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アネイブル百科

作者: 皿日八目

 できないことが子どものころから多かった。ほかの人みんながそつなくこなせることでもわたしだけはいつまでもできないままだった。からだを動かすのはとくに苦手だった。


 自転車に乗れない。逆あがりができない。側転ができない。後転ができない。うんていができない。ターザンロープもできない。逆立ちができない。泳げない。二重跳びができない。跳び箱をとびこせない。


 体育の時間。どんなスポーツでもわたしと同じチームになった人たちはみんないやがった。わたしはいないのと同じだった。わたしもかれらに申し訳ないと思っていた。とてもみじめだった。


 ボールを遠くまで投げられない。キャッチできない。反応できない。バットもうまく振れない。トスができない。サーブを入れられない。ドリブルができない。ラケットが扱えない。バトンを上手に受け取れない。ルールもよくわからない。


 飲みこみが悪いだけでなく手先も器用でなかった。手順を理解することもできなかったしたとえできたとしてもそのとおりに指を動かすことはできなかっただろう。でも困り果てているとまわりの人が見かねたようにいつも助けてくれた。ありがとう。でもそのときにはなにも言えなかった。ごめんね。


 鶴が折れない。ひもを結べない。きれいな円を書けない。リコーダーの穴を押さえられない。鍵盤ハーモニカをうまく弾けない。彫刻刀を扱えない。三枚おろしができない。卵をきれいに割れない。短冊切りができない。缶ジュースを開けられない。缶詰めも開けられない。缶切りが使えない。


 できないことは学校の外にもいっぱいあった。だから学校のなかではもちろんみじめだったけど学校が終わったからといってそのみじめさが終わるわけではなかった。みんなができることでもわたしだけはいつまでもできないままだった。わたしだけができてみんなができないことは、なにもなかった。


 切符の買いかたがわからない。バスに乗れない。タクシーに乗れない。ひとりでレストランに入れない。カラオケにも入れない。会話の輪に入れない。うまく笑えない。大きな声をだせない。話をつなげられない。話題を思いつけない。人の目を見られない。質問ができない。困ったことがあっても言いだせない。


 ほかにも、たくさん、できないことだらけ。こんなに多いのは、わたしだけだ。


 いやなことを忘れられない。人に言われたことを笑いとばせない。悩むのをやめられない。悪い想像を止められない。気分転換ができない。楽しいことを見つけられない。思いだすのに歯止めがきかない。ほかのことを考えられない。どうすればいいのかわからない。


 きらいな人から離れられない。どこにも逃げられない。考えるのをやめられない。わたしが正しいか間違っているかわからない。正しくても間違っているのか間違っているけど正しいのか正しいように見えても間違っているか間違いではないけど正しくもないのかどうかわからない。


 台所へ歩くのを止められない。探すのをやめられない。いけないことだと思えない。いいことだとも思えない。なにもわからない。足が止まらない。見られない。聞けない。振り下ろす手を止められない。



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