獅子奮迅記 2
『獅子連合』
関東地区をそれぞれ統一する高校の、全国から悪くも評判の高い番長とその補佐たち16人の不良の総称。これはそんな奴らのくだらなくも眩しい日々を綴った記憶の物語である。
「バンドやろうぜ!」
都心より電車で30分程度、そこから自転車で10分くらいかかる、とある公立高校の校舎裏。1時間という貴重な昼休み時間のせいか閑散としているその場に言葉が空しく響く。
「オレベースやるから、他どーするー?!」
その虚しさにめげない…いや、気付いていない赤頭のバカは、それはそれはとても楽しそうな良い笑顔を向けてくる。
「どうするって…何が」
「ニブイなークロスケはー!!」
「お前にだけは言われたくなかったわ」
「バンドやろうって言っただろ!オレがベースなんだからあとはボーカルとギターとドラムとタンバリンに決まってんだろ!!」
「決まってない」
というかタンバリンってなんだ。何で当然みたいにそのラインナップに混ぜた。
「はいはーい。それならボクたちがボーカルだよね」
「美少年で美声の無敵なボクらがセンターに立ってあげるんだから感謝に泣き崇めていいよ」
言いたいことがおおいに浮かんできたものの、目に悪いピンク頭の同じ顔したチビたちに遮られてしまう。トランプから目を逸らさないあたりただ面白がっているだけの発言だろう。
「モモたちがやるのならば、オイラも参加しましょう」
そこにすかさず手を挙げたのは、チビたちの保護者であり補佐を務めている紫頭。
「「じゃあサッキ―はドラムね」」
「おけ」
「なんだムラキ!ドラム出来んのか!!」
「出来ない。でもモモたちがやれと言うならやれるです」
「よし!」
「いや、よし!じゃねーわ」
見た目はネオン街の長のくせにショタ双子の言いなりに何を言っても無駄なのは分かっているがつい声が出てしまった。
「ハイ」
「はい!アオ!」
「ギター…」
「ちなみに経験は」
「ない」
「でしょうな」
バカと親指を立て合う青頭は、いつもの眠そうな顔で考えていることがまったく読めない。どこぞのピンク双子のように面白半分というわけでもないようだが、会話すら滅多に参加してこないやつがやる気になると嫌な予感しかしない。
「よし!」
「だから、よし!じゃねーっつの」
「大丈夫だって!オレだってこれからマサに教えてもらうんだ!!」
「まじかよ。それでよくバンドやりたいなんて言えたな」
「へへ!!」
「照れんな褒めてない」
なんなんだ、こいつらの根拠のない自信はどこからやってくるのだ。
「なら、俺サマがピアノをやってやってもいいぞ」
「ラインナップに無い楽器突然入れないでモラエマス?」
桃色双子とは違う、陽の反射で直接攻撃をしてくる金頭。
「俺サマが参加するんだから一番目立っちまっても文句言うんじゃねえぞ」
「よし!」
「もう訂正するの面倒になってきたわ」
「バカのバカもたいがいだけど、キンタロウの妄言もいい勝負だよね」
「まあ腐ってもオカネモチだからイメージ通りでいいんじゃない」
「意外性なくてつまんないけど」
「それなー」
言われたい放題だな。
「じゃああとはクロスケがタンバリンをやればカンペキだな!!」
「「いえーい」」
「ぱちぱち…」
「え、何で勝手に参加することになってる?やらないよ?ムラサキも拍手するんじゃないよ」
「なんでだよー!ぜってー楽しいぞ!!」
「楽しい楽しくない以前に成立してないのよ」
「?」
「なんで不思議そうな顔してんだ」
いちから説明するべきか、いや、それでもバカが止まるはずはない。もうこれ以上巻き込まれないように話を変えるのが得策か?
