白百合の祝福12
それから二日が過ぎ、エレナ先輩もすっかり元気になって店の仕事もこなしている。
いつロデリア軍が攻めてくるかもしれないというのにこんなことをしていていいのだろうか?とは思ったが
私より断然強い百戦錬磨の三人が特に慌てるそぶりもなく、通にしているのだ
私が一人やきもきしていても仕方がない、そんな開き直ったような気分で普通に生活していた。
そんな日の午後、たまたま一人で店番をしていると扉の開く〈カランコロン〉という音と共に誰かが入ってきた。
「いらっしゃいま……」
私はそう言いかけた時、入ってきた人物を見て驚いてしまう。
「ゼナおばさん⁉︎」
「こら、リア。職務中は騎士団長と呼べと言っているだろう」
「あっ、すいません。でもどうして騎士団長がこんな所まで……もしかしてロデリア軍の件ですか?」
「そうだ、で?ラウンデル殿とエレナはどうした?」
店の中を見渡しながら私に問いかけてくる。
「支部長はミランダさんと一緒に国境付近を見に出かけています
エレナ先輩は近所の農家に野菜と牛乳をもらいに行っていますが、もうすぐ帰ってくると思います」
「そうか、ならば待たせてもらおうか」
ゼナおばさんはその場で直立しながら目を閉じた
この人のことは昔から知ってはいるがこんなに硬い表情を見たのは初めてである。
その姿はどこか近寄りがたく、まるで戦いにでも行くかのような空気を纏っていた。
敵国の侵攻が迫っているのだからそれも仕方がないのだろうとその時は思っていた。
「ただいま〜、野菜いっぱいもらってきたよ」
いつものようにエレナ先輩が元気よく入ってきたが、ゼナおばさんの姿を見て急に顔が強張る。
見つめ合う二人の間に妙な緊張感が漂った。
「何しにきたのですか、騎士団長様」
「辞令を伝えにきた、お前とリアには白百合に戻ってもらう」
突然の復帰命令。数日前の私であれば両手をあげて喜ぶところだが、今となっては微妙だ。
そして何よりエレナ先輩の態度がおかしい。普段あれほど人当たりのいい先輩がゼナおばさんに対しては敵意にも似た目つきで睨みつけているのだ。
そんな彼女をまっすぐ見つめるゼナおばさん。私を含めた三人しかいない店内で妙にピリピリとした空気が漂う
この二人には過去に何かあったのだろうか?そうとしか思えない一種独特の空気が店内を包み込んだ。
「いきなり来て〈白百合に戻れ〉とか、随分と勝手ですね。自分から私を追い出しておいて」
何、今の会話。先輩が元白百合だとは聞いていたが、追い出された?一体何があったの?
私の疑問をよそに、ゼナおばさんは淡々と話を続ける。
「不要となれば追い出す、必要になれば呼ぶ、軍として当然の措置だ。お前も軍人ならばわかっているはずだ」
「人を物みたいに……私は感情のある人間よ‼」
「わがままを言うな、お前も軍人なのだろうが」
「私は軍人である前に一人の人間よ、それをいつも、いつも……私を何だと思っているのよ、ママ‼」
エレナ先輩の口から出た衝撃の言葉に頭の理解が追いつかない。
今、先輩はゼナおばさんの事をママと呼んだ……嘘でしょう?ゼナおばさんに娘がいるなんて聞いていない。
しかもそれがエレナ先輩って……何がどうなっているの?私は困惑しながら二人の会話を見守った。
「軍に身を置く以上、例え親子でも軍務が最優先だ。私は上からの決定を伝えにきたのに過ぎない。
そのぐらいのことはわかっているだろう」
淡々とそして冷徹に辞令を伝えるゼナおばさん、確かに言っていることは正しいが、何なのだ、これが親子の会話か?
エレナ先輩は悔しそうに唇を噛み締めながら顔を背けた、小さい体を小刻みに震わせ
今にも爆発しそうな感情を何とか抑えている様子に見える。
「じゃあ、私たちがいなくなったらこの村はどうなるのよ?」
「遺憾ながらこの村は放棄する。ロデリア軍が侵攻を開始したらこの村に避難勧告を出す」
司令部からの決定事項を淡々と伝えるゼナおばさん。それとは対照的にエレナ先輩の表情は険しいものへと変わっていった。
「避難勧告って……どこにどうやって逃げろって言いうのよ‼
この村には小さい子供や足腰の悪い老人だっているのよ、ロデリア軍が動き出してから逃げたって
すぐに追いつかれてしまうじゃない‼そもそもこの村を捨ててあてもない見知らぬ土地でどうやって生きていくの?
