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1.友人とによによ

「おはよ、青野・・・大丈夫?」

 教室に入って窓側一番後ろの席に座ると、前の席の海野が俺の顔を見て苦笑いを浮かべてる。

「・・・はよ。海野。大丈夫だ」

 コートとマフラーを付けたままそう返して教室の暖かさに涙が出そうだ。

 まあ、気温差を感じて目が潤むんだけど。生理的な涙を拭うと、自分の手の冷たさに驚いた。

 手を擦り合わせて息を吹きかける。こんな日にカイロを忘れた自分を恨む。

「顔真っ白だよ」

「めちゃくちゃ寒い」

 話しながらマフラーに口元を埋め込む。ほんと寒い。


「今日は特に寒いって言ってたのに、バイク通学する青野のすごさを実感中だよ。おれなら堂々と朝補習は休むかな」

 高校で知り合った海野とは、縁があるのか高校三年間同じクラスだ。

 名前順だと青野と海野で前後だったから、すぐに仲良くなった。

 黒髪に青い目をしたイケメンの海野はとにかくモテる。

 とっかえひっかえできそうなくらいモテるのに、「見た目で寄ってくる女子はお断りだよ。だって、もっと好みの顔の男が現れたら、さくっと乗り換えるんでしょ?」と笑顔で毒を吐く。

 まあ、黙ってると王子様だから、上級生、同級生、新入生が騙されるのをいやって程見てきた。同じ大学、同じ学部を志望してるし、これからも見る羽目になるんだろうな。泣く子を減らすためにも早く彼女作ればいいのに。

 本人曰く「まだ理想の子に出会ってない」とのことだ。本人がそう言ってるんだから、口を挟むつもりはない。人の恋路に首突っ込んでもいいことないってことはよく知ってる。

 でもまあ、泣く子が増え続けてるし、早いところ本気になって欲しいとは思う。


「雨、台風、雪以外で休む気ないぞ」

「真面目だねえ」

「真面目なわけじゃないけど、バイク通学許可してもらってるからな」

 我が家から高校まではバス一本で行けるけど、平日のバスのダイヤは、七時と八時、十二時と十三時、十七時と十八時の六本のみ。

 バス会社のホームページの時刻表では、うちから高校までの所要時間は一時間十分って記載されてる。実際は一時間半で着ければ御の字だ。そうなると、朝八時からある朝補習という名のゼロ時限目には間に合わない。


 家族の誰かに送ってもらってたけど、朝八時に間に合うように早起きさせるのも申し訳ないし、遠回りもさせてて、週五で送ってもらうのが段々と申し訳なくなってきた頃だった。

 三年前、同じような通学状況の生徒がいたそうで、バイク通学の許可を貰えるかもしれないと担任が教えてくれた。その生徒の担任をしてたそうだ。俺が家族に送ってもらってる様子を見て声を掛けてくれた。

 家族にはバイク通学をしたいと話したら許可してくれて、すぐに学校にバイク通学の申請を出した。

 校長、学年主任、担任の審査があることは聞いてた。

 実際に俺の家までの道のりを一緒に帰った。


「・・・青野、よくうちに通おうと思ったな・・・」

 担任がポツリと零した言葉に校長と学年主任が頷いた。

 家から一番近いのはバスでニ十分、バスを降りて徒歩二十分の場所にある。

「行きたいと思った高校を選んだだけです」

 そう言ったら、三人が微笑んですぐにバイク通学の許可を出してくれた。そのうえ、「天候などでバイク通学が困難な場合は、朝補習を休んでも成績には加味しない」とまで約束してくれた。

 雨の日にバイク通学は辛いから、ほんと助かった。まあ、軽い雨ぐらいなら、バイクで通学してる。しっかり雨が降る予報が出てる日や、朝から雨が降ってる時は家族の都合が合えば送ってもらうけど、都合が合わなかったら、ありがたく朝補習は休んでる。そういう配慮をしてくれた学校には感謝しかない。

