白百合の祝福14
私の胸の奥から、今まで感じたことのない、どうしようもない怒りが湧き上がってきた。
「エレナ先輩が白百合を追い出されたという話は本当ですか?」
「ああ、本当だ。私が追い出した」
「どうしてですか、これほど献身的に尽くしてきた先輩をどうして‼」
私は込み上げてくる怒りを抑えきれなかった。全ての感情を恩師であるゼナおばさんにそのままぶつけたのである。
「私は娘を少しでも長く生きさせたいと思い、エレナが幼い頃に〈剣士になる事を諦めろ〉と説得したのだが
エレナは〈戦わなくてもいずれ死んでしまうのならば、少しでもみんなの為に戦いたい、みんなの役に立ちたい〉
と言ってきた。だから私はエレナの意志を尊重し、剣を叩き込んだ。
だが活躍すればするほど、事情を知らない国民からは嫌われ、他の騎士団からは疎まれる結果となったのだ……」
「それで、エレナ先輩をどうして白百合から追い出したのですか?」
「皆に忌み嫌われながら、それでもエレナは〈白百合騎士団に入りたい〉と言ってきた
私に憧れて、剣士の道を歩み、白百合に入って皆の為に戦いたいと思ったのだろう。
私にそれを止める事はできなかった、せめてエレナのしたいようにさせてやりたかったからだ。
だがそれがエレナにとって更なる苦悩になったのだ……」
ゼナおばさんは再び絞り出すような声で語った。
「白百合に入ったエレナは事情を隠すために偽名で入隊した
私の娘ではなく、ただの一般人としてな。だがそれが悲劇の始まりだった。
エレナは団員同士の訓練では本気で戦うことを避けた、訓練とはいえ本気で戦えばそれだけで寿命が縮んでしまうからな。
だから〈回避行動だけに徹し、自分からは一切攻撃しない〉というスタイルで訓練に臨んだのだ。
だが、それは事情を知らない隊員にしてみれば〈自分達を嘲笑い、馬鹿にしている〉とも取れる行為だったのだ
騎士というのは何より誇りを大切にするからな。エレナのその戦い方によって圧倒的な実力差を見せつけられ
自信を失い、戦意すら喪失させてしまう騎士が続出した
今まで培ってきた自信とプライドをズタズタにされてしまったのだろう」
わかる気がした。私もエレナ先輩と模擬戦をやった時、全ての攻撃を余裕でかわされ
圧倒的な力の差を見せつけられて、屈辱と悔しさで頭がパンクしそうになった覚えがある。
「そしてエレナは白百合内でも疎まれ浮いてしまった、騎士団内での居場所を失い
誰にも相手にされない日々が続いたが、それでもエレナは白百合に居座り続けようとした。
私はそんなエレナを見ていられなかったのだ」
「だから追い出したのですか?」
私の問いかけにゼナおばさんはコクリと頷くと、再び語りはじめた。
「理由はもう一つある。エレナの存在は白百合騎士団自体存在意義を失わせてしまうのだ。
相対的に個々の肉体的戦闘力において女性は男性に劣る
だからこそ白百合騎士団では個人の技量よりも集団戦を重視し、連携と信頼によって戦う事を主軸に置いている。
だがエレナはその概念を破壊してしまう、個として強すぎるのだ。
その強さが他の隊員の自信を喪失させ、己の存在価値と仲間同士の信頼感を失わせた
その結果、騎士団内での連携もうまくいかなくなった。
チーム全体に悪影響が出始め、このままでは白百合自体が崩壊してしまうと考えた私は、断腸の思いでエレナを追放したのだ。
その時のエレナの顔は今でも忘れられない。私は騎士団長としてその決断は間違ってはいないと思っている
だが母親としては最低のことをした。娘の未来だけでなく希望も夢も生きがいすら奪ったのだ……」
まるで懺悔するかのように話すゼナおばさん、その言葉の節々に
エレナ先輩への申し訳ないという気持ちがヒシヒシと伝わってくる。
「だったら国民や各騎士団全員に事情を説明すれば良いじゃないですか
命を削りながら皆の為に戦った、エレナ先輩がそんな理不尽な目に遭うとか、あまりに酷すぎます、どうして先輩ばかりが……」
私は言葉にできないほどの憤りを感じていた、自分以外の事でこれほど感情的になった事は今まで無かった
いや、自分自身のことでもこれほどの怒りを感じた事はなかった。
それほどまでに彼女に対する、迫害ともいえる扱いには、どうしても納得がいかなかったのである。
「エレナの真実を世間に公表することはできないのだ」
「どうしてですか‼」
私が反論するように強く問いかけると、ゼナおばさんは再び目を伏せ静かに語り始める。
「我が国が、百年以上に渡り隣国と戦い続けてきた、その一番の原因は宗教であることはいうまでもないだろう。
エレナの存在は、その【女神教】の価値観を根本から覆すかもしれないのだ
〈女神は願いを叶えるために対価を求める〉などと他国に知れたら
〈あの女神は人々から命や未来を奪う恐ろしい神だ、だから止めよう〉などという
ネガティブな政治宣伝に使われなねない、それはこの国にとって最も恐れることなのだ。
だからエレナの事は絶対に公表できない、国の存続に関わる問題だからな……」
口ではそう言いながらも、本心では納得してはいないのだろう、だが立場上それを口にする事はできない。
ゼナおばさんは悔しさを滲ませながら説明してくれた。
「そんな馬鹿なことがあって良いのですか……」
やりきれなかった、どこにもぶつけようのない怒りが胸の中に膨らみ続ける。私はその怒りをゼナおばさんに向けた。
「それで、エレナ先輩を力尽くで、本国へ連れていくつもりなのですか?」
「私は軍人だ、上の命令には逆らえない」
「エレナ先輩は軍を辞めてでもこの村に残りたいと言っているのです、それでも連れていくというのですか‼」
「ああ」
「そんなことはさせません、どうしても、無理矢理連れていくというのならば……」
私は感情に任せてゼナおばさんを睨みつけると、腰の剣に手をかける。
「何のつもりだ?」
「エレナ先輩は連れて行かせません、例え騎士団長が相手でも……」
「お前は自分の言っている意味がわかっているのか?
