VSゴブリン
「やばいやばいやばいやばい!! 何だよ、こいつは!?」
緑の生き物、ゴブリンは俺を見た瞬間その小さい体からは考えられないスピードで襲い掛かってきた。
慌てて林を飛び出し距離を取ろうとするが、ゴブリンの方が少しだけ動作が速い。対応が一瞬遅れたため俺はゴブリンに押し倒され、馬乗りの状態で押さえ込まれてしまう。
「キーーーーーーーー!」
ナイフを俺の胸に突き立てようと襲い掛かって来るゴブリンに対して、持っていた鞄でギリギリ受け止めたのだった。
「危ねぇ!!」
ギリギリ間に合った。幸いなことにナイフは持っていた鞄を貫通していなかった為、俺の体に触れていない。
テスト期間で教科書を持って帰ってなければ、今頃俺は死んでいた。
「日向に感謝だな」
これも帰る間際テスト期間の話をしていた日向のおかげだ。
今度三村と一緒にクレープでもおごってやろう。
「空、どうしたの!? 何かあった!?」
「山村君、大丈夫!?」
「2人共来るな! 逃げろ!!」
突き立てたナイフを鞄から抜くと、今度はそのまま俺の顔めがけてナイフを突き出してきた。
顔を右にひねりギリギリのところでかわすと、そのままゴブリンの腕を掴む。
「おらぁ!」
両腕の腕力を使い、ゴブリンを強引に後ろに投げることが出来た。
相手が油断していたこともあるだろう。ともかくゴブリンを引き剥がすことに成功した。
「よし」
投げるというにはぶがっこうな体勢になったが、何とかゴブリンを地面に倒せた。
ラッキーなことに俺に投げられた衝撃で、ゴブリンは持っていた包丁も手放していた。
「チャンスだ」
形勢逆転とはこのことだろう。息をつくことなく立ち上がり、今度は俺が馬乗りの状態でゴブリンのことを見ていた。
「この野郎、さっきはよくもやってくれたな」
持っていた教科書がパンパンにつめられた鞄を振り上げ、ゴブリンのことを叩く。
何度も何度も鞄で叩いてると、ゴブリンが両腕で必死に顔を守り始めた。
RPGのように行くのならば、そろそろゴブリンを倒せるはずなんだけど、このゴブリンはそうとうしぶとい。
全く倒れる気配が無く、顔を守りながらも何かチャンスを狙っているように思えた。
「キーーーーーーーーーーー!!」
「何だよ、お前?」
目の前のゴブリンが叫び、俺が持っていた鞄を両腕で掴み押し返す。
そしてそのまま俺のことを押し倒すと、ゴブリンは俺のことを殴ってきた。
形勢逆転され絶対絶命のピンチ。殴りながらもゴブリンは俺の一挙手一投足に気を配っているようだ。
まるでどんな能力を持っているのか、俺のことを値踏みしているようにも見えた。
「キーーーーー!」
重低音響く声を響かせると、俺の方を見て笑う。
俺のことを格下と思って嘲笑っている。そんな表情に見えた。
「くそ」
なんでもないただの人間ってわかったからか、ゴブリンは俺に向かって容赦なく殴りかかってきた。
先程までの何が来ても対応できるような小刻みなパンチではなく、力任せのテレフォンパンチ。
まるで俺がもう反撃できないことがわかっているような攻撃だ。
「ちくしょう、この野郎!!」
こいつ、俺のことをなめてやがる。自分より下だってことがわかって、余裕をかましてる。
その証拠にこいつは先程手放した包丁には目をむけず、素手で俺のことを殴ってきた。
要するに俺を殺すのに刃物は要らないと判断したってことだろう。
「ちくしょう」
鞄で拳を受け止めてダメージを軽減しているが、こうして鞄で防いでいてもかなり痛い。
もし鞄がない状態でゴブリンの拳が俺の顔を捉えたら、一瞬で俺は気絶していただろう。それぐらいこのゴブリンは力が強い。
少しでも気をけばすぐに気絶してしまい、俺はこいつに殴り殺されるだろう。
「くそ、どうすればいいんだよ」
「キーーーーーー!」
「俺はこんな所で死ぬのか?」
こんな時に俺が思い浮かんだ人物が、日向だった。
そしてさっきまで一緒にいた三村、それと俺の中学の後輩である木内桜。この3人が頭に思い浮かんだ。
「こんなことになるなら、もっと素直に話せばよかった」
特に桜には、もう少し優しくすればよかったな。
俺はあいつに色々とお節介なことも言ったし、世話も焼いた。正直迷惑なことをしたと思ったが、それでもあいつは笑顔で俺と一緒にいてくれた。
願わくば、あいつが今も無事に生きていればと思う。
こんな世界になることがわかっていたなら、もう少し仲良くしておけばよかった。そんな後悔ばかりが、俺の頭の中をよぎる。
「キーーーーーーー!!」
ついに鞄が破れ、中の教科書やプリント類が辺りに飛び散る。まさに絶体絶命、俺も思わず目を瞑る。
だが、俺の顔に痛みは一向に襲ってこない。不思議に思い、そっと目を開けた。
「えっ!?」
ゴブリンが拳を振り上げた状態で、動きを止めていた。
しばらくすると、拳を振り上げた状態のゴブリンが俺の上に倒れこんできて、周りには緑の液体が広がり始めたのだった。
「何だよ、これ?」
ゴブリンが俺ではない、別の奴に倒されたのはわかった。
だが誰に倒された? 今ここには俺とゴブリン以外はいないはずだ。
「一体、何が起こったんだ?」
「空、大丈夫!? 怪我は無い?」
「俺は大丈夫だけど‥‥‥って、日向!? どうしてここに?」
ゴブリンを押しのけると、日向がそこにはいた。そこで俺は気づく。質問をしなくても日向が何をしたのか理解できた。
「日向、助かった。ありがとう」
日向の手に付着しているのは緑色の液体。その手はブルブルと震えていて、ゴブリンが持っていたナイフが握られている。
そして押しのけたゴブリンの背中には、鋭利なもので刺したと思われる刺し傷がある。
これらのことを総合的に見ると間違いない。日向がゴブリンを刺したのだ。
「ごめん、空。いてもたってもいられなくて、そっちに行ったら空が化け物に襲われてて‥‥‥空がこのまま死んじゃうと思ったら行動しなくちゃって思って‥‥‥丁度ナイフが落ちていたから、僕はそれで化け物を‥‥」
「大丈夫だから。日向は悪くない。お前があそこでこいつを刺してなきゃ、死んでたのは俺の方だった」
日向の一撃で絶命したゴブリンを見る。緑の体に3頭身の小さな体。うん、どこをどう見てもこいつはゴブリンだ。
でも、どうしてだ?? 何でこの世界にゴブリンなんてファンタジー世界にしか生息していない生き物がでてくる?
