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6.別宅

 目的地は、裏山に入って徒歩十分程の場所にある二世帯住宅の青野家よりも二回りほど小さい日本家屋だ。

 じいちゃんが小屋と言い張る日本家屋は、じいちゃんのポケットマネーで建てたられた。

 じいちゃん以外の家族は別宅と呼んでる。もちろん俺も。


「妖さんがゆっくりできる場所を作った方がいいかもしれん!」

 十年前のある日、突然そう言い出したじいちゃんは周りが止めるのを無視して動き出した。そうなればもう誰にも止められず、家族は温かく見守るだけだった。

 業者が作業を始める前には、じいちゃんが清めの酒と何か呪文を唱えていたのを俺と妖孤達は遠くから見守った。

「別にあんなことしなくても、業者が来た時にみんな了承してるわよ。そうでなければ、業者は中に入って来れないわ」

 そう言って、俺が家から持って来たお中元の残りの水ようかんを食べた妖孤は笑ってた。周りにいた妖も頷いてたな。


 玄関を開けると、青野家と同じように土間と縁側がある日本家屋は、畳が敷かれた広い茶の間に、フローリングが敷かれた洋室が二部屋と畳が敷かれた和室が二部屋の造りになってる。

 風呂、洗面所、台所、トイレもあるし、全室エアコン完備、個室にはベッド、ミニテーブルと椅子、テレビまで設置してある。

土間には一人暮らし向けの冷蔵庫と棚が置かれ、棚の上には電子レンジに電気ケトル、急須と湯呑み、緑茶のティーバッグが準備してある。

 電気は屋根の上に設置されてる太陽光発電と風力発電で賄われてるらしいけど、一応電気も引いてあるんだとか。下水道と水道はここまで引っ張って来たって言ってた。

 完成して中を見たじいちゃんを除く家族全員が、家だ。と断言した。だって、普通に住めるし。

 中学生になってから一人暮らしの真似事をするみたいにここに泊まるようになったけど、洗濯機とオーブントースターがないのがちょっと残念なんだよな。


 別宅完成後しばらくして、「緑茶のティーバッグが減っていた!」と喜んでいたじいちゃんだった。ごめんな、じいちゃん。

「それ、おれが飲んだ。大きくなったら、泊まったりしてもいい?」

 当時八歳だったからなあ。さすがに泊まったりはダメって言われてたんだよな。

 ものすごく凹んだじいちゃんと中学生になったらって約束した。

 それ以降は緑茶のティーバッグが減ろうが、たまに置くお菓子が減ろうが、じいちゃんは喜ばなくなった。

 今でも俺が飲んだり食べたりしてるし、家電類も使ってるけど、八割は妖が使ってる。もちろんじいちゃんには話してない。


 玄関から茶の間に向かう土間の一角の広く取られた場所にはタイルが敷かれてて、椅子が二脚と長テーブル、それにふかふかのソファが設置してある。

 裏山探検を未だにするじいちゃんと俺が立ち寄った時、靴を脱いで茶の間に上がるのは面倒なこともあるからとじいちゃんが設計士に頼んだものだ。

 これを別宅と呼ばずして何と言うのか・・・と心から思う。小屋と言い張ってたじいちゃんも、ここ数年は別宅と呼ぶようになった。

 俺が泊ってるから、妖の家にはなってないと思ってるんだろうな。

 まあ、じいちゃんの思惑通り、妖の家になってるけど。


 完成するなり、妖孤は別宅を住処に決めた。

 それまでは近くの山や森を転々としてたと聞いて、早く言ってくれればじいちゃんに頼んだのにと俺が言うと、妖孤にそれはダメだと言われた。

 間髪入れずに言われて驚いた。

「妖の要望で何かをするのは、ぼうやにとって良くないことよ。もしも、私が建ててってお願いして、このおうちを建てちゃうと、この山とこのおうちは私の物になってしまうの。そうすると、私以外の妖がこのおうちを使えなくなっちゃうし、この山にも来れなくなっちゃうのよ」