その行為は重大な軍律違反であり、反逆罪に問われても仕方がない事なのだぞ。
大体、お前の腕で私に勝てると思っているのか?」
「軍というのは市民を守る為に存在するモノのはずです
それなのに己の保身とメンツのためにエレナ先輩をいいように扱って……
そんな軍のいうことなど〈糞食らえ〉ですよ‼それに勝てる、勝てない、の問題ではありません。
これは矜持の問題です、エレナ先輩は私が連れて行かせません‼」
口ではそう言いながらも、自分ではわかっていた、いや、今の戦いを見て改めて思い知らされた。
私とこの二人とではレベルというか、強さの次元が違うのだ。
ゼナおばさんが相手では全力で立ち向かったとしても、十秒も持たないだろう。だがそうせずにはいられなかった。
「ここにエレナを残していけばロデリアの侵攻を受け
結局死ぬことになる、それでもお前はエレナがここに残るべきだと思うのか?」
「はい、エレナ先輩がそうしたいと思うのであれば、そうさせてあげるべきです」
「結局死なせることになっても、か?」
「エレナ先輩は死なせません、私が守ります‼」
「お前もここに残るというのか、死ぬぞ?」
「私とエレナ先輩はパートナーです、相棒がここに残ると言うのであれば
私もここに残るのは当然です。騎士となった以上、戦いで命を落とす覚悟はできています‼」
ジッと静かに私を見つめるゼナおばさん、私はそんな騎士団長といつでも戦う準備はできていた
無言のまま互いの目をみつめる時間がしばらく続いたが、ゼナおばさんはゆっくりと目を閉じ、ふっと笑った。
「お前はローザに似ているな」
「母に?」
突然母の名前が出てきたことに驚き、思わず問いかける。
「ああ、ローザは私より一つ年下だったくせに〈ゼナ、あなたは間違っています〉と、いつも私に説教ばかりしてきた
もう私にそんなことを言ってくれるのは……」
ゼナおばさんは何かを思い出すかのように語ると、空を見上げ、私に背中を向けた。
「リア、エレナを頼む」
「えっ、それはどういう……先輩を連れては行かないのですか?」
ゼナおばさんは小さく頷いた。
「〈ブランウッドの大森林に魔獣などいない〉という事がロデリアにバレた以上
〈エレナをすぐに本国へ呼び戻せ〉というのが軍司令部の意向だ
だが司令部の方も、エレナに対して今まで不当な扱いをしてきたという事を自覚しているのだろう
エレナに軍の招集を拒否され、へそを曲げられて最悪戦闘にでもなれば
自軍の方が全滅させられかねないからな。だから私がここに来たのだ」
「何ですか、それは、自分達の都合のいい時だけ……エレナ先輩は物じゃないのですよ、勝手すぎますよ‼」
それが大人の事情というやつなのだろうが、軍の都合のいい、身勝手な措置にどうしようもなく腹が立ってくる。
「私自身もエレナを避難させた方がいいと思い、ここにきたのだが……
エレナがどうしてもここにいたいというのであれば、そうさせてやろうと思う」
「軍令に叛くことになりますが、いいのですか?」
するとゼナおばさんは自嘲気味に話し始める。
「構わんよ、エレナにヘソを曲げられて、敵に寝返られでもしたら、軍としては大問題だからな。
〈私の説得にも応じなかった、力ずくで連れて行こうとしたが、逆にぶちのめされた〉
とでも報告しておけば、上も何も言わないだろう」
ゼナおばさんも責務上、国の命令には逆らえない、苦しい立場なのだ。
「私のことなどどうでもいい、エレナの意志は尊重するがいずれこの村に
ロデリア軍が大挙して押し寄せてくるだろう。まだ少し時間はあるだろうがそれまでにどうするか、考えなければいけないな……」
元はと言えば、私の軽率な行動がこの事態を招いたのだ、それを思うとどうしようもなく自分に腹が立ってくる。
「それでさっきの話だが、リア、エレナを頼む。無茶なことを言うつもりはない、この子と仲良くしてやって欲しいのだ」
「えっ?まあ……はい」
何を言われるのか?と身構えていたが、思いの外普通のお願いで、少し拍子抜けした。
「エレナはずっと孤独に過ごしてきた、今まで同年代の友人など一人もいなかっただろう。
全て私のせいだ。私はこの子に本当に辛い思いを……」
ゼナおばさんは努めて平常に話そうとしているが、声と肩を震わせ
絞り出すように話す姿を見て、その思いが痛いほど伝わってきた。腕の中で気を失っている娘の顔に
こぼれ落ちる涙がそれを証明していた。
「任せてください、エレナ先輩は私の大切な相棒です、何があっても絶対に守って見せます」
ゼナおばさんは聞き取れないほどの小さな声で〈すまない〉と、私に告げ、村を後にした。
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