ゴブリンなんて、ゲームの世界だけの空想上の生き物だろ。
「ねぇ、空」
「何だよ」
「今、何か聞こえなかった?」
「えっ!? 俺には何も聞こえないけど? どうしたんだよ? 幻聴?」
日向のやつ、ゴブリンを刺したショックで頭がおかしくなったのか? 俺には何も聞こえないけど。
辺りを見回し、日向は声の主を探しているようだった
「違う違う。えっ!? ゴブリンを倒したご褒美?」
「ご褒美? お前何を言ってるんだよ?」
先程からおかしなことを言い続けている日向。いまだに頭を抱えながらも、見えない何かと話している。
「空? 今誰かがレベルアップって言ったよ!」
「レベルアップ? 何のレベルが上がったんだよ。RPGの世界じゃあるまいし」
「あっ、他にもスキルが取得できるみたい」
その後俺達のことを無視して、日向はぶつぶつ見えない何かとしゃべっていた。
その姿はどうみたって頭のおかしい人。一般的な人が見れば、精神異常者だって思うだろう。
「日向君と山村君、大丈夫?」
「三村、お前こそ大丈夫だった?」
「私は別になんともない。それよりも何があったの?」
「ゴブリンに襲われた」
「ゴブリン? 山村君、貴方ゲームのやりすぎじゃない?」
だろうな。それが普通の人の反応だ。だが、さっきのモンスターはどう見たってゴブリン。ファンタジー世界の生き物だった。
「本当だ。突然林の奥のほうにいたゴブリンが俺に襲い掛かってきて、殺されそうになっていたところを日向が助けてくれた」
「やっぱりゲームのやりすぎね。私、いいお医者さん知ってるから、後で一緒に行きましょう」
「ゲームのやり過ぎじゃないし、嘘は言ってない。現に俺の横にはさっきの‥‥‥‥あれ?」
横を見ると先程まで俺と戦っていたゴブリンの姿が、きれいさっぱりなくなっていた。
ゴブリンの変わりに地面には数枚の葉が置かれていて、ゴブリンの姿は見る影も無い。
「もう、さっきから山村君は嘘ばかりついて。だから女の子にモテないのよ」
「モテないは余計だ!! そういう三村だってうじうじしてないで、早く日向と‥‥」
「それ以上言ったら殺すわよ」
「すいません」
こんなあほらしいやり取りを三村としていると、俺の後方が光りかがやいた気がした。
後ろを振り向くと、そこには自分の背の高さの半分ぐらいの大きな剣を持つ日向の姿があった。
「何だよ日向、その剣は? 一体どこから取り出した?」
「これ? 軽く念じたら、目の前に現れたよ」
「念じる? 何だよその超常現象」
全くもって意味がわからん。そもそも念じて剣が出るなら、この世界はどうかしてる。
見ろ、俺の後ろにいる三村なんか両手で口を塞ぎ、目なんか見開いている。驚きすぎて言葉もでないようだ。。
「やだ‥‥‥‥日向君。めっちゃ格好いい」
「三村、正気に戻れ。お前は今、夢を見ているんだ」
何、これ? 俺が間違ってるの。さっきまで、俺が異常者扱いだったのに。
それに三村、お前さっきまで俺のこと馬鹿にしてただろ。ゴブリンなんてもの存在しないって。
「何言ってるのよ。山村君。貴方、頭がおかしくなったの?」
「その言葉、そっくり返してやる」
この手のひら返しは何? 全部俺が悪いの?
生まれてこの方彼女も出来たことがないからいけないの? ちくしょう。この世界を呪ってやる。
「空、悠里ちゃん。嘘だと思うかもしれないけど、これから僕の言うことを信じてほしい」
「うん、日向君の言うことなら私は信じるわ」
「だめだ、こりゃ」
真剣な眼差しで俺達の方を見る日向と、そんな日向のことを目をキラキラさせながら見る三村。
その姿を見て、俺は1人盛大なため息をつくのだった。
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