5-5:ご褒美
後は──そう、帰るだけ。
今日は色々あったけれど、もう帰るだけ。
そう思っていたのに。
「ふー、終わった終わった。それじゃ行こっか、宿まで」
魔王の娘が突拍子にこんな事を言い出した。
「このまま魔法で帰還するのではないのですか?」
私は魔王の娘そう尋ねた。
魔法を使えば一瞬で戻れるから、宿に泊る必要は無い。
「えっ、中央の宿に泊まってみたくないの?」
魔王の娘のその言葉で理解した。
休むのではなく、泊る事自体が目的なのだと。
そういえば、町長の息子にも今夜は中央に泊ると言われていたか。
聖騎士団の壊滅に魔族たちとの会食で、すっかり失念していた。
「──そういう事なら」
「よかった。それに……」
魔王の娘が、私の耳元に口を近づける。
そして、小声で、
「今日の働きに対するご褒美……あげなきゃだね」
そう囁いた。
「えっ……?」
突然の言葉に私がドギマギしてしまう。
だが、その間に魔王の娘は飛び跳ねるようなステップで離れる。
そして、魔王の娘は町長の息子と腕を組み、先へと進んでしまった。
いけない、追いかけないと。
私は慌てて二人を追いかけ、三人で宿まで向かう。
宿に着くと、町長の息子が手続きを行い始める。
その時、初めて私は町長の息子が宿を取っていた事に気付く。
──魔王の娘は、町長の息子に付いて行っていたのだ。
私も横に並んで、三人で一緒に歩けばよかった。
そんな感情が不意に浮かび上がる。
「エイラムさん。鍵、貰ってきたよ」
町長の息子が、部屋の鍵を一つ、魔王の娘に渡す。
「ありがと。それじゃあ、後は二人で……ね!」
そう言って、魔王の娘は部屋の方へと行ってしまった。
「ちょ、ちょっとエイラムさん! 二人でって、どういう……?」
見ると、町長の息子の手にはもう一つ、部屋の鍵がある。
──ああ、そういう事。
これが、褒美なのか。
「それでは、行きましょうかアイス殿」
私は、ついさっき魔王の娘がやっていたのと同じ様に、町長の息子と腕を組もうとした。
が、思っていた感じと違う。
そうだ、私が鎧を着ているから……。
「ごっ、ごめんなさいッ! 痛く……なかったですか?」
「あっ、はい。少し、ビックリはしましたが大丈夫です」
よかった。
いや、よくない。
早く、早く部屋に入って鎧を脱がないと……。
「では改めて。アイス殿、私を部屋まで連れて行ってください」
部屋に入ると、私は早速身に着けている鎧を脱いだ。
ドワーフたちが作った未知の技術のせいなのか、鎧が重荷に感じた事はない。
けれど、脱いだ事による解放感というものはある。
部屋にはベッドが二つ。
その片方には町長の息子が座り、上着を脱いで軽装になっていた。
そして、そのままベッドに潜り込み、休むつもりの様子。
「(二人で一緒の部屋で寝るだなんて、何を考えているの!)」
唐突に、もう一人の私が、私の頭の中でそう叫ぶ。
──もう消えてくれればいいのに。
魔族たちとの晩餐会では怖気ついていたというのか?
「(黙れ! 何を考えているかだって……わかるでしょ?)」
「(そ、それは……)」
「(だったら、大人しく見ていなさい!)」
今からやる事。
それは、親切にしてくれる彼を欲望のままに弄ぶ。
魔王の娘の命令で縛り付けて、無理やりに。
彼……町長の息子が私の事をどう思っているかは分からない。
魔王の娘との政略結婚も、本心で彼女の事が好きなのかも分からない。
本当は、別に好きな女性がいるのかもしれない。
けれど、私はそんな彼を無理やり弄ぶという背徳感に心を躍らせてしまう。
聖騎士だった時の私に親切にしてくれた彼。
だからこそ、それを踏みにじる形でイケナイ事をする事が愉悦となる。
私は、町長の息子が寝ているベッドの中へと潜り込んだ。
「えっ、ちょ……! ライト……さま?」
「このまま……抱きしめて……」
町長の息子を半ば無理やり抱きしめながら、私は町長の息子にそれを……求める。
どういう流れでやれば自然にできたのかは分からない。
けれど、勢いで私は突撃してしまった。
拒絶されたらどうしよう?
今更ながら、少し怖くなった。
でも、もう一人の私にああ言ってしまった後。
例え拒絶されたとしても無理やり。
むしろ、無理やりの方が上がるかもしれない。
私はより強く、しかし町長の息子が痛くならないように抱きしめた。
「…………」
「…………」
互いに無言の中、町長の息子も私を左腕で軽く抱きしめてくれる。
更に、右手を私の頭の方へと持っていき、頭を撫でてくれた。
あたたかい……。
私は町長の息子の体温を感じ、安らぎを覚える。
ここはベッドの中だ。
それも相まって何とも心地よい。
頭を優しく撫でられるせいで、リラックスしてしまう。
本当に、このまま眠ってしまいそうなくらいに。
眠って……しまいそうな……。
──はッ!
次に気が付いた時は朝……だった。
私は一人ベッドで寝ていた。
上半身だけ起き上がり周りを見回すと、隣のベッドで町長の息子が寝ている。
そうか、私はあのまま眠ってしまって……って!
そんな……私まだ何もしてない!!
今日……じゃなくて昨日は色々あったけれど……。
まさか、疲れて眠ってしまうだなんて!
「トントントン♪」
入口のドアから音が響く。
そして、
「おっはよー!! 朝ごはん食べに行こう!」
魔王の娘が元気よく私たちを呼びに来た。
私は慌ててベッドから飛び出し、ドアを開ける。
「お、おはようございます」
「あれ? アイスくん、まだ寝てる?」
「はい。私も今さっき起きたところで」
「そう。じゃあ準備ができるまで待ってるから」
そう言って、魔王の娘は部屋の中に入って来た。
ここで……待つつもりなのか。
「とりあえず、アイスくん起こそっか」
「……はい」
「それと、昨日はあんな肝心なところで寝ちゃうだなんてガッカリだよ」
魔王の娘のその言葉に、私はゾッとした。