 八歳の俺は何となく理解しただけで、ちゃんとその言葉が分かったのはもう少し大きくなってからだった。


 つまり、人間の意志で建てた家はフリースペース・・・誰でも利用できる家になるらしい。

 逆に言えば、妖の希望で建てた家は、その妖の家になるうえ、その家を中心にその妖の縄張りになるんだとか。縄張りの広さは妖の妖力によるらしい。

 別宅は妖の寄り合い所みたいになってる。

 色々な妖がふらっとやって来ては、家の中を探検したり、ベッドの上で飛び跳ねてスプリングを堪能してる時がある。

 泊まる妖もいるらしいけど、俺が泊ってる時には向こうが遠慮してくれてるらしい。

 とはいえ、妖孤みたいに住処にする妖は今のところいない。


「あくまでも私は間借り妖だから勝手に使ってるだけだなんだけど。他の妖が来たら、泊まらせてあげるし、お茶したりもするんだけど、私の住処だって認識してる子も多いみたいね。あ、お金は払ってないから、間借りっていう表現は間違いね」

 笑いながらそう言った妖孤の間借り妖という言葉を聞いて、笑ってしまった。

 時折言い回しが何とも人間臭いなと思うことがある。

 元々人間と妖は隣人関係だったそうで、考え方は人間と似てるらしい。

「まあ私達妖からすれば、人間が妖に似てると思うけれど」というのは、妖孤の言葉だ。

 時を経て、妖と人間の間に距離ができ、妖を見れない人間が増えてきた。だから、妖は幻の存在になってしまっている。

 本当はそこここに存在しているのに。

「お互いにこれくらいの距離がちょうどいいのかもしれないわね。好き勝手過ごせるもの」

 そう言ってコロコロ笑う妖孤だった。


 別宅の玄関を開けて茶の間に向かうと、タイルの上に置かれたソファに座っている美女が目に入った。そのソファは彼女のお気に入りだ。

 前にソファ用の掛けカバーをプレゼントしたら、とんでもなく喜ばれた。何枚かプレゼントして洗い替えしてるけど、色がくすんできてるし、そろそろ新しいのをプレゼントする頃合いかもしれない。

「あら、洸太。いらっしゃい」

「おじゃまします。相変わらず美人だな、白雪(しらゆき)は」

 今日は薄水色のワンピースを着た妖孤、白雪が微笑んだ。

 出会った時から何一つ変わらない白雪を見るたび、ああ妖なんだなと思う。


 妖と物の怪の違いをしっかり教えてくれたのは他ならぬ白雪だった。

 じいちゃんから聞いたこととだいたい同じだったけど、物の怪に悪霊が含まれることは知らなかった。

 悪霊は悪霊で、物の怪とは違うってじいちゃんは教えてくれたけど、それは人間の解釈らしい。

 今は妖側の解釈が正しいんじゃないかと思ってる。

 じいちゃんに教えてやりたいけど、情報源が白雪・・・妖孤だからなあ。

 そこから話すとなると・・・大興奮するじいちゃんに質問攻めに遭う自分が簡単に想像出来る。

 きっと、軟禁状態になる。想像だけで疲れる。だから、まだじいちゃんには言ってないし、言わない方がいいと思ってる。

 物の怪も悪霊なら、悪霊を呼んでみようと思ったり・・・するかもしれない。

 じいちゃんには見えなくても、俺には見える可能性がある。

 攻撃受ける可能性だってある。

 そうなったら、絶対に被害者は俺だ。無理。絶対無理。うん、言わない。言っちゃいけない。わが身可愛い。ごめん、じいちゃん。


「はい、どうぞ」

 茶の間に移動して、ちゃぶ台を挟んだ向かいに座った白雪は慣れた手つきで緑茶を淹れてくれた。

 お礼を言ってテーブルに置かれた湯呑みに口を付ける。ちょうどいい温度のお茶が喉を潤していく。

 白雪と出会った当初、妖は目には見えないけど、そこにちゃんといるんだってびっくりしたんだよなあ。通り抜けたりしないんだなって。

 抱き着かれれば通り抜けずに体に触れて、目を閉じてても温かさも柔らかさも感じるんだ。つまり、普通の人間でも、目には見えなくても、その温度や質感は感じてるのかもしれない。

