8-2:人間の村
出発してから昼も過ぎ、夕刻に差し掛かろうかというタイミング。
私たちは人間の村へとたどり着いた。
「ふーっ、疲っかれたー! けど、日が暮れる前についてよかったよかった」
「エイラムさん、あんた後ろに座っていただけだろうに」
「何? 座っているだけでも大変なんだけど!」
先頭を走っている上に、何となくの道を知っている私はそうでもなかった。
けれど、どれだけかかるか分からない状態で長時間背中に捕まっているのは辛いと思う。
そして、初めての道を後ろから付いてくるだけの町長の息子が辛いのも分かる。
しかし、今は喧嘩している場合ではない。
「二人共落ち着いてください。村には着きましたが、恐らく村人たちは敵対的だと思います」
「そうなの? そういう事態も想定しているけど具体的な根拠は?」
「この村はエルフたちと近いところにありますし、何より位置的に聖騎士団が立ち寄る機会が多く、聖騎士団に友好的かと思われます」
実際のところ、村人たちがどう思っているか分からない。
だけど、聖騎士団やエルフたちが村人に嫌われているとも思えない。
もし嫌われていたとすれば、かつて聖騎士だった私も嫌われていた事になるからだ。
それは、悲し過ぎる。
「うん、まあそんな感じもあるよね。知ってた知ってた」
「だから、こういう時のために俺を同行させたんだろ、エイラムさん? 村の境遇的には俺が一番交渉役に適しているはずだ」
そうか。
人間で、境遇が若干近い町長の息子ならば有利。
村との交渉は平和的に行くかもしれない。
同じ人間でも、私は交渉とか苦手だし彼に頼ろう。
それでも、かつての私の様に交渉に失敗する可能性もある。
油断はできない。
「(今の町長の息子を見ても、まだ和解する気にはなれないのか?)」
「(嫌です! 町長の息子は魔王の娘に力づくで操られているだけ。あいつさえ何とかできれば!)」
「(それができない事は、暗黒騎士の私も、聖騎士の私も、既に理解しているはずだ)」
やはり、私の中にいる聖騎士の部分は、今でも魔王の娘を受け入れる事ができないようだ。
そうこうしていると、私たちに気付いた村人たちがやって来た。
「何だ貴様ら? 少なくとも聖騎士には見えないな」
「ここから先はエルフたちの領域。悪い事は言わないから帰った方がいい」
「物騒なのがいるな。密猟者なら怪我しない内にやめておけ」
成る程、聖騎士以外にはこういう態度で接するのか。
これまで、聖騎士の時にしか訪問していなかったので新鮮だ。
だが、それと同時にどう考えても敵意を向けられている事も分かる。
──どうしたものか?
町長の息子が交渉するとは言っていたけれど、危ないかもしれない。
いざという時は私が守らないと。
町長の息子や魔王の娘が交渉に入ろうとしていた、その時だった。
後から聖騎士の男が一人やってきた。
私が中央にある聖騎士団の本部を襲撃した時に出かけていたのか?
あるいは、あの襲撃から逃げ出したのか?
それはわからないが、場所が場所だけに聖騎士がいる事自体は不思議ではない。
問題は、この聖騎士団の残党がどう出るかだ。
「何だ、騒がしい。まさか、魔王の軍勢が来たとでも──ひ、ひぃぃ! あ、暗黒騎士!!」
成る程。
私に反応するという事は、聖騎士団の壊滅は知っているのだな。
「お、終わりだ……こ、殺される……」
聖騎士の男は、恐怖に怯える様な声でか細く叫ぶ。
彼は腰が抜けたのかその場に尻もちをついている。
そして、その狼狽する姿を見た村人たちが動揺し始めた。
「あ、あれが聖騎士団をたった一人で滅ぼした暗黒騎士……」
「ど、どうする? 戦った方がいいのか?」
「早まるな! そんな相手に俺たちが挑んで勝てる筈がない!」
暗黒騎士の私に怯える村人たちを前に、町長の息子が一歩前に出た。
「そうです。そうか早まらないでください。そこにいる御方は魔王の娘とそれに仕える暗黒騎士。ですが、皆さんが逆らわなければ危害を加える事はありませんので、まずは話を聞いてください」
「魔王の娘エイラムだよ。よろしくねー」
町長の息子の発言と魔王の娘の挨拶に、村人たちはますます怯える。
「すると、そいつらは人間ではなく魔族なのか?」
「あんたは人間の様だけど……な、何で魔族に……魔王の娘なんかに味方しているんだ?!」
当然の疑問だ。
かつて聖騎士だった時の私も最初は戸惑った。
そして、私の場合は今もそれを払拭できていない。
──だから、私は二人に分裂する事に。
しかし、交渉の雲行きが怪しくなってきた。
村人たちが町長の息子の説得に応じてくれればいいけれど。
「私がこの場にいるのは、貴方たちを殺させないためです。私の町も既に魔王様の支配下にありますが、協力さえすれば助かる事を皆さんに伝えたく、この場にいます」
町長の息子のその言葉で、少しだけ村人たちが落ち着いた様に思えた。
しかし、
「うーん、殺す気はないんだけどね。でも、今回のエルフ討伐はドワーフたちとの盟約だから、邪魔する人間は殺しちゃうかな」
エルフの討伐。
魔王の娘が放ったその言葉をせいで村人たちが再び動揺し始める。
「エルフを殺すだと!?」
「なんて奴らだ……」
「だが、聖騎士団をやっつけた奴らだぞ。エルフだって勝てるかどうか……」
勿論、私はエルフたちに勝てると確信している。
だから、村人たちも早く諦めてほしい。
──もう一人の私みたいにならない内に。
「エルフの討伐! 知らせなければ……知らせなければ……」
腰を抜かして立てないでいる聖騎士の男が、這う様に逃げ出そうとしている。
だが、今エルフに知られるのは少しだけ面倒だ。
だから、私は剣を抜いて聖騎士の男の頭近くに突き刺した。
「言った筈だ。エルフの討伐を邪魔するのならば殺す、と」
「ひぃッ!」
「聖騎士団の残党なら殺っちゃっていいよ、私たちの暗黒騎士」
魔王の娘の許しも出た。
だが──。
「私たちの邪魔をしないのであれば命までは取らない。聖騎士団壊滅から折角拾った命、大切にした方がいい」
「は、はい! 大人しくしますから勘弁してくださいッ!」
ふっ、命拾いしたな。
しかし、その柔軟さ。
私も欲しかった。
聖騎士の部分であるもう一人の私も、この選択ができれば……。




