白百合の祝福10
まさかの展開、支部長の話が事実であれば、エレナ先輩は凶悪な魔獣を撃退しただけではなく
ロデリア連邦の侵攻も防いだということになる。
しかも五年前ということは、エレナ先輩はまだ若干十二歳の少女だ。
にわかには信じ難いが、もしその話が本当ならば彼女は母やゼナ騎士団長に匹敵する救国の英雄ということになる。
「先輩がそれほどの活躍をしたのに、どうして国民にはそれが知らされていないのですか‼」
私はそのあまりの内容に少し憤りを感じ、思わず感情的な口調で問いかけると、支部長は心痛な面持ちで語り始めた。
「先ほども言ったが、エレナの事は我が国のトップシークレットなのだ。
だから表立って公表する事はできない。だからあの戦いも公式では〈金獅子騎士団の活躍で敵を撃退した〉ということにされているのだ」
「そんな、そんな事って……」
私がモヤモヤした気持ちを抑え切れずにいる中で、支部長の話は続いた。
「ロデリア軍にしても〈たった一人の少女により、壊滅的なダメージを受けた〉
という屈辱的な事実は公表できない、だから〈金獅子騎士団により撃退された〉という我が国の公式発表に乗ったという訳だ」
支部長が淡々と話す内容に、私はただただ呆然としてしまう、だがその衝撃的な事実はまだまだ先があったのである。
「しかし発表がどうあれ、ロデリア軍にしてみればエレナに対する脅威と警戒は最大級のものとなった。
そしてロデリアはどうにかしてエレナを殺すべく、暗殺を試みて何人も刺客を送り込んできたのだが、ことごとく失敗
そして奴らはとんでもない手段に出たのだ」
「何があったのですか?」
「暗殺に失敗した奴らは、なりふり構わずエレナを殺しにきた。
我が国に工作員を送り込み、魔道具を暴走させその周囲ごと爆破するという非常手段に出たのだ」
「自爆テロ……なんて卑劣な」
あまりの展開に頭がついていかない、まさか国民が知らない裏で、そんな醜い争いが起きていたとは思いもよらなかったのだ。
「そして奴らは〈エレナは神の敵である、だから我がロデリアは天誅を加えるのだ〉というようなメチャクチャな理屈でテロ行為を正当化した。
エレナの活躍を知らない市民にしてみれば〈何だかわからないが
エレナという少女のせいで自分達がテロに撒きこまれるかも〉という恐怖を抱くようになる
そして当然のごとく、エレナを忌み嫌い嫌悪するようになったのだ」
言葉が出なかった、市民を守った英雄であるはずのエレナ先輩が市民に敵意を向けられるって、そんな理不尽な話があるのだろうか……
「だがエレナの悲劇はそれだけでは終わらなかった。金獅子騎士団の騎士たちにしてみれば
〈自分の功績ではない戦いで手柄を譲られた〉という事実は彼らの自尊心を大いに傷つけた。
騎士というのは何よりも名誉と誇りを重んじるモノだからな、騎士達の気持ちにしてみれば
〈年端もいかない少女に助けてもらい、国の事情で自分たちが国民から称えられる〉というのはとんでもない屈辱だったのだろう
だからエレナの事を疎ましく思うようになり、それが態度や言葉に出てきてしまうようになった」
「何ですかそれは、国と民を守った人間に対して、その仕打ちはあまりにひどすぎますよ‼」
私は言葉にできないほどの憤りを感じていた、エレナ先輩はあんな小さな体でこの国を守り抜いてきたというのに
その功績に見合わないどころか、あまりに酷い待遇、私だったら耐えられるだろうか?そんな事を考えてしまった。
「エレナには本当に申し訳ないと思っている。だからエレナは避難するようにこの村へと転属された。
私もその責任をとって金獅子騎士団の団長を辞め、彼女と共にこの村での極秘任務を請け負うことになったのだ。
エレナはその強さによって国を救ったのだが、その強さゆえに誰からも疎まれるようになった、国同士の醜い思惑の被害者なのだ」
