白百合の祝福13
「何が聞きたい?」
ゼナおばさんは淡々とした口調で言った。
「まずは今の戦いのことです、私の目にはエレナ先輩のカウンターが完全に決まったかに見えましたが
結果はゼナおばさんの完勝。今の技は何だったのですか?」
今の攻防は剣術における最高峰の戦いだろう、多流派の人間がズケズケとその秘密を聞くなど御法度も良いところだ。
だがどうしても聞きたかった、いや、聞かずにはいられなかった。ゼナおばさんは少しだけ沈黙の後、静かに語り始めた。
「今の技は【風華紫水流秘奥義 裏霞】。エレナには唯一教えていない裏技だ」
「裏技……どんなカラクリなのですか?」
「簡単だ、私が大上段に構え、剣気を込めた一撃を放とうとすれば
相手はそれに対応するための返し技を用意する、エレナほどの腕を持っていればそのカウンターは間違いなく……」
「奥義 天風星水……、なるほどエレナ先輩は誘い込まれたというわけですか」
ゼナおばさんはコクリと頷いた。
「子供の頃から私に【風華紫水流】を叩き込まれているエレナは体が自然にそう反応するようになっている。
剣気をこめた剣を上段に構え、上からの攻撃が来ると思わせて殺気を消した拳で下から殴る
つまり相手の心眼から攻撃の気配を消すのだ。相手が達人であればあるほどこの手に引っかかる
秘奥義とは言っているが一度しか使えないペテン、つまり姑息な技だ」
自嘲気味に語るゼナおばさんはどことなく寂しそうであった。
「今の戦いのことはわかりました。でももっと聞きたいことがあります。
どうしてエレナ先輩は母親であるゼナおばさんにこれほど反抗的なのですか?
そしてあれほど強い先輩が白百合を追い出されたというのは本当なのですか?
そして何よりエレナ先輩の秘密とは何なのですか、教えてください‼」
私は感情に任せて問いただした、聞かずにはいられなかったのである。
ゼナおばさんはしばらくの間、無言のままジッとエレナ先輩の顔を見つめていたが
意を決するかのように大きく息を吐き出すと、ようやく口を開いた。
「そうだな、この事は誰にも話すつもりはなかったが
ローザの娘であるお前にだけは言っておかないといけないのかもしれないな……」
何かを思い出すように、そしてある日のことを懺悔するかのように、ゼナおばさんは静かに語り始めたのである。
「まず私とローザの伝説についてだ。確かに十五年前の【シュツルムガストの戦い】は
私とローザを中心とする白百合騎士団によってロデリア軍を撃退した。
だがその内容は世間で伝えられているような華やかなものではない、もっと悲惨で酷いものだった」
遠い過去を振り返りながら、かみしめるように語るゼナおばさん、その口調はまるで懺悔でもしているかのようにも見えた。
「主力である金獅子騎士団と猛虎騎士団を中心とする国軍は西から侵攻してきたアメリア王国軍と対峙していた。
だがその隙をついてロデリア軍が五万人の兵を率いて東から攻めてきたのだ。
防衛に回せる兵力は白百合騎士団を含めた一万人ほど、敵の圧倒的な数の前に我らは壊滅寸前まで追い詰められた。
そして切羽詰まった私とローザは禁断の呪法に手を出したのだ」
「何ですか、その禁断の呪法というのは?」
「ローザの父、リアの祖父が高位の神官だったことは知っているな?」
「はい、私が生まれた時には亡くなっていましたので、会ったことはありませんが」
私の祖父が国教である【女神教】を広めるための【フィラメーゼ教団】の神官だったことは聞いていた。
しかもかなりの高い地位についていたらしく、国の政治にすら口出しできる立場だったらしい。
「我が国の国教【女神教】の最高神である〈フィラメーゼ〉は祝福の女神と呼ばれている、その理由は知っているな?」
「はい、〈全ての人々に祝福を与えてくれる〉という理由だと聞いています」
「そうだ、だが【祝福の女神フィラメーゼ】には人々には知られていない別の側面もあるのだ」
「別の側面?何ですか、それ?」
エレナ先輩の過去を知りたかったのに、まさかの宗教話が始まってしまい戸惑う私。だがゼナおばさんの話は続いた。
「当時ローザは父親からある秘術を教えられていた
それは〈願いに見合う対価があれば【祝福の女神フィラメーゼ】は奇跡の祝福を与えてくれる〉というものだ」
「奇跡の祝福?それはどんな願いも叶えてくれる……という事ですか?」
「ああ、有体にいえばそういう事だ。あの時の私とローザは国と民を守りたかった、それこそどんな手段を使っても」
「それって……」
ようやく話がつながった。だがゼナおばさんがそこからは話してくれた内容は想像を絶するものだったのである。
「ああ、私とローザは〈敵軍の侵攻を防ぐための力が欲しい〉と願い禁断の呪法に手を出した。
祝福の女神フィラメーゼはその願いを聞き届けてくれて私とローザに〈女神の祝福〉による、力を与えてくれたのだ。
女神の恩恵を受け、無敵に近い力を得た私たちはロデリア軍の侵攻を防ぎ、国と民を守ったのだ……」
ゼナおばさんの話を聞き言葉が出なかった。まるでおとぎ話のような信じ難い話だったが、この流れでゼナおばさんが嘘をつく理由はどこにもない。
正直なところ私は信仰心が薄く、神だの奇跡だのの類を全く信じていなかったため、今の話は私に小さくない衝撃を与えた。
「それでどうなったのですか?」
私の質問に対し、ゼナおばさんはしばらくの沈黙の後、再び静かに語り始めた。
「先ほども言ったが【祝福の女神フィラメーゼ】は願いに見合うだけの対価があればどんな願いも叶えてくれる。
国を救うだけの力を得たのだ、それ相応の代価は必要だろう。
私たちは己の命を差し出す覚悟はできていた。そしてローザは戦いが終わると静かに息を引き取った」
母の死の原因と伝説になっている【シュツルムガストの戦い】の真実に私は驚きを隠せずにいた。だがその時、ふと一つの疑問がうかぶ。
「ではなぜその話が世間には正確に伝わっていないのでしょうか?