みんなこの村で一生懸命生きているのよ、どうして本国はこの村を守るための軍を派遣してくれないのよ‼」
「現状大規模な軍を動かすことはできないと上は判断した。
ロデリア軍が本格的に侵攻を開始したらお前たちだけではこの村を守ることはできない。
したがってここから撤退する、当然の判断だ。
避難勧告に従わず村人がこのままここにとどまればロデリア軍に殺されるだけだ。これは軍本部の決定なのだ」
「この村の人だって同じゲドルマン帝国の国民じゃない
普段偉そうな事ばかり言って高い税金を取っているくせにいざとなったら村の人を守ってもくれないとか、何のための軍なのよ」
「上は国全体を見て判断しているのだ、我々一軍人が口をはさむことではない。
お前も軍人ならばそのぐらいの事は分かっているだろう」
取り付く島もないゼナおばさんの言葉に、再びエレナ先輩の感情が爆発した。
「じゃあ私は軍人なんて辞めてやるわよ、私一人でもここに残って村を守ってみせるわ‼」
「10分しか戦えない体で何ができる?子供みたいな事を言うんじゃない」
「子供には子供の意地ってものがあるわ、ママにはわからないでしょうね?」
「どうしても辞令には従わないというのか?」
「ええ、そうよ。私は何があってもこの村を離れない」
エレナ先輩はもはや意地になっているようにも見えた。怒りにも似た視線でゼナおばさんを睨みつけている。
だがこの二人の間に私が入り込む余地など全くない、私は黙ってことの成り行きを見守った。
「わかった、どうしても従わないというのであれば〈力づく〉でいう事をきかせるまでだ」
ゼナおばさんの発言を聞き一瞬呆気に取られる私とエレナ先輩。だが先輩はすぐに気を取り直し、失笑気味に口を開く。
「力づく?何の冗談なのママ、本気で私と戦うつもり?」
「どうした、怖気付いたのか?」
その瞬間、エレナ先輩は目を大きく見開き、怒りにも似た目つきでゼナおばさんを睨みつける。
しかしゼナおばさんはそれを気にする様子もなく、私の方に振り向いた。
「リア、お前に立ち合い人を頼みたい」
「えっ、私?」
突然の指名で戸惑ってしまったが、考えてみればここには私を含めた三人しかいないし
この二人の立会人となれば私以外に適任者がいるとも思えない。
「リアちゃん、お願い」
エレナ先輩がいつもの優しい声で私に告げる。
「わかりました、私が立会人を務めさせてもらいます」
私は急いで模擬戦用の木剣を用意すると急いで店の裏へと移動する。
エレナ先輩とゼナおばさんは既に向き合いながら準備万全といった様子である。
だが闘志剥き出しのエレナ先輩に対し目を閉じ、心を落ち着かせている感じのゼナおばさん。
両者が私から模擬専用の木剣を受け取ると、エレナ先輩が挑発するように話しかけた。
「もう随分と実戦から遠ざかっているのでしょう?最近では剣を握る事もほとんどないらしいじゃない
そんなので本当に私に勝てるつもり、ママ?」
嘲るような口調で母親を挑発するエレナ先輩、この国の英雄であり
白百合の騎士団長でもあるゼナおばさんにこんなことが言えるのはこの国でもおそらくエレナ先輩だけであろう。
だが私もエレナ先輩の言うことに賛同だ。ゼナおばさんは模擬戦とはいえ久々の戦いである。
何よりエレナ先輩を相手に一対一で勝てる人間がいるとは思えない
それほどまでに彼女の戦闘力はとびぬけている。だがゼナおばさんは少しも動揺することなく静かに口を開いた
「子供の頃から言っているだろう。剣士なら言葉ではなく剣で語れと」
エレナ先輩の顔から再び余裕が消えた、この状況は私とエレナ先輩が模擬戦をやった時と瓜二つだ。
違うのはエレナ先輩の立場があの時と真逆という点である。
「リアちゃん、始めて」