エレナ先輩のあの明るい笑顔の奥にそんな過去があったなんて……
その瞬間、支部長の言っていたことがようやく理解できた。
「もしかしてロデリア軍がエレナ先輩を狙って、必ずここに攻めてくるというのは……」
「ああ、ロデリア連邦にしてみれば、今までこの村に攻め込んでいた兵は魔獣によって全滅させられていたと思われていた。
だが実は仇敵ともいえるエレナの手によって全滅させられていたとわかったのだ。
しかもエレナには〈約10分間しか戦えない〉いわゆる【活動限界】という致命的な弱点が露呈したのだ
それを知った奴らは必ずここに攻めてくるだろう」
「そんな……【バネットガランの戦い】では、エレナ先輩の弱点はバレなかったのですか?」
「あの戦いではエレナが単身で敵軍に突入し、敵の指揮官を討ち取った。
指揮官を失い相手が混乱している隙に金獅子騎士団が全軍で敵軍に突撃し、敵を壊滅させたからな
エレナが限界を迎える前に決着がついたので、彼女の弱点は知られなかったのだ」
支部長は目を閉じ当時を思い出すかのようにしみじみと語る、そして少し間を開けた後、再び話し始めた。
「大規模な軍を編成するには時間がかかる、だから敵が今日、明日に攻めて来ることは無いが
近いうちに必ず大掛かりな侵攻があるだろう。しかも今度は少年兵や老兵ばかりの弱兵ではなく
最精鋭の屈強な奴らが来る。こうなってしまっては我々だけではどうにもできない、本国に連絡し、判断を仰ぐことにしよう」
自分の軽率な行動でこんな大きな事態を招いてしまったという事に愕然としてしまう。
「私のせいで……この村とエレナ先輩が……」
その時、ある事が頭に浮かび、支部長の横で座っていたミランダさんに問いかけた。
「ミランダさん、あれほどの大魔法を使えるあなたならば、エレナ先輩が活動限界を迎えた際に
回復魔法で体力を全快させることはできないのでしょうか?」
私はワラをも掴む思いでミランダさんに問いかけた、が彼女は残念そうに首を振った。
「それができるのならばとっくにやっているわ。
エレナは特異体質で回復魔法とか治癒魔法といった類の魔法を一切受け付けないのよ。
だから限界を迎えたらそこで終わり、回復するにはひたすら休むしかないの、今みたいにね」
ミランダさんは悲しそうに説明した後、エレナ先輩の寝ている部屋の方へと視線を向けた。
その言葉を聞いて再び絶望感に苛まれる私。考えてみればこの問題がそんな簡単なことで解決できるのならば
もうすでにやっているはずである、この店にだって回復系のポーションぐらいは売っているのだ。
長い沈黙の後、支部長がゆっくりと椅子から立ち上がる。
「リア、あまり気にするな。何度もいうが今回の件は私が君に説明していなかった事が全ての悪いのだ。
私は急いで本国に報告の為の伝書鳩を送る。それとは別にリアには頼みがある」
「何でしょうか?私にできる事であればどんな任務でもこなしてみせます‼」
私は名誉挽回の機会とばかりに大きな声で返事したのだが、支部長は目を伏せ少し申し訳なさそうに話し始めた。
「あ、いや、任務ではないのだ……その、エレナが目を覚ましたら優しくしてやって欲しい
エレナは君の事をずいぶん気に入っているようだからね」
「は、はあ……了解しました……」
確かに任務ともいえない内容で少し拍子抜けしてしまったが
事情を知ってしまった私がエレナ先輩に冷たくする理由はない。
だが今まで友人と呼べる人間がいなかった私にとって、これはかなりの難問であるのは事実だ。
そして支部長が言う通りなぜかエレナ先輩は私の事を気に入ってくれている様子だ
なぜエレナ先輩が私にこれほど好意を向けてくれるのかは、この後知る事になるのだが……
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