絶望の戦い
「おい日向、本当にこっちの道であってるんだよな?」
「うん、そこの角を曲がった所に僕の家はあるよ」
公園を出てから30分。現在俺達は日向が案内する道を3人で進んでいる。
徒歩10分かかる道を何故30分以上かけて進んでいるのか。それは日向が案内した道に問題がある。
こいつの案内する道というのは実に複雑怪奇で、狭い路地裏ならまだいい方で、場所によっては壁を乗り越えたりしないといけなかった。
身体強化のスキルを持つ俺や日向ならまだしも、身体強化のスキルを持っていない女性の三村がすいすいいけるはずが無く、通常の倍以上の時間を使ってしまったのだ。
なんとなく日向がこの道を選択した理由もわかるが、それにしてもきつすぎだろ。体育祭で行われる障害物競走の方がまだましだ。
「そういえば私、日向君の家に行くの初めてだ」
「三村は行ったことないの?」
「1回もないわ」
意外だな。2人の仲から推察するに、既にお互いの家に遊びに行ったことがあると思っていた。
でも三村の言う通り、もし三村が日向の家に行ったことがあるならば、先に日向の家へ行くことを提案してたよな。
「だから私、すごく楽しみ」
いや、三村さん。これから俺達は日向の家に遊びに行くんじゃないよ。
こんな非常事態に何を考えてんだよ。
「三村、遊びに行くんじゃないんだからな」
「そんなことはわかってるわよ。でも、日向君のお母様に会ったら、まずは挨拶をしないといけないわね」
やばい、この子全然わかってない。日向はずっとニコニコ笑ってるし、2人揃って緊張感の欠片もない。
ここまでモンスターと鉢合わせていないからか、三村も日向も気が抜けているように見えた。
「ごめん、三村さん。一旦片づけをするから、僕が呼ぶまで家に入らないでね」
「あほ、そんな事を言える状況か。待っている間にどんなモンスターが出てくるかわからないんだぞ」
「だって家の中はすごく汚いし、三村さんには見せたくないものもあるから」
日向、そんな人の好奇心を煽ることを言うんじゃない。
そして三村、お前もそんな好奇心旺盛な表情をするな。そんなことしなくても、日向の家からは三村が考えているものは出てこないぞ。
「日向君、私はそういうものがあっても大丈夫だから」
「そういうもの?」
「あ~~もう行くぞ。全く、お前達はこんな状況でよくそんなのんびり‥‥‥‥」
そういって角を曲がろうとすると、その先には何かがいた。
何かがいたじゃない。はっきりと人間ではないものが、それも複数いる。
「日向」
「うん、三村さん戻って」
日向も複数のモンスターの気配に感づいていたようで、三村の肩を掴みこれ以上先に行かないように静止していた。
俺は日向の後ろから顔を出し、曲がり角の先にいるモンスターのことを見た。
「おい、あいつらもしかして‥‥」
「うん、モンスターだよ」
モンスター。ただあれはゴブリンではない。
ゴブリンにしてはやけに背が高い。それに体から体毛のようなものも見えた。
「何? どうしたの? 2人共?」
「モンスターがいたんだ」
「モンスター?」
「だから三村、今は黙っててくれ」
口に手を当て、黙ってうなずく三村。聞き分けがいい子でありがたい。
正直ここで気づかれるのはまずいからな。出来るなら三村は後ろで待機してもらう。
「それにしても、あいつ等はなんだ?」
体は人間のようだが、頭が犬の人面犬が小ぶりな剣を持って立っていた。
その剣は先程のゴブリンのような包丁のようなナイフではなく、しっかりとした柄がある剣。
確実にさっきのゴブリンよりも、格上と見ていいだろう。
「あれはなんだよ? 見た目が人面犬そのものだけど?」
「たぶんコボルトじゃない?」
「コボルト? 何だそれ?」
「ゴブリンと同じ犬型の2足歩行のモンスター。RPG基準でいうと、強さ的にはゴブリンと同じぐらいだった気がする」
「同じ強さの割には、ゴブリンよりも物騒なものを持ってるけどな」
さっきのゴブリンが持っていたナイフとは比べ物にならないぐらい大きな剣。
見るからに切れ味がよさそうで、その刃は既に誰かを殺しているようで、真っ赤に染まっていた。
「あいつらやばいぞ。たぶん既に誰か殺してる」
「それよりも空、コボルトは4匹いるよ」
「4匹か。他にコボルトはいないな?」
「うん、今見えてるので全部だよ」
こういう時に日向の敵探知は頼りになる。自信満々に言っているので、間違いはないだろう。
角から頭だけ出し、息を飲む。はっきりいって俺達はまだモンスターとの戦闘経験が少ない。
戦ったといえば、油断していたり、昏倒させて動けなくしたゴブリンを倒したのが関の山だ。
「空」
「ここで一旦待機しよう」
戦闘経験がほぼ皆無の俺達に対して、集団行動を取って統制の取れたコボルト相手に勝てるわけない。
ここで飛び出していっても、殺されるのが関の山だ。
それならこの場で待機して、適当にやり過ごすのが賢い選択だ。
「ねぇ空、早くあいつらを倒そうよ」
