白百合の祝福1
「何度言ったらわかるのだ、貴様は‼」
部隊長の甲高い怒鳴り声が部屋中に響く。怒られているのは私自身である。
「申し訳ありませんでした、以後気をつけます」
とりあえずこの場を収めるために謝罪する、いつものことだ。
「貴様は口だけだろうが‼いつも、いつも規律を乱しやがって、貴様の独断行動が部隊を全滅に導く事もあるのだぞ、わかっているのか‼」
顔を真っ赤にし、額に血管を浮かび上がらせて怒り狂っている目の前の女性は私の上司にあたるベゼッタ部隊長
だが上司とはいっても私より勤続年数と年齢が高いというだけで実際は私の方が強いからだ。
「いくら英雄の娘で腕に自信があるからってなんでも許されると思うなよ
何度も言うが軍というのは統率と規律によって初めてその機能を発揮する、我ら貴様は我ら誇り高き【白百合騎士団】の顔に泥を塗るつもりか‼」
興奮気味に息を荒げて怒鳴り散らす中年女性の姿は見ていて気持ちのいいものではない。
だがそんなことを口にしたら間違いなくクビだろう。【白百合騎士団】にようやく入ることができたのだ、ここは穏便に済ますためにも……
「深く反省しております、今後このようなことがないように致しますので何卒ご容赦の程を」
もちろんそんな気持ちは微塵もない、心にもない言葉を口にしようとこの場を……って
あれ?ダメだ、益々怒ってしまったようだ。
「貴様は、本当に……」
怒りでプルプルと震えているベゼッタ部隊長、言い方がまずかったのだろうか。
「もういい、貴様には騎士団長から直接話があるそうだ」
「了解しました、では失礼します」
仰々しく頭を下げて部屋を出る、ドアを閉めた後私は〈ふう〜〉と大きく息を吐いた。
ご紹介が遅れましたが私の名はミュンヘルト・リア、今年晴れて【白百合騎士団】に入隊した十六歳です。
【白百合騎士団】というのは女性だけで構成された騎士団であり【金獅子騎士団】や【猛虎騎士団】と並び王国三大騎士団と呼ばれています。
中でも私の所属する【白百合騎士団】は女性で剣を持つものならば誰もが憧れ入隊を夢見る組織であり
私も例にもれず白百合に入隊することが子供の頃から夢だった、そう物心がつく前から……
今から十五年前、隣国からの侵攻に立ち向かい王国の危機を救ったのが【白百合騎士団】であり
その際に大活躍したのが当時、白百合のエースと言われていた私の母である。
母とそのパートナーは王国を守り切った英雄と呼ばれ物語にまでなって後の世にまで語り継がれた。
その戦いで母は命を落としてしまったが、その活躍は英雄譚となり
お年寄りから小さな子供まで、我が国に住む人間で二人の事を知らない者はいないというほどの有名人なのだ。
「リア、大丈夫だった?」
部屋を出た私を心配そうに見つめ声をかけてきた女性はアイゼナッハ・アンナ
私より四つ上の先輩であり今の私のパートナーだ。
「ええ、大丈夫……と言いたいところですが、今から騎士団長の所へいかなければなりません、多分お説教でしょう」
「ごめんね、リア、私が弱いばっかりに……」
「いえ、そんな事は……」
申し訳なさそうに目を伏せるアンナ先輩、栗色の髪に大きな瞳、優しくて気遣いのできる可愛らしい女性である。
だが騎士団に求められるのは強さであり剣が全てだ、正直このアンナ先輩は私よりずっと弱い
こう言っては何だが〈よく白百合に入れたものだ〉というレベルである。
我々白百合騎士団は入隊すると必ず二人一組で行動することを義務付けられる
〈どんな凄腕の剣士でも自分の背中は守れないから〉というのが理由らしい。
「ミュンヘルト・リア、入ります」
騎士団長のいる部屋のドアをノックすると中から〈入れ〉という低い声が聞こえてきた。
「失礼します」
仰々しく中に入ると私をジッと見つめる騎士団長、短髪の金髪に青い瞳
背が高く均整の取れたスタイルにどこまでも白い肌はモデルを思わせる美しさである。
座っている大きな机の上には大量の資料が山積みされていて政務の忙しさを物語っていた。
「リア、どうしてここに呼ばれたかわかっているな?」
「あっ、はい、承知しているつもりです」
咄嗟にそう返事をしたが私の本心などこの人にはバレバレなのだろう。
