1-1:繰り返される勇者からの仕打ちに、もう我慢できない
「お願いです、もう止めてください!」
「貴様、勇者である僕に盾突く気か!」
私は今、我慢できず勇者に口答えをしてしまった。
勇者は実戦演習を言い訳に、一方的に聖騎士団を叩きのめしている最中。
聖騎士団の演習場には、勇者にやられた同僚たちが倒れている。
この場に立っているのは私と勇者だけ。
この中で比較的強い私が最後の一人になってしまった。
しかし、圧倒的な力を持つ勇者に私が倒されるのも時間の問題。
勇者に倒されるのは初めてではないし、むしろ慣れている。
いや、慣れるほどに繰り返されたに過ぎない。
だから、今日こそは終わりにしたいと、思わず口答えをしてしまった。
「幾ら勇者だからって、こんな一方的にだなんて……酷過ぎます!」
「はッ! そんな腑抜けた事を言っていて、魔王の軍勢に勝てると思っているのか!?」
──魔王。
本当にいるならば、さっさと退治に行ってほしい。
けれど、今の世の中に魔王はいない。
平和な世の中に、勇者だけが存在している。
倒すべき魔王がいなくて、鬱憤が貯まっているのだろうか?
勇者はこうして時々「憂さ晴らし」にやってくる。
勇者と比べれば遥かに力の弱い聖騎士団へと、その有り余った力ぶつけるために。
「魔王──って、こんなので強くなれるわけないでしょうが!!」
思わず叫んでしまった。
「はぁ?! 強くなれよ! 勇者の僕が直々に稽古をつけてやっているんだぞ!」
「これが稽古!? ただ貴方が一方的に鬱憤をぶつけているだけじゃないですか!」
「何だと!?」
「み、皆も噂しています。また勇者がイライラをぶつけるためにやってきた、って」
止まらなかった。
勇者の態度が酷過ぎて限界だったのか、私の我慢が足りなかったのか。
──しかし、それも今となっては、もはやどうでもいい事。
「うわ、噂って何だよ!? 陰で僕の事を……ば、馬鹿にしているのか?」
「そうです! どうせ、女にフラれたんだろうとか、彼女どころか仲間の一人もできないとか」
「だ、だから何だよ、悪いか!」
「悪いです! そのイライラを私たちにぶつけないでください!」
言ってしまった。
怒りにまかせて、余計な事も言ってしまった気もする。
「ォ、ヲ、オ、おのれーーーッ!」
余程頭に来たのだろうか?
それとも地雷を踏んでしまったのだろうか?
ギリギリ声になるような声で、勇者は叫んだ。
──叫びたいのは、こっちだ。
「ぃ、い、いいか?! ここで、お前を倒すのは簡単なんだぞ!」
圧倒的な勇者の力で何度も倒されてきたから分かる。
今更説明されなくていい。
「だ、だけどだ。お前には、もっと苦しい思いをしてもらう。お前の上司に言いつけてやる!」
困った事になった。
けれど、やってしまったものは仕方がない。
「……わかりました」
「な、何だ、その目は!?」
別に、これといった事をしたつもりはなかった。
ただ、目の前の勇者に対しての軽蔑の感情が湧いてくるだけ。
ああッ、何でこんな小さい男が勇者なんかに……。
「何処までも腹立たしい奴だ。いいか、後悔しても知らないからな」
「……今更、後悔だなんて……もっと早くに言うべき言葉です」
「だーーッ!!」
物事が上手くいかないと直ぐに癇癪を起こすなんて……
まるで子供。
「い、いいか? 正しいのは常のこの僕だ。後になって気付いても、もう遅いからな」
「……はい?」
「自分が正しいみたいな顔しやがって! それが気に食わないんだよ!!」
別に私が正しい行いをしているとは思っていない。
むしろ勇者に逆らうという時点で、聖騎士としては悪だと思う。
けれど、勇者が聖騎士団の人間をいたずらに傷つける事もまた正しいとは思えない。
それに、何より我慢の限界で、こうなる事も時間の問題だった。
これは、なるべくしてなった結果。
「とにかく、だ。覚悟しろ!」
「……」
さっきから、言葉は違うけど勇者が言っている事は同じ。
けれど、これ以上それを指摘したところで、先程と同じ結果になる事は目に見えている。
だから、黙る事にしたのだ。
「ふ、フン。今日の訓練はもう終わりだ」
捨て台詞を吐き捨て、勇者はようやく帰って行った。
「はぁ……やっと帰った……」
ああ、そうだ、仲間の手当をしないと。
一呼吸を入れてから、私はその事に気が付く。
重傷者はいないみたいだけど、とりあえず軽い怪我の治療からしなきゃ。