1-2:左遷通告
勇者とのやり取りからの数日後の事である。
私は団長に呼び出された。
団長と直接話をする事なんて、これまでに殆ど無い。
何か、悪い予感がすると思いながら、私は恐る恐る団長の部屋へと入った。
「ライト・ヌーム。君にやってもらいたい任務がある。これから、この場所にまで行ってくれないか?」
そう言って、団長は私に地図と指令書を手渡した。
「近年、ダンジョンなるものが出現した町の調査……ですか」
「そうだ。報告がある八つの町のうちの一つだ」
遠方の町への調査任務?
討伐任務では遠方に向かうこともある。
稀に強力なモンスターが出現して、聖騎士団の手が必要になるからだ。
けれど、調査でそれも遠方なんてのは聞いた事がない。
奇妙な任務だと思いながら、私は指令書に目を通す。
書類に書かれている場所は、中央から離れた辺境にある町。
何でも、その町に出現したダンジョンから貴重な武器や防具、アイテム等が出るらしい。
その為、一攫千金を夢見た冒険者の類が集まっているとも聞く。
けれど、そんなに美味しい話があるのも変である。
だからこそ、聖騎士団としても調査を行い、その真偽を確かめたいのかもしれない。
「何か質問は? なければ早速取り掛かってくれ。現地までの移動手段はこちらで手配する」
「あの……? 指令書には人数や期間が記載されていないのですが……?」
何かおかしいと思ったら──。
こんな肝心な情報が抜けているだなんて。
「ライト・ヌーム。この任務は君一人で行ってもらう。そして、時間をかけてじっくり調査してほしい」
一人で……?
しかも、じっくり調査って、もしかして無期限??
この条件だと、調査が終わるまで帰還できない?!
「調査の大まかな目的や目標は何でしょうか?」
せめて、これくらいは知っておかないと。
でないと一生帰還できないかも。
「今後、聖騎士団が現地で何かしらを行う場合の案内役にもなってもらう。それから、何か異変があれば逐一報告するように」
──答えになっていない。
いいえ、これは暗に帰れないという答え。
事実上、一生そこに赴任しろというお達し。
赴任先は町とはいえ、ほんの数年前までは農村だった場所。
ダンジョンによる好景気で町へと成長したらしいけれど、所詮は田舎。
要するに、誰も行きたがらない場所での仕事を私に押し付けたわけだ。
──そういう事。
私は、先の勇者との争いを思い出した。
つまり、これは勇者からの圧力による結果。
厄介払いと不人気任務の双方を解決するためにと。
「つまり、勇者の件による左遷……ですか?」
「私にそれを聞いてはいけない!」
団長は答えてくれない。
けれど、それこそが答えなのだと思う。
「では、行きたまえ」
──これ以上は、答えてはくれなさそう。
仕方なく、私は部屋を出る。
部屋を出ると、団長直属の部下の一人が私を待っていた。
「ライト・ヌーム、話は聞いてるな?」
「……はい」
「では、身支度を済ませたら早速向かおう」
「あの? 向かうというのは……?」
「荷馬車の発着場だ。馬車の警護を兼ねて乗せてもらう事になっている」
もう帰れないというのに急過ぎる。
これも、あの勇者の指金なのか?
私に対する嫌がらせで、一刻も早く私を聖騎士団から追い出すために。
私は、急いで家に戻り、最低限の荷物を持てるだけ詰め込み始める。
「とにかく、何にも無いところへの旅だから、本だけはできるだけ持って行かないと」
行先がどんな場所かは分からない。
けれど、少なくとも野宿が必要だとかそういう場所ではない。
仮にも町だから衣類や食料は何とでもなる。
けれど、道中に何かアクシデントがあるかもしれない。
万が一の場合に備えて、最低限のものは持っていかないと。
私は、着替え一式を鞄に詰め込む。
続いて、家にある保存食の内、運べるものを。
そして、空いたスペースに持っている本を入れた。
「これが、限界……かな?」
元から手持ちは少ないので、持っていきたいだけの本は入ったと思う。
これなら、しばらくは娯楽には困らない……と、信じたい。
「行かなきゃ……」
本当は行きたくない。
けれど、私には聖騎士団を辞められない理由がある。
それは、私の家の問題だ。
聖騎士の名門ヌーム家に才能を買われた私は、聖騎士になるために養子になった。
だから、私は家のためにも聖騎士を辞めるわけにはいかない。
──辞めたところで、他に仕事が無いと生活できないし。
これが、本音かもしれない。
家のためというのは些細な事だ。
仕事も帰る家も無くなる恐怖から、従う他ない。
「やってしまった事は仕方ない……か」
勇者に逆らった事は後悔していない。
あの時我慢できたとしても、次の日我慢できそうになかったし。
遅かれ早かれ結果は変わらなかったはず。
だから……今は、行くしかない。