 卒業する前に、ちゃんとお礼言いに行こうと思ってる。


 朝補習開始まであと十分か・・・

「・・・エアコンの温度上げて欲しい」

「設定温度変えるのは禁止だよ」

 分かってるけど、そう思うのは仕方ない。お天気お姉さんが「今日は特に冷えますので、防寒対策をしっかりしてお出かけください!」って言ってたけど、ここまで寒くなるとは・・・ここのところ、そこまで寒くなかったから完全に油断してたな。もっと重ね着してくるべきだった。


「貼るカイロあげようか?」

「ください」

 寒さに耐えきれずに素直に言うと、海野が立ち上がってブレザーを脱ぎ、セーターを掴んで無造作にめくりあげた。ぎょっとする俺の前には、六つの腹筋が。

 同時に女子からきゃあっ!という控えめな黄色い悲鳴が上がった。さすがにやりすぎだろ・・・と周りを見て呆れた。

 女子の目は海野の腹筋に釘付けだ。ガン見ってこういうことを言うんだろうな。相変わらずのモテっぷりだ。

 当の海野は女子の反応にニヤリと笑って黒いインナーを下ろして、貼られたカイロをべりっと剥がして差し出してくる。しかも満面の笑みで。

「はい」

「・・・剥がすんだったらいらなかったんだけど」

「どこに貼る?首の付け根?」

 俺の話を聞かずに海野が俺の後ろに回ってコートの襟を引っ張って、さっさと中のシャツにカイロが貼られた。遅れてじんわりした温かさが伝わって来た。


「ありがと・・・ものすごい複雑な気持ちになってるんだけど」

「なんで?」

「お前がわざと腹筋見せて、嫉妬を煽るようなことをするからですけど?」

 大多数の女子は「海野くんと青野くんって仲良いよねー!海野くん、腹筋見せたのって絶対わざとだよね!」って感じで見てる。

 そのうちの何人かがニヤニヤしてるのは、よからぬことを考えてるやつらだ。特に学級委員の佐竹なんて、目をきらっきらさせて、サムズアップして笑顔だ。好きにしろ。

 けど、一部の女子は「海野くんの体を温めてたカイロを奪って、貼ってもらうとか!海野くんの腹筋を不特定多数に見せる状況を作るとか何してるの!?」って言ってそうな恨みがましい目をしてらっしゃる。俺のせいじゃないんだけど。

 その怒りは海野に向けて欲しい。

「青野をおもちゃになんてしてないよ?」

「おもちゃって言葉が出てくる時点で、自供したようなものだと思うんだけど?」

 しまった!って言いながらウインクするな。王子様がやると、かっこいいだけなんだよ!

「王子様って呼んでやる」

「ごめんってば」

 素直に謝る海野にちょっとすっきりして、コートを脱いでマフラーを外す。貼るカイロのおかげもあって寒さもだいぶ和らいだ。


 海野は名前にコンプレックスがある。海野のフルネームは、海野 央士。

「うみの おうしです。おうじ、じゃなくて、おうしです。苗字で呼んでください」

 自己紹介のたびにそう言ってる。王子様呼びでも変ではない容姿だけど、そう呼ばれるのは嫌らしい。それにしても、親はどうしてその名前を付けたのか。

「どこに行っても中央に立ってどっしり構えられる男になって欲しいって願って央士にしたんだって。女の子だったら、奈央だったらしいよ。運が悪いことに俺の家って、男は代々『士』って漢字を名前に入れる決まりなんだ」