エレナ先輩が微笑みながら私に告げる。そしてゼナおばさんを睨みつけ再び言葉を発した。
「10秒で終わらせるわ」
闘志満々でギラギラとした目を母親に向けるエレナ先輩、その姿は試合開始を待ち切れない闘犬のようであった。
「それでは試合開始‼」
「うあああああああーーー」
雄叫びを上げながら一気に間合いを詰め、凄まじい連続攻撃を繰り出すエレナ先輩
それを全て受け止めるゼナおばさん。二本の剣が示し合わせたかのように空気を切り裂く。
〈カカカカカカカ〉という木剣同士がぶつかり合う連続音だけが聞こえてきて
そばで見ている私でさえも目で追いきれない攻防が続いた。
見物人など誰もいないこんな辺ぴな片田舎で世界最高峰の戦いが繰り広げられた。
エレナ先輩とゼナおばさんが使う剣術流派は【風華紫水流】
私が使う【覇砕烈波流】が一撃で相手を倒す事を目的とした剛の剣だとすれば
二人が使う【風華紫水流】は風のように動き水のように打つ事を目的としている柔の剣である。
ただでさえ速い【風華紫水流】の剣術なのにこの二人の達人によって繰り出される剣撃の速さは筆舌に尽くし難く、常人では目で追うことも不可能だろう。
だが形勢は徐々に傾いてくる、エレナ先輩が一方的に攻め、防戦一方のゼナおばさん。
今でも最前線で戦い続けるエレナ先輩と、半ば引退状態のゼナおばさんではやはりこうなってしまうのだろう。
先輩の活動限界である10分まで時間はまだかなり残っている。その時、ゼナおばさんが始めて攻撃に転じた。
エレナ先輩を引き剥がすように力任せに間合いをとると凄まじい殺気を込めた剣を高く構えた。
だがエレナ先輩も負けてはいない。その構えを見てすぐに反撃の用意に入る。
「ダメだ、あのまま剣を振り下ろしてもエレナ先輩のカウンターの餌食になるだけだ」
私は思わず口走った。だがそんな言葉が二人に届くはずもなく二人は同時に仕掛けた。
ゼナおばさんの凄まじい上段からの一撃に合わせエレナ先輩も剣を振り下ろす。
二本の剣が唸りをあげて空中で交差する。これは放たれた相手の剣に自分の剣をぶつけて軌道をそらし
そのまま相手に一撃を加えるという【風華紫水流奥義 天風星水】
しかしゼナおばさんのあの速い打ち込みに奥義を合わせるなどということが本当にできるのだろうか?
そんな私の疑問はすぐさま杞憂だとわかるコンマ何秒の狂いもなくエレナ先輩はあの速い一撃に完璧に合わせてきたのである。
「決まった‼」
私が思わず叫んだ瞬間、目の前には信じられない光景が目に入ってきた。
ゼナおばさんの脳天に強烈な一撃が決まったかと思った瞬間、エレナ先輩の体がくの字に折れ曲がっていた。
「ぐえっ」
お腹を抑えながらその場に倒れ込むエレナ先輩、よく見るとゼナおばさんの右拳がエレナ先輩の腹にめり込むように入っていたのだ。
胃液を吐きながら地面に横たわるエレナ先輩、まともに呼吸すらできないのか
ヒューヒューというか細い呼吸音が聞こえてくる。私には何が起こったのか全く理解できないでいた。
おそらくエレナ先輩自身も何が起きたのか理解できてはいないだろう。
確かにエレナ先輩の一撃が決まったかのように見えたのだ。
勝負は決した、ゼナおばさんのまさかの完勝。完全に戦闘不能に陥り
地面に倒れているエレナ先輩の首元に軽く一撃を加えるゼナおばさん。先輩はそのまま意識を失った。
ゼナおばさんは足元で横たわる娘をゆっくりと抱き上げる
そこにはもはや剣士の威厳も騎士団長の誇りも感じない、娘を愛おしげに見つめる一人の母親の姿があった。
「ゼナおばさん、聞きたいことがあります」
あまりに不可解なことが多過ぎて聞かずにはいられなかった。
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