「待て、戦闘の素人にいきなり4匹の相手をするのは無理だろう。ここはあいつらが去るのを待つんだ」
日向も俺もさっき初めて武器を手に取ったんだ。剣術の訓練を受けた日向ならまだしも、モデルガンすら触ったことの無い俺にはコボルト4体相手にするのは荷が重過ぎる。
ここは大人しく待って、コボルトが単独で行動するのを待ったほうがいい。
「集団相手に戦うのは、今の俺達じゃ無謀だ。ここはコボルトが単独行動をするのを待つ方がいい」
それから各個撃破していけば問題はない。
1番怖いのは集団戦になること。あのコボルト達が連携してきたら、俺達が太刀打ちできるはずがない。
経験でも劣ってるのに、数で来られたら絶対に勝てない。
「待って空、あいつら何か袋を持ってる」
「袋?」
コボルトの方を見ると、確かに袋を持ってた。
それはサンドバッグぐらいの大きな袋を1体のコボルトが担いでいる。
「なんだよ? あれ?」
サンドバッグを見て、最悪の結末が俺の頭をよぎった。
血濡れの剣に人が1人入るぐらいのサンドバッグ。まさかな。
「2人共大丈夫? さっきからずっと様子を伺ってるけど?」
「俺達は大丈夫だ。だから、そこで大人しくしててくれ」
「今はどういう状態なの? 私にも少し様子を見せてよ」
「馬鹿、俺の上に乗っかるな」
「ちょっと空、重いって。そんなに体重をかけないで」
そして三村が角から顔を出した瞬間、袋の中から何かが落ちた。
俺はそれを最初は何かの模型だと思った。
ただ切り口から見える白い筋とこちらまで匂ってくる鉄の臭いのせいで、それが本物だってことがわかってしまう。
「手だ‥‥‥‥」
「人の‥‥‥手‥‥‥‥」
左の薬指に指輪のついた手が、コボルトが持っていたサンドバッグから落ちた。
切り刻まれた人の手。それをコボルトは何も無かったかのようにサンドバッグにしまう。
「おえっ」
角から顔をしまい慌てて道路に顔を向け、俺はその場で吐いてしまう。
声を抑えないといけないのに、その場で食べたものを出してしまった。
「何だよ、これ」
どうやら俺はこの世界を甘く見ていた。ゴブリンを倒せたからだろう。RPGのような人が死なない世界を考えていたのだろう。
だが、ここは現実。俺達の誰かもあんな風に殺される可能性もある。
コボルトが持っているサンドバッグは、俺達にそんな現実を見せているようだった。
「三村と日向は?」
さっきまで俺の上に乗っていた三村も道路のわきで吐いている。この状態もしょうがないだろう。切り刻まれた人の腕を見てしまったのだから。
切り刻まれた生身の腕を見たことが無いんだから普通はこうなる。
不幸中の幸いだったのが、指輪をしていた手が左手だったこと。もし右手につけていたら、俺は怒りに身を任せ、コボルトに襲い掛かっていただろう。
「日向、とりあえずここは撤退しよう。あのコボルトの集団は人を躊躇なく殺してるし、俺と三村は満身創痍だ」
俺と三村はその場で吐いてしまい、まるっきり戦力にならない。
今この場で襲われたら、なすすべなく殺される。
だが、日向はじっとしたまま、その場を動くことはなかった。
「聞いてるのか、日向? あいつらはやばすぎる」
「‥‥‥‥」
「日向? おい、聞こえてるのかよ」
「よくも‥‥‥‥よくも‥‥‥‥さんを」
「おい、どうしたんだよ? 落ち着け。冷静になれ」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
虚空から剣を取り出し、それを握ると日向はそのまま4体のコボルトに向かって突撃する。
それと同時に4匹のコボルトもこちらに気づいたみたいだ。
サンドバッグをその場に置き、俺達の方に向かって突進してきた。
「あぁ、くそ。全然予定とは違う展開になったじゃねぇか」
ひとしきり胃の内容物を吐いた後、俺は日向が向かった方に向き直る。
曲がり角の先を見ると、日向は既にコボルト4体と交戦していた。
「馬鹿野郎。先走りやがって」
あんなの死ににいくようなものだろ。なんでこううまくいかないんだよ。
「三村、お前はそこで隠れてろ。危ないから絶対に顔を出すんじゃないぞ」
「わかったわ」
「ちくしょう、何でこんなことになったんだ」
きっと日向のアイデンティティを犯す何かがあったんだろう。
それが何かは今はわからない。だが、こうなった以上戦うしかない。たとえ勝ち目がなくても。
『山村空はスキル、精神異常耐性を手に入れた』
「こんな時でもアナウンスは流れるのかよ、ちくしょう」
謎の機械音め、登場するならもっと有意義な情報を寄越しやがれ。
スキルを覚えたことなんて、後でいいんだから。
「くそ」
銃の取り出し方もわからないのに、一体どうやって戦えばいいんだよ。
謎の機械音め、肝心なことは一切話さないんだな。
「でも、やるしかないんだ」
日向を援護出来るのは俺だけなんだから。
こうして俺達の初めての戦闘は絶望と共に始まったのだった。
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