目の前にいる白百合騎士団の騎士団長、ベルトラン・ゼナは私の昔からの知り合いである。
何しろこの人こそ十五年前に私の母と組んでいたパートナーでありこの国を救った英雄の一人、つまり生ける伝説とも言える人物なのだ。
「随分と部隊長を困らせているようだな、リア」
「そんな事はないです、ゼナおばさ……いえ、騎士団長殿」
この人はかつての母の相棒だったせいか、私のことを幼少の頃から気遣い色々と面倒を見てくれた人物でもある。
だから私にとっては世間一般で言われている〈救国の英雄〉ではなく〈優しいゼナおばさん〉なのだ。
しかし白百合騎士団に入隊した今は立場もあり馴れ馴れしく接する事を控えていた。
「自分より弱い人間に指図されることは嫌か?」
「えっ?いえ、そんな事は……」
あまりにストレートな指摘に一瞬言葉に詰まってしまう。
子供の頃から私の性格を知っているこの人に隠し事など無駄なのだろう。
騎士団長は小さくため息をついた後、立ち上がりふと窓の外に視線を移すと独り言のようにつぶやく。
「お前にはまだ白百合は早かったのかも知れんな……」
その言葉は私に少なくない衝撃を受けた、私が若干十六歳という若さで白百合に入隊できたのもこの人の助力があってのことなのだ。
「そんな、私は白百合の騎士として十分な力を……」
私が弁明の言葉を口にしかけた時、ゼナおばさ……いや、騎士団長は睨みつけるような鋭い視線を私に向ける。
「もういい、私の教え方が間違っていたようだ」
私の言い訳をシャットダウンするかのようにキッパリと言われ愕然としてしまう。
この人に失望されたという事実は私にとってはショックだった
母の事をほとんど覚えていない私にとってこの人こそが目標であり一番認めて欲しかった人物なのだから。
だがいくら恩師であり目標である人物からの言葉とはいえ納得できないモノは納得できない
私は今年の【大聖剣舞祭】の大会において女性では十六年ぶりのベスト8入りを果たしたのだ。
【大聖剣舞祭】とはこの国で年に一回開かれる剣の大会である。
他国からの腕自慢を含め金獅子騎士団や猛虎騎士団の騎士たちを含め国内の腕自慢の者達がこぞって参加する
白百合騎士団からも多くの騎士が参加し賭けの対象にもなっていて今では国民的行事にもなっている。
正直このベスト8という順位は今の白百合に所属している騎士たちの中でも一番トップの成績なのだ。
「ちょっと待ってよ、ゼナおばさん、私は……」
「ここでは騎士団長と呼べと言っているだろう」
「失礼しました、騎士団長殿。お言葉ですが今年の【大聖剣舞祭】において私はベスト8に入りました
言いたくはないですがベゼッタ部隊長は二回戦敗退ですし、四回戦では白百合騎士団の第七席次であるマリー先輩を直接対決で破りました
そんな私が白百合にふさわしくないとは納得できません」
ここで引き下がっては本当にクビになりかねない為、私は必死で食い下がる。
「ほう、で、言いたいことはそれだけか?」
ゼナ騎士団長が意味深な言葉を投げかけてくる、どうやら私が抱えている不満も全てお見通しの様だ。
ならば私はこれまで不満に思っていたことを吐き出すようにぶちまけた。
「では言わせていただきます、今の白百合騎士団の方針は間違っていると思います」
入ったばかりの新人が救国の英雄であり最強の騎士団長に向かって〈貴方は騎士として間違っている〉と言ったのである。
普通ならばクビどころでは済まない、だがどうしても言わずにはいられなかったのだ。
「ほう、私が間違っていると?どのあたりが間違っているのか聞かせてもらおうか」
「では言わせていただきます、今の白百合は集団戦法による組織戦が全てです。
いかに数的優位を確保し有利に戦うか、敵に対し個人の技量ではなく組織的なフォーメーションによって対峙する
しかし騎士たるもの正々堂々と一対一で戦うのが筋ではないでしょうか」
白百合に入ってみて初めて気が付いたのだがここで叩き込まれるのはあくまで集団戦
平たく言えば〈みんなで敵をやっつけよう〉という戦術なのだ。私はこの方針がどうしても納得できないでいた。
「お前の言いたいことは分かった、だが相手が自分より強かった場合はどうするのだ?
