痛みを感じないまま命を捨てて戦う為
戦闘力の向上と引き換えに死亡率が高くなり〈非人道行為〉という事で禁止されているのだ。
味方にそんなものを投与したら、もしこの戦いに勝てたとしても後々兵隊として使い物にならなくなる恐れがある。
そうなった場合、敵国に攻められたらどうするつもりなのだ?
そんな懸念を知ってか知らずか、敵兵による尋常ではない猛攻に、次々と倒れていく白百合の騎士達。
ゼナおばさんの奮闘によりギリギリ戦線を維持できているという状態だった。
「怪我をしているものは下がらせろ、離れるな、なるべく密集して戦え。ミランダ怪我人の治癒を‼」
「やっているわよ‼️もう。次から次へキリがないわね……」
叫び声と血飛沫が飛び交い、血と臓物の匂いが辺りを満たしていく。
まさに地獄絵図と化した戦場で、必死に味方に治癒魔法を施すミランダさん。
だがそれ以上に怪我人が続出していてとても間に合わないという状態だった。
強い決意と信念をもって戦いに挑んだ白百合の騎士達にも、徐々に疲労と戦力差による劣勢が見え始め
続々と犠牲者が出始めていた。高潔な信念を持ち、誇り高い乙女達が
不条理な暴力の前に意思のない肉塊へと変えられていく。
ミランダさんは怪我人と死人を一瞬で識別しながら、団長の思いで治癒魔法を施していた。
「この子を助けて‼」
激しい戦闘が繰り広げられている中で、ミランダさんの元に若い騎士が近づいて来た。
大量の返り血を浴び、自身も負傷した左手をブラリとさせながら右肩で仲間を担いできていた。
「早くこの子に治癒魔法を、親友なの、早く助けて‼」
ヒステリックに叫ぶ若い女騎士。だがその右肩に担がれている女性は、力なくグッタリとしていた
わずかに開いている両目からは既に光は失われていた。
ミランダさんは唇を噛み締め、意を決したように右手を向ける。
「ヒールブレッシング」
すると担いでいた方の女騎士の左手が青白く光り、ブラリと垂れ下がっていた左手が一瞬で回復する。
だがその瞬間、若い女騎士は両目を見開き、猛然と食ってかかったのだ。
「私じゃないわよ、この子を、マリアを助けてよ‼」
回復した左手でミランダさんの服を掴み、ヒステリックに叫ぶ。
「残念だけれど、その子はもう……」
顔をそらし、絞り出すように残念な状況を告げる。しかし若い女騎士は激しく首を振り
その事実を認めようとはしなった。
「嘘よ、死んでない。マリアは死んでなんかいないわ、助けてよ、お願いだから‼
親友なの、相棒なの、何でもするから、お願いよ‼️あああああああーーーー」
泣き叫ぶ彼女にかける言葉はなく、ミランダさんはただ黙って聞いていた。
その時、〈パチーン〉という甲高い音が響きわたる。
「何を取り乱しておるか、馬鹿者が‼マリアの死を無意味なものにするつもりか貴様は‼」
ベゼッタ部隊長が取り乱していた若い女騎士の頬をビンタした音であった。
「でも、でも……」
まだ心の整理がつかないのか、叩かれた頬を抑えながら、相棒の亡骸に視線を移し大粒の涙を流している。
「悲しむのは後でもできる、マリアは貴様の分まで戦って死んだのだ
奴の死を犬死にさせるな。生きているものには生きている者にしかできない事がある
我ら白百合騎士団は国の為、民のために命を捧げる使命がある。
戦って、生き残って、マリアの勇姿を語り継げ、彼女の矜持を引き継げ
マリアの生き様を貴様の胸に刻みつけろ、貴様はマリアの分まで生き残れ」
真っ赤に染まった目を擦りながら、戦場へと戻っていく若い騎士。
ベゼッタ部隊長はその後ろ姿を温かい目で見守っていた。
「ありがとう、助かったわ」
「いや、こちらこそうちの部下が迷惑をかけた」
ミランダさんとベゼッタ部隊長は顔を見合わせ、クスリと笑った。
「それで、アンタはどこを怪我したの、部隊長さん?」
「ああ、ちょっと利き腕の左手を。ちょっと油断した隙に腱ごと切られてしまった、治せるか?」
「お安い御用よ、ヒールブレッシング」
魔法により左手が青白く光ると、その回復具合を確かめるように左手を激しく動かす。
「へえ〜、この一瞬で、凄いものだな、アンタの魔法は」
「元々アンタの体が頑丈なせいもあるわ、丈夫に生んでくれた両親に感謝しなさい」
「ああ、両親にはいつも感謝しているよ」
そう言いながら、感謝の印として右拳を突き出す。
ミランダさんもそれに応えるように右の拳をチョンと合わせると、クスリと笑った。
「これ私の国の挨拶じゃない、でもいいの?女神の教えが全てというこの国の騎士が、敵国の挨拶なんかしても」
「治してもらった感謝の気持ちだ。うちの女神様もそれぐらいは許してくれるさ」
「だといいけれど。じゃあアンタにも〈女神の祝福があらんことを〉」
今度はお返しとばかりに、女神教信者に捧げる祝福の言葉を送る。
「おいおい、アンタ女神様の事これっぽっちも信奉していないだろ?」
「もちろんよ、どちらかといえば嫌いな女のタイプだわね」
二人は同時に笑った。
「そんじゃあもうひと暴れしてくるわ。ところでアンタの名前は?」
「ミランダよ、ジョージ・ミランダ。アンタは?」
「ベゼッタでいいよ、じゃあ行ってくる」
ベゼッタ部隊長はクルリと背中を向け、ゆっくりと戦場へと向かう。
「生き残りなさいよべゼッタ。それと……エレナとリアの事、頼むわね」
「ああ、任せろ」
背中を向けたまま、右手を上げて応えると、そのまま戦場へと戻っていった。
戦場ではいつの間にか夜が明け、日の光が戦場を照らし始める。
だが今の状況は私たちにとって明るいものとはいえなかった。
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