 色んな物にペタペタ触るし、食べるし、面白がるし、重い物だってひょいっと持ってしまう。目に見えない=実体がないと思ってしまった子どもの俺。子どもだったんだなあ。と思う。

 まあ、実体がないように振舞うことも出来るみたいだ。

 妖力が強い、つまり妖力の量が多い妖ほど、壁をすり抜けたり、色々と出来るらしい。

 逆に、妖力が弱い、妖力の量が少ないと、動物や物として普通の人間の目にも見えるんだとか。

 つまり、俺達が狸として見てる動物も本当は妖っていう可能性がなきにしもあらずってことなんだよな・・・俺はどっちも見えるから、そこらへんの境界が曖昧になってて分かんないんだけど。


「相変わらず白雪のお茶はうまいな・・・癒される」

「ありがとう。もしかして何かあった?受験勉強がうまくいってなかったりするの?」

 白雪の眉間に一気に皺が寄ったのを見て、慌てて首を振る。

 白雪は俺のことをものすごく可愛がってくれてる。

 母親だったり、姉だったり、幼馴染みたいに。だからなのか、俺の浮かない様子に過剰に反応する。

 母さんも俺のことを可愛がってくれてるけど、それと同じくらいなんだよな。

 何が白雪の母性本能をくすぐったんだか。

 すごいな、子どもだった頃の俺。

「いや。受験勉強は順調。二次試験に向けて勉強始めたけど、特に問題なし」

 二次試験は小論文だ。特に社会問題をテーマにしたものが多いから、数学教師の担任じゃなくて、社会科の先生が二次試験対策の担当になった。

 今は過去問を数問やってるところだ。参考書はあえて読まずにとりあえず書いてみて、明後日は学校にそれを持って行って、採点してもらう予定だ。


「それなら良かった。それじゃ、今日はどうしてここに?あ、もちろん用事がなくても来てくれるのは嬉しいんだけど」

 慌てたようにそう言って笑う白雪に見とれてしまう。ほんと美人なんだよなあ。

 白雪は裏山を歩き回ったり、近場を散歩するのを日課にしてるらしい。妖の世界にも近所付き合いがあるとかないとか。

 帰ってくるのはこの別宅で、俺の家に来たことはない。

 来れるらしいけど、俺の家族といえども、一緒に居るのは嫌なんだとか。

 ・・・まあ、うちはおしゃべりが多いからなあ。

 ばあちゃんと母さんは二人で姦しいくらいしゃべるし、じいちゃんも妖怪の話をしだすと止まらなくなる。父さんと俺は聞き役に徹することが多い。

 長年暮らしてきた俺でも、あの三人の話を聞いてるのが辛くて、別宅に泊まりに来ることがある。慣れてない白雪とかには苦痛だろう。

 それに、妖力が強い妖が贔屓にする家は他の妖や物の怪にターゲットにされることもあるらしい。

 白雪が言うには簡単に守れるそうだけど、「洸太のご家族にご迷惑をおかけするのは私の本意じゃないから」と、近付かないようにしてくれてる。

 その言葉を聞いた時、ノック無しで部屋のドアを開ける母さんに白雪の爪の垢を煎じて飲ませたい。と心底思った。


「ちょっと気になってることがあって」

「気になってること?」

 どう言ったらいいのか分からないから、なかなか言葉にしづらいというか・・・話しても白雪だって戸惑うかもしれない。でも、こういう話が出来るのは、白雪ぐらいだ。

 頭の中にじいちゃんと、ロマンスグレーの執事が思い浮かんだけど、却下する。あの二人は相談には向いてない気がする。

「一月四日に、特別補習受けに学校行ったんだけど、すごい大雨が降っただろ。この近くの地区に避難警報出たくらい」

 一月四日は俺が帰る時に一時的に晴れたものの、それから二日ほど大雨が続いた。特別補習は大雨だからといって中止にはならなかった。休んだやつも多かったらしいけど、同じ補習を受けてたやつらは休んでなかった。

