白百合の祝福11
翌日の夕方、エレナ先輩は目を覚ました
ベッドからむくりと起き上がると、いつものハイテンションは影を潜めており
丸一日寝ていた事もあってか、何だかぼーっとしている。
「おはようございます、エレナ先輩、気分はどうですか?」
「あ、おはようリアちゃん、お腹すいた」
「はい、すぐに朝食を用意します‼」
あれほどの戦いを繰り広げた人物の、目を覚ました開口一番が〈お腹すいた〉と言うのも何だか滑稽だが
考えてみればエレナ先輩は丸一日寝ていたのだ、健康な人間であれば空腹にもなるだろう。
私は腕にヨリをかけて食事を作った、少しでも先輩の役に立ちたかった。
「食事の用意ができました、ベッドの上で食べますか?それともいつものように店のカウンターで食べますか?」
「いやいや、店に行くよ、病人じゃないのだから」
エレナ先輩は重い動きでゆっくりとベッドから立ち上がろうとするが、その際にバランスを崩してよろけた。
「危ないです‼」
私はと咄嗟にエレナ先輩を抱きかかえるように支える、しかしその体はあまりに軽く、か細いものであった
その軽さが私の胸を締め付けた。
「ごめん、リアちゃん、まだ少し寝ぼけているみたい」
ペロリと舌を出して謝る先輩の姿にやりきれない気持ちが込み上げてきて、私は思わず大きな声を出してしまった。
「エレナ先輩‼」
「えっ、何、急に大きな声を出して?」
「前から何度も言っていますが、私の事はリアと呼び捨てにしてください、お願いします」
私、何だかよくわからないお願いを聞いて、やや困惑気味のエレナ先輩。
正直、私も他人との距離の詰めかたというものを知らない為、このような踏み込み方になってしまったのだが
尊敬するエレナ先輩に近づきたいというのは本音であり、その際に名前を呼び捨てにして欲しい
というのも自分の偽らざる気持ちなのである。
「前から言っているけれど、リアちゃんも私の事をエレナって呼んでくれたならいいよ」
「それはできません、いくら先輩の頼みでも承服しかねます」
「私のお願いは却下しておいて、自分だけお願いを聞いてほしいとか、それってズルくない」
彼女は唇を尖らせ、拗ねるように発言した。
「ズルいとか、ズルくないとか、そんな低次元の問題ではないのです、どうかお願いします」
私は初めて心から頭を下げてお願いした、こんな事が初めてのお願いとか
改めて考えると自分がかなりおかしな人間であると思うのだが
この時の私は本当に真剣にそう思ったのだ。だが彼女の返答はわたしの期待を裏切るものだった。
「嫌よ、どうしても呼び捨てにしてほしいのなら、私の事もエレナって呼ぶ事が条件、こちらもそれは譲れないわ」
「変なところで頑固ですね、エレナ先輩は、変なこだわりは捨ててさっさと呼び捨てにしてくださいよ
先輩が後輩を呼び捨てにするとか、普通のことじゃないですか‼」
「それを言うのならば相棒のことを呼び捨てにするのも普通じゃない
リアちゃんの言っている事は筋が通らないよ‼」
「何ですか、そのおかしな理由は、わがまま言っていないで、早く私の事を呼び捨てにしてください‼」
「わがままなのはリアちゃんの方じゃない、私は対等の立場で相棒になりたいの‼」
「実際、エレナ先輩の方がずっと強いのだから対等ではないですよね?