 その言葉に驚いた。

「青野の家は、男にさんずいがついた漢字を使うのが決まりらしい」

「へえ!苗字も似てるうえ、そういうところも似てるなんてすごい偶然だね」

 初対面の日に王子様スマイルで言われた言葉に頷く俺と、頬を赤らめる女子多数を生み出した。

 あれはきっとわざとだったんだなと今は思う。

 性格に多少・・・いや、結構?難ありではあるものの、友達としてはいいやつである。まあ、こんな風に人をおもちゃにするのは頂けないけど。


「あ、青野、今日の朝補習の英語の宿題」

「やってきたけど、見せないぞ」

「そこをなんとか!」

 必死な顔で両手を合わせて拝んでくる海野に呆れるしかない。

 文系志望のくせに、文系が苦手な海野。今から理系に進学先変えてもいいんじゃないかと心底思う。

「焼きそばパンとコーンポタージュ」

「ここ最近、ものすごい倍率高いんだよ!?」

「知ってる。だから食べたいんだろ」

 売店で売ってる焼きそばパンは元から人気商品だ。

 食堂のおばちゃん作のコーンポタージュスープは今年初登場したけど、冬の大人気商品になってる。一度運良く買えたことがある。かなりうまかった。

 家でも作ってみたけど、何が違うのか同じ味にならないんだよな・・・作り方、直接聞いた方が早いか。

「やっぱいい。この取引は無しだな」

 海野の顔が絶望に染まる。そういえば、日付順で行くと今日は海野が当たる日だ。

 しかも長文読解っていう、海野が一番苦手なやつ。

「青野、おねがい」

「・・・お前も和樹も、ほんとタチが悪い!」

 捨てられた子犬みたいな顔をした海野を見て、幼馴染の白田 和樹(しろた かずき)のことも思い出す。

 二人揃って俺が弱い顔を分かってて、最後の手段として見せてくる。そんでまんまと折れる俺。弱すぎる自分に凹みながら、ノートを差し出した。

 視界の隅っこで、佐竹がにっこにっこしながらこっちを見てた。アイツはほんとに・・・


「青野くん、いつもありがとうございます。このクラスになってから学校通うのが本当に幸せなの。まさかこんな身近に素晴らしい光景が広がることになろうとは!ってほんとに思ったのよ。それと同時にどうして今まで同じクラスになれなかったのかなって心底悔しく思ってるの。とにもかくにも、今後とも私の生活に潤いをくださいお願いしますっ!」

「ちょっと落ち着こうか。とりあえず息してくれ」

 高校三年、一学期の始業式の一週間後だった。

 委員決め、実力テスト、身体測定やらを終えて普通の学校生活が始まった日で、出席番号一番である俺は日直だった。

 部活があるっていうもう一人の日直が申し訳なさそうに差し出した日誌を放課後の教室で書いてたら、一人の女子が目をキラッキラさせて俺の前に立った。

 初めて同じクラスになったやつだよな?と思ってたら、息継ぎ無しのマシンガントークが始まった。

 とにかく大興奮してお礼を言ってるってことだけは分かったけど、なんでお礼を言われてるのかが全く分からない。

「何でお礼言ってるんだ?」

「私の生活に潤いをくれてるから!」

「潤い?」

「青野くんと海野くんの絡みに、青野くんと白田くんの絡み、そして三人のわちゃわちゃよ!!」

 鼻息荒く言われた言葉に固まること数十秒。やっと分かった。


「あ、あのね、私」

「みなまで言うな。分かったから」

佐竹 由子(さたけ ゆうこ)、腐女子ですっ!」

 黒縁眼鏡、長めの前髪の奥にある目をきらっきらさせて言われた言葉に口を引き結んだ。止めたのに、敬礼しながら言われた言葉に頭が痛くなってくる。

 ある一定数の女子が、俺と幼馴染、海野のやりとりを生温かい目で見てることは気付いてる。別に実害もないし、放置してた。

 真正面切って言ってきたのは佐竹が初めてだった。

「・・・分かったから。お礼なんて言わなくていい」

 お礼言われるようなことをしてる訳じゃない。ただ普通にしゃべってるだけだし、特別なことは何もしてないんだ。なのにどうしてか生温かい目で見守られる。

 俺としては全く理解できない。

 そう伝えてみれば、握りこぶしを振り上げて佐竹が力説してくれた。


「そこがいいの!作られたものじゃなくて、自然発生するあの何とも言えないわちゃわちゃっぷり・・・!作ろうと思っても絶対に作れない三人の世界っ!だからこそ、尊くて素晴らしいんじゃない!!」

「・・・ソーデスカ」

 それ以上なにを言えと?力説してる佐竹は不満そうに口を尖らせたけど、俺はそれ以上何も言わなかった。というか、観察対象が自分なのに、その感想を言えって言われても、何も言える訳がないだろ!

 こっちは観察対象にして欲しいとも思ってないんだからな!