我々の任務はあくまで国民の命と平和を守ること、〈私の技量が足りなかったので負けました〉では済まないのだ」
「しかし数人がかりで一人の人間に対するという考え方には賛同できません、それは騎士道に反するものだと思います。
それに私ならば集団戦法に頼らず個人でも戦えます」
私は自分の腕に自信があった、それなのにここでは集団戦の駒でしかない
しかも私に与えられたポジションはほとんど実戦での活躍の場が与えられない予備兵力
つまりいざという時のバックアップである。
それはパートナーであるアンナ先輩が弱いから……
二人一組で行動する白百合は二人の技量を総合判断してポジションを割り当てられる
ぶっちゃけ相棒であるアンナ先輩が弱いから私までバックアップに回されてしまっているのだ。
私は一刻も早く戦場の最前線で戦い国民を守る騎士になりたい、いやならなくてはいけないのだ、母のように……
「ほう、お前はそこまで自分の腕に自信があると……それを私の前で言うか」
「うっ、そ、それは……」
ゼナ騎士団長はジロリとこちらを見つめる、さすがにこの人の前で腕自慢をするのは無謀を通り越して大馬鹿者だ。
私は今年の【大聖剣舞祭】で十六年ぶりに女性でベスト8に残った、そう十六年ぶりに……
十六年前、【大聖剣舞祭】の決勝で戦ったのがこのゼナ騎士団長と私の母ミュンヘルト・ローザである
しかもこの決勝カードは三年連続であり民衆を大いに盛り上がらせた。
その時の二人の功績を認められ国王は女性のみによる第三の騎士団【白百合騎士団】を創設した。
つまり目の前のこの人が白百合騎士団を作ったのである。
だがゼナ騎士団長は国民的な物語にもなっている【シュツルムガストの戦い】においてこの国を守ったものの相棒である母を失い
それ以来実戦には出ていない。剣を持つことすら滅多になくなり主に組織運営と戦略会議のデスクワークに勤しんでいる。
私が何も反論できずに黙っているとゼナ騎士団長は一枚の紙を私に差し出した。
「リア、お前はここに行ってもらう」
渡された紙に目を通すとそれは辞令書であった。
「これは……」
その辞令書に書かれていたのは
【白百合騎士団所属のミュンヘルト・リアは〇〇年〇〇月〇〇日付けをもって極東支部への転属を命ずる】
という文章だった。それを見たとき私の目の前は真っ暗になる。
「うそ……ちょっと待ってよ、ゼナおばさん‼」
「ここでは騎士団長と呼べと言っているだろう、そこにしばらく行って来い、今のお前には学ぶものがあるはずだ」
軍の命令は絶対である、私がどれだけゴネようとゼナ騎士団長の性格からしてもこの事例が撤回されることはないだろう。私は断腸の思いでこの辞令を受けとった。
「わかりました……ミュンヘルト・リア、極東支部への転属を拝命いたします」
ゼナ騎士団長は背中を見せたまま何も言わなかった。悔しさと情けなさで声が震えた
でもクビになったわけではない、いつかここに戻ってくる、必ず……
この作品は剣と魔法の世界のファンタジーです。とはいえほとんどが剣なのですが(笑)。女の子二人の物語ですので生暖かく見守っていただけると嬉しいです。
頑張って毎日投稿する予定です。少しでも〈面白い〉〈続きが読みたい〉と思ってくれたならブックマーク登録と本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです、ものすごく励みになります、よろしくお願いします。