女神の力を使い、国を守って死んでいった英雄とか、国民は喜びそうな話ですし
【女神教】を広めるためにも良い宣伝になると思うのですが」
そしてもう一つ不可解だったのは、力を得た代償として母は亡くなったのに
同じく【女神の祝福】を得たゼナおばさんは生きているという矛盾だ。
「先ほども言っただろう、女神はその願いに見合うだけの対価を払えば祝福を与えてくれると
ローザと違って私に求められた対価は私自身の命ではなく【娘の未来】だったのだ」
あまりの事に私は言葉を失う、そしてようやく全ての話がつながった瞬間だった。
「何ですか、それは⁉エレナ先輩の未来が代償って……」
「祝福の女神フィラメーゼは私にとって一番大切なものを代価として要求してきた
私は自分の命で済むと思っていたのだが、まさかエレナの……」
ゼナおばさんは言葉を詰まらせ、それ以上は話せない様子だった。
「じゃあどうして女神は、私の母には私の未来ではなく、自らの命を要求してきたのに
ゼナおばさんにはエレナ先輩の未来を要求してきたのですか?」
私の質問に対し、ゼナおばさんは腕の中で気を失っている娘の顔をマジマジと見つめながら絞り出すように語った。
「簡単な理由だ。その時、女神はエレナの前に現れ〈あなたの未来と引き換えにどんな願いも叶えてあげる〉と言ったそうだ。
エレナは〈ママのように誰よりも強くなりたい〉と願った。
それで得た力があの凄まじい戦闘力というわけだ。
女神がリアの未来を要求できなかった理由は、お前はまだ一歳で言葉を話せなかった、それだけだ」
以前エレナ先輩に〈どうやってその力を得たのか?〉という質問をぶつけたとき
〈私の強さはインチキだ〉と答えたエレナ先輩の言葉の意味を今、ようやく理解した。
「エレナ先輩の未来って……先輩はもうすぐ死ぬという事なのですか?」
ゼナおばさんは小さく頷いた。
「エレナは戦えば戦うほど寿命が縮まる、だが戦わなくともいずれ近いうちに……
本来であればエレナは十七歳を迎える前に死んでいたのだ」
絞り出すように話す姿は本当に辛そうだった。だが私はその言い回しに少し引っかかった。
「〈本来であれば〉というのはどういう意味ですか?」
私が問いかけるとゼナおばさんは言葉を絞り出すように答えた。
「エレナは従来の年齢よりも幼く見えるだろう?それはエレナの体に呪いをかけ、成長を抑制しているからなのだ」
「呪い?成長の抑制?何ですか、それは⁉︎わかるように説明してください‼」
物騒な言葉の数々に、モヤモヤとした気持ちが収まらない私は、思わず大声で問いただす。
「エレナの体は成長していくに従って死に近づいていく。
だからミランダに頼んでエレナの体に十四歳の時点で成長を止める呪いをかけてもらい
成長を抑制することによって無理矢理寿命を伸ばしているのだ。
だがこれは寿命を延ばすための対処療法というか、延命措置でしかない、エレナはおそらく、あと二年も持たないだろう……」
あまりに衝撃的な内容で頭の理解が追いつかない。
「エレナ先輩がもうすぐ死ぬ……嘘ですよね?だってあんなに元気で……」
だが私には何となくわかっていた。年齢にそぐわない見た目とあの凄まじい戦闘力
そして急激な失速ぶり。そしてゼナおばさんへの反抗心。エレナ先輩の異常なアンバランスさにはそんな理由があったのだ。
残されたわずかな命で国と民のために戦ってきたエレナ先輩
それにも関わらず皆から疎まれ嫌われてきた、あまりにも不合理で理不尽な待遇……
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