 新しく傘を買う時間がなくて、相棒のビニール傘を酷使した。結果、最終日にはもう無理だと音を上げられた。

 傘の中で降る雨が、ポタポタじゃなくて、蛇口開けっ放しの状態になった。

 素直にお礼を言って、燃えないゴミ袋に捨てた。


 大雨が降り続き、地域によって大なり小なり被害が出ていた。マンホールから水が噴き出した所もあれば、床下浸水、床上浸水した地域もあった。山の方では、一部がけ崩れもあったらしい。

 ただ、青野家があるこの地域は、全く被害なし。

 更に言えば、今まで、天災で被害を受けたことがないんだそうだ。

 車で数分のご近所さん達の所ももちろん被害ゼロ。それをこの地域の人達は当たり前のように思ってる。

 なんでも、ここら辺は守られてる地域だから天災の被害など出ないらしい。

 もしも被害が出始めたら、この地域からは出て行った方がいいと近所の人達はそう言ってる。

 目に見えない何かを信じるなんて馬鹿げてるって言う人も居るだろうけど、俺は信じてる。


 ここら辺は何かの力に守られてるって、白雪達も言うし。

 妖の言葉ばっかり信じるのはどうなのかって言われるかもしれないけど、全部を信じてる訳じゃない。

 でも、ここの土地が守られてるっていうのは何となく感じるんだ。

 隣の山には物の怪がいるらしいけど、ここら辺で物の怪を見たことないし。

 白雪によると、物の怪が入れないモノでここら辺は守られてるんだそうだ。


「ああ、そうね。確かテレビでも特別報道があってたわ」

「そうそう。ここら辺は相変わらずそういうのとは無縁だけど。そんで、帰りのバス待ってる間に何か見たんだ」

「何か?」

 首を傾げる白雪を前に、うーんと声を上げてこめかみを揉んだ。

「何かを見たのは覚えてるんだ。すごかったっていうのも何となくだけど覚えてる。でも、その『何か』が全くもって思い出せない。日に日に『何か』を見たっていうのは思い出すのに、その『何か』はどんどん遠ざかって行ってる感じがしてさ」

「・・・妖の力かもしれないわね」

「だよなあ。別に嫌な感じじゃないんだ。眠れなくなるとかもないし、ただちょっと気になるだけ。ふと思い出して何だっけ?みたいな」

 妖を見た可能性もある。でも、それも可能性でしかない。だって覚えてないんだし。

 でも、今回は攻撃的な妖怪の仕業ではないみたいだ。

 攻撃的な妖怪の仕業だったら、人間の体に影響が出るってことは白雪から聞いてる。

 身体的・精神的と、どっちもあって、どっちも人間にとっては苦痛を伴うものらしい。

 そういうのは全然ないから安心なんだけど、やっぱり気にはなるんだよなあ。

 そう結論付けて向かいの白雪を見れば、にこっと笑いかけられた。


「洸太が気になるなら調べてみるけど」

「いや、いいよ。きっと、暴かれたくないんだろ。俺も首を突っ込みたいわけじゃないし。ただ、誰にも話せなくてモヤモヤしてたんだと思う。白雪に話したら、楽になった。聞いてくれてありがと」

「どういたしまして。でも、気になってしょうがなくなったら、ちゃんと言ってね。私がしっかり調べるから」

 柔らかい声音で言われた言葉のはずなのに、何故だかぶるっと体が震えた。

 白雪は時々、変な冷気を出す気がするんだけど。

 いや、気のせいだよな。

お読みいただきありがとうございました。

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