エレナ先輩は私より年も上だしキャリアも上、敬語で話すのは当然です」
「リアちゃんのお母さんのローザ様もゼナ騎士団長とはタメ口で話していたと聞いているわ
確かローザ様は騎士団長より一つ年下で、キャリアも下だったはずだよ」
「母は関係ないでしょう‼少なくとも母とゼナ騎士団長は同等の強さを持っていました
私は先輩よりもずっと弱い、だからその理屈は成り立ちません」
「あーズルい‼︎さっきは年とかキャリアとか言っていたのに」
「ズルいとか、子供ですかあなたは、そもそもエレナ先輩は……」
私たちの激しく言い争う声が聞こえたのか、支部長が部屋に入ってきた。
「随分と騒がしいな。気分はどうだ、エレナ?」
「うん、悪くないよ。でも少し体が重いかな」
「そうか、じゃあさっさと飯を食え、せっかくリアが作ってくれた料理が冷めてしまうからな」
「うん、すぐ行くよ」
支部長は嬉しそうに小さくうなずき、店の方にあの戻って行った。
「エレナ先輩、私が肩を貸します、何でしたらおぶって行ってもいいですよ」
「だから、病人じゃないって……自分で歩けるよ」
そう言ってエレナ先輩はベッドからゆっくりと立ち上がる
そんなエレナ先輩の姿を見つめながら、この後どんな話をすればいいのかわからず必死で頭を回転させる私。
だが全く何も思いつかない。ここまでの人生で人とのコミュニケーションを極力避けてきたツケがこんな形で現れるとは思いもしなかった。
「どうしたの、リアちゃん?」
エレナ先輩が私の顔を覗き込むように問いかけてきた、どうやら私はよほどおかしな顔をしていたようだ。
「いえ、その、ですね……」
とっさに何かを言おうとしたが、何も思いつかない。もちろん聞きたいことは山ほどあったが
どこからどこまでを聞いてもいいのか?質問次第ではデリカシーのない無神経な人間だと思ったからである。
「何か、私に言いたいことがあるの?」
その通りです……と言えればどれほど楽だろう。今まで人に気を使うことなど皆無だった私だが
さすがにエレナ先輩のすさまじい境遇を聞けば、そこにズケズケと無神経に踏み込むことなどできなかった。
「え~っと、あの、ですね、その……あっそうだ、支部長の事です」
私はとっさに思いついた嘘をついた。
「マスターの事?」
「ええ、支部長の正体は【軍神】と呼ばれた元金獅子騎士団の団長
ソードマスター ベルハルト・ラウンデル様じゃないですか、どうして教えてくれなかったのですか?」
「私、言っていなかったっけ?」
「聞いていませんよ、支部長がそんなに凄い人だとわかっていればもっと早く剣術を指南して欲しいとお願いしたのに」
「でも私、言っていたよね?マスターって」
「マスターって、ソードマスターの事だったのですか?てっきり私は、喫茶店感覚のマスターの事だと、ばかり……」
「それはリアちゃんが思い違いをしていた、というだけじゃん、私は悪くないよ」
論破したとばかりに、なぜか勝ち誇るエレナ先輩、その言動に少しイラっとしたが
〈こんなところで負けず嫌いを出してどうする〉と自分に言い聞かせ、無理やり心を静めた。
「ハイハイ、私が悪かったですよ、ですから早く食事にしましょう。先輩の為に作った料理が冷めてしまいますから」
この話を打ち切るように私が告げるとエレナ先輩は少し不満げな顔を見せた。
この人は私と仲良くなりたいのか、言い争いがしたいのかどっちなのだ?
もういい、どうせ考えてもわからないことをアレコレ考察しても空しいだけだ。どこか心がモヤモヤしたまま二人で部屋を出る。
「ナニ、これ、凄くない?」
私が作った料理を前に固まるエレナ先輩。
「私がエレナ先輩の為に腕によりをかけて作りました、まずはミドガル牛のシャンピニオンソースがけに
ポレネット茸のクリームソースパスタ、ホウホウ鳥と海鮮のサラダにベロル芋の冷静スープ
そしてデザートは生クリームたっぷりのペレットケーキです」
「いやいや、リアちゃん。いくらおなかが減っているとはいえ、朝食からこんなに食べられないって……」
「何を言っているのですか。先輩の体力回復を考えてのメニューなのです、食べてもらわないと困ります。
そもそも先輩は今起きたばかりなので朝食気分かもしれませんが
今の時刻は夕方の六時ですよ、通常ならば夕食と考えて差し支えないはずです」
「いや、そうは言っても……」
なんだか納得しきれていない様子のエレナ先輩だが、私の作った料理を口に運ぶと満面の笑みを浮かべ、こちらに振り向いた。
「すっごくおいしいよ、ありがとう、リアちゃん」
その笑顔と言葉で私の胸は何か暖かいもので満たされていく。
ズルいなあこの人は、そんな顔をされたらどんな事でも許してしまいそうになるじゃないですか……
こうして私とエレナ先輩は一歩、いや半歩だけ近づいたような気がした。
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