「…さっきから文句ばかりだな。キサマは」
ぼんやりと頭痛がしてきたような、ぼやけた頭をフル回転させていると、それまで青の隣で黙っていた茶頭があからさまに大きい溜息をつく。縁の少ない眼鏡を軽く上げたかと思うと目が合った。
「せっかくアオさんがギターをやると言ってくださっているのに、キサマ如きが何を偉そうにしている?そんなヤツにタンバリンが務まると思っているのか?」
「…いや、務まるもなにもやるとは言ってないんだが?」
「小生の方がよほど上手く務めて見せよう。勝負にてどちらがふさわしいか決めようではないか」
「喜んでお譲りしますけども」
この茶は、頭脳派に見せかけたただの脳筋なので何かにつけてワタシを敵視し、見下し、勝負だなんだと引っ掛かってくる。いちいち相手にしていたら身が持たないし、そもそもやりたくないんだからやりたい人間に譲るのが一番だ。
「なんだ、負けるのが怖いのか?」
「…はあ?」
「無理もない。キサマは所詮負け犬だ。情けなく頭を垂れて尻尾を巻いて逃げるが良い」
そう、一番なのだが。
「…かい」
「あ?」
「そこまで言うならやったろやないかい!!」
「「うわ単純」」
「今に始まったことじゃないだろ」
あいにくとワタシはどちらというと犬より猫派なのだ。それに見え見えの挑発をかわせるほど
大人ではない。
「…よかろう」
微かに口角が上がったやつは、まるでこの状況になることを予想していたのかどこからともなくタンバリンを取り出した。カラオケなどでよく見かけるタイプのカラフルタンバリンで、その色はやはりというべきか青色である。
「アオさんの隣は小生こそふさわしい」
シャンシャンシャンシャンうるさくて、何か言ったらしいが聞こえなかった。
「先方はもらったぞ」
一瞬の静寂を見計らってそう告げると、ひと呼吸ののち茶は高らかに再びタンバリンを叩き鳴らした。
「チャーすげー!手元見えねー!!」
「「おー」」
いつかのテレビで見かけた芸人張りに体のあちこちを打ち、音楽はないのに何か聴こえてきそうなテンポである。しかも真顔なので狂気がすごい。
そうこうしているうちに最後の一音らしいものを響かせて動きを止めた茶は、わずかにズレた眼鏡を中指で押し上げつつタンバリンをこちらに投げてよこした。
「…」
「どうした。今ならば土下座のひとつで許してやろうか」
「……バカを言うんじゃないよ。そっちこそワタシの超絶テクにひれ伏すが良いさ」
準備運動程度に軽く振ると、思ったより音が大きくそして軽く感じた。そういえば、前に友人と行ったカラオケで隣の部屋からこの音が聞こえてきた時は少しだけテンションが下がったことを思い出す。
短く息を吐いて構えると、その場の視線が一気にワタシに集まった気がした。
「…………ハッ!」
『!!』
今のワタシを集結させて、無心で叩き、揺らす。気分はさながら、アメリカブロードウェイの舞台で大勢の観客から億ドルを積まれて喝采を浴びるパフォーマーそのものである。
「クロ…」
「まじかよ…」
「バカとキンタロウが絶句するなんて相当だよねー」
「確かに。ボクらですら茶化す言葉が見つからないもん」
「…」
「アオ殿、つられて体が揺れてるです」
「…ふん、バカめ」
脳内再生されていた音楽がフィニッシュするのと同時に渾身の一打を決める。乱れた息を整えながら顔を上げると、なんとも表しがたい表情をしたやつらが見えた。青だけは鼻歌交じりに体を左右に揺らしているが。
「ドヤアアアアアアア」
「「うわあ顔が最高にウザイ」」
「うん、よくもそんなお遊戯会レベルで小生に勝てると思ったな」
勝ちを確信しているのか、茶は隠す気もなく嘲笑を浮かべる。
「さあアオさん!!小生とこれのどちらが隣に立つにふさわしかろうか!!」
「主旨が変わっているんだが」
「っていうか、それ聞くならバカでしょ。一応は言いだしっぺなんだし」
全員の視線が赤と青に集まる。
「あ?そりゃあ…クロスケだな」
「クロ」
「な?!」
「っしゃ!!」
「なんだつまらん」
「満場一致じゃん」
「チャチャかわいそ」
「ちなみに勝因はなんだです」
「チャーよりクロスケの方が好き」
「(コクリ)」
「ぐっ!!」
紫の質問と赤青の回答に、ギリギリで立っていた茶の膝が折れ眼鏡が割れる。さすが鬼畜生の桃色双子の側近はとどめの刺し方を心得ている。
「よしっ!これでメンバーが揃ったな!!」
「楽器の手配は任せておけ。俺サマのバンドにハンパなものは使わせねえ」
「ボクらの美声用にちょー高級はちみつとかも用意しといてよね」
「あとあと!あまーいケーキも欲しいな」
「モモたちが楽しそうで何より」
「…」
盛り上がる一同と燃え尽きて全身が灰色にすら見えてきた茶。というか、さっきからなぜ青はエアギターまがいの動きでガンガンぶつかってくるんだ。
「あと、お前にはタンバリン講師をつけてやるからな」
「…はい?」
「めざせぶどうかんー!!」
周りに流されたせいか一緒にテンションを上げていたが、しかし金の一言で我に返る。
「…いや、だからバンドにタンバリンってなんだよ!!」
ワタシの叫びは、悔しくも昼休みの終了を告げる鐘と共に空しく空に溶けていくのであった。
成仏させます。