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「高瀬詩衣良さんだね」
初対面のその男子は、にこにこ笑いながら私のことをフルネームで呼んだ。
「……そうだけど」
まだ暑さの残る九月初頭、昼休みの教室。喧騒の中、私たちのことを気に留める者は誰一人いない。
「誰? あなた」
「真鳥隼人。昨日B組に転校してきたんだ」
「ふうん」
「興味なさそうだね」
「ええ」
私は正直に答える。
「初めて会ったのよ。関心があるわけないでしょう」
「それもそうか」
彼は一人で頷いている。
「高瀬さん。いや、シーラって呼んでもいいかな」
「駄目に決まってるじゃない」
「シーラ、お願いがあるんだ」
人の話を聞かないタイプか……。
無言の私に向かって、笑みを絶やさぬまま彼は言った。
「僕と付き合ってほしい。君のその翼に一目惚れしたんだ」
「は?」
思わず声が出てしまった。
「僕もいろいろ翼を見てきたけどシーラのほど大きくて真っ白な翼は初めてなんだ。こんな美しい翼がこの世にあるのかって、雷に打たれたよ。隣でずっと眺めてたい、触りたい、頬ずりしたい」
「それ、本気で言ってる?」
「僕は本心しか言わないよ」
「へえ」
こいつは変態か何かか。
「変わった人もいるものね。翼なんて、ただ邪魔なだけよ」
「何言ってるの! そんな素敵なチャームポイントなのに!」
そう叫ぶ真鳥の顔に邪気はない。
「ふん、人の苦労を知りもしないくせに」
「知ってるさ。翼人関連の本はあらかた読み尽くした」
「本なんて馬鹿馬鹿しい。私は身をもって体験してきたのよ」
「そう言われると困っちゃうな」
彼は苦笑いを浮かべる。
「でもさ、本当にシーラの翼は綺麗だよ。僕が言うんだから間違いない」
「あなた翼の権威か何か?」
「まあそれに近いね」
「自信があって良いことね」
「ありがとう」
「皮肉よ!」
「そうなの?」
真鳥は少し首を傾げる。
「まあとにかく、その翼の大きさと白さに僕は惚れたんだ。ぜひ付き合ってほしいな」
「お断りよ」
「そう。わかったよ」
彼は残念そうに首を何度か振る。そして不意に手を伸ばして私の翼の先っぽを掴んだ。
「っ!」
私は咄嗟に体をひねる。彼の手はすぐに引っ込んだ。
「やっぱり、あったかい。触り心地もいい。最高の羽毛だよ」
「帰れっ!」
「帰るよ、今日のところは」
彼はにっこり微笑んだ。
「また明日、シーラ」
真鳥はあっさりと去っていき、私はまたクラスの喧噪に包まれる。やがて休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
……綺麗な翼、か。
初めて言われたな、そんなこと。