「今後とも、今後とも、今後とも!私の生活に潤いを!!大丈夫!ノータッチ厳守!見守るだけ!三人の学校生活に悪影響を与えるつもりはないからっ!」

 鬼気迫る顔で宣言されて、頷くしかなかった。


「これって壁ドンよね!?壁ドンは私じゃなくて、白田くんか海野くんにして!!私の目の前で!」

「なんでだよ!!」

 ついつい怒鳴ってしまった。冷静に話し合うつもりだったのに・・・若干遠い目になりながら、佐竹の顔を見る。

 よく見ると、顔に対して黒縁眼鏡が大きすぎないか?

 まじまじと見てたら、軽く足を踏まれた。

「・・・何してるんだ」

「そっちこそ!至近距離で女子の顔をガン見とか!私じゃなくて白田くんか海野くんに!」

「ちょっと黙ろうか。お前はどうしてそっちに向かうんだよ・・・」

 疲れを感じながら息を吐き出す。ドヤ顔で「ノータッチ厳守!見守るだけ!」宣言されて約一か月。

 我慢の限界を迎える前に、美化委員会終わりの佐竹を捕まえた。

 にこっと作り笑いを浮かべて横歩きで逃げようとするから壁ドンになっただけで、他の意図は全くもってない。

「見守るだけって言ってたよな?」

「ノータッチ厳守で見守ってます!」

 キリっとした顔で敬礼までする佐竹の顔を見下ろして、溜め息を一つ。


「ノータッチ厳守はされてたけど、見守り禁止にすることにした」


「何でですかっ!?」

 動揺したのか敬語で距離を詰めてくる佐竹から距離を取るために離れる。

 誰かに見られて変な勘違いされたら困るのはきっと俺だ。離れておいた方がいい。


「佐竹の目がギラギラしてるからです」


 この一言に尽きる。

 俺と海野が話してるだけで目を光らせ、違うクラスの幼馴染が来ればニヤニヤ。

 俺が気付かないとでも?ほかにも色々あるけど、佐竹に説明しながらあまりの見守りっぷりを改めて思い知って、嫌になってきて途中で説明するのをやめた。

「ニヤニヤじゃなくてによによだから!」

「力説するところ間違ってないか?」

 そう突っ込みつつ、溜め息しか出ない。やめろって言ってもやるんだろうな・・・

「何を言われても、卒業するまで見守り続けるわよっ!」

 やっぱりか・・・

「それじゃ、もう少し目力を抑えてくれ。針が刺さるみたいで痛いんだよ」

「・・・それはちょっと・・・自分でコントロールできれば苦労しないよ・・・」

 佐竹が遠い目をしてそう言った。なんかあったんだろうか・・・そっとしておこう。


「あんまりひどいと、こっちも考えるからな」

 そう言ったものの・・・どんな対策があるんだ?

 教室で喋らないとか、昼は違う場所で食べるとかぐらいしか思い浮かばないし、海野達にそうして欲しいって言ったら理由を聞かれそうだ。

 「腐女子の佐竹がギラギラした目で見守ってるからだ」なんて馬鹿正直に言うのもな・・・海野はすぐに理解して納得してくれるだろうけど、問題は幼馴染の方だ。

 まず腐女子の言葉から教えないといけない。

 ・・・面倒くさい。非常に面倒くさい。


「とにかく、理性を総動員してくれ」

 最後はそれしか言えなかった。

 結果どうなったかと言えば、佐竹の目力が和らぐ前に、俺の方が佐竹の目力に慣れてしまった。たまに度が過ぎたニヤニヤだかによによだかを感じるけど、まあ慣れればそこまでじゃない。

 それより問題なのは、いつからか俺と目が合うとサムズアップして笑顔を向けてくるようになったことだ。俺を同士か何かだと勘違いしてる気がする。


 まあ、卒業までの付き合いだし、好きにさせておこうと決めた。というか、考えるのをやめた。受験で手一杯だし、二月になれば自由登校になって顔を合わせることもないかもしれない。

 なのでまあ、あと約二週間、満喫すればいいんじゃないか。と思ってる。

お読みいただきありがとうございました。

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