第九話 願い
目を覚ますとやっぱりワン子がこちらをじっと見ていた。
「おはようございます、ご主人様」
ベッドが宿とは違いフカフカなのでぐっすり眠れた。
「おはよう、別に俺より先に起きなきゃいけない訳じゃないんだぞ」
「そういう訳にはいきません。奴隷がご主人様より遅く起きるなどあり得ないことです」
まぁ、それならそれで良いんだけどさ。
すぐにワン子は着替えて汲み置きの水を陶器で出来た湯飲みみたいなコップに入れて来た。
それで口を濯ぎ、脇の甕に吐き出す。
絞ったタオル……と言うよりはただの布で顔を拭いていると、扉の外から声がが聞こえた。
「あ、あの……朝食をお持ちしました」
ドアを開けると昨日盛大にやらかした侍女、ルファ・タリルがワゴンらしき物を押して入ってきた。
「ありがとう。そこに置いておいて」
「あ、あのダイゴ様。そ、その、昨晩は大変失礼しました」
「ああ、気にしてないよ。それよりも却って怖がらせたようですまなかった」
俺はルファに頭を下げた。
「い、いえ、そんな……ダイゴ様、頭をお上げください」
「うん、これで昨日までの事はお互い無しだ。これからもよろしく頼むよ」
「は、はい!」
そこで初めてルファは笑顔を見せた。
今日の朝食は黒パンと薄切り塩漬け肉のソテーと温野菜、そしてダバ茶。
相変わらず質素な食事だ。
もっとも元の世界の金持ちの朝食なんて気にもしなかったから違いも判らない。
ただ、コーヒーとか何となく恋しいなと思った。
食後にワン子に塩をまぶした歯ブラシ代わりを渡され、それで歯を磨く。
塩だから当たり前だが実にしょっぱい。
やっぱミント味の歯磨き粉が懐かしい。
「さて」
食事を終えたが、まだ迎えが来るまで少し時間がありそうだ。
その間に準備を進めよう。
俺はスキル『魔導人形作成』を発動させた。
空中に核となる『魔導核』が出現し、それを中心に形が作られていく。
程なくして部屋に一体の鎧姿の兵士が出現した。
「ご主人様、これは?」
艶消しグレー一色のその姿はよく金持ちの家の応接間に飾ってある鎧の置物を一回り細くしたようなスタイルをしている。
「紹介しよう、ゴーレム兵試作一号君だ」
そう言うと兵士はビシッと敬礼をした。
「ごーれむ? ですか?」
「ああ、石人形とか言うんだけどな。コイツを量産して兵力の補充に当てようと思ってな」
ここ数日中には戦闘になるかもしれないが呑気に練兵をしてる余裕も無いだろう。
昨日馬車の中で聞いた今の残存戦力は、王都の治安維持に配備されていたグルフェスの兵が百ちょい、メアリア直轄の近衛騎士団が五十。合計百五十余りだ。
流石にこの数では心許ない。
最初は石のゴーレムで十分と思ったのだが、『叡智』が初期設定時で出したステータスが岩ゴーレムだと、敏捷性と耐久性で今一つだったので、基本構成素材を鉄にして作成した。
十分な性能が得られたが今の時点で作成に時間が掛かるのが難点だ。
「強いのですか?」
質問が実に戦闘奴隷のワン子らしい。
「弱くちゃ話にならないからな。一応メアリアの能力の二倍計算で造ったからまぁその辺の奴には負けんだろうな。」
格好は良いが弾一発で爆発するようなアニメのヤラレメカみたいなのじゃなく一騎当千の強者だ。
魔法は使えないが上級剣技のスキルを持たせてある。
それを聞いたワン子の目が光ったような気がした。
「後で手合わせしてもよろしいでしょうか?」
「構わんよ、訓練には良い相手だしな」
なんか何時もより話の食い付きが良い。
だがこの話の方向性は俺の希望する方向ではないんだが。
その後しばらくしてエルメリアの使いの侍女がやってきた。
丁度いいのでゴーレム兵も連れて行く事にした。
案内された庭園は宮殿の裏手にありさほど広大という広さではない。
せいぜい五百坪程度だ。
そして緑は生い茂っているが、花はちっとも咲いていない。
そんな奇妙な庭園の隅で誰かが土を耕している。
「あれは……」
良く見ると農家の着るような粗末な服を着たエルメリアだ。
プラチナブロンドの髪も後ろでまとめている。
一生懸命土を耕そうといているが、どうにも足腰が覚束ない。
「む~、あうっ」
鍬を振り上げたが天辺でふらふらした挙げ句尻もちをついている。
「お姫様が庭仕事?」
俺が声を掛けるとエルメリアは尻もちをついたままパッと笑顔を浮かべた。
「あ、ダイゴ様、ワン子さん、おはようございます」
「おはよう」
「おはようございます」
俺は片手を上げ、ワン子はキチンとお辞儀をした。
「今新しいお芋を植えようと思いまして」
「芋?」
「ええ、この前お出ししたのもここのお芋なんですよ」
そう言って足元の籠に入ってる形はジャガイモだがサツマイモの色をした種芋を見せる。
「しかし、なんでここで芋なんか」
「ええ、民に不足無く食べ物が行き渡るようになるべく城内の食べ物は城内で賄えないかと思いまして」
少しでも食糧難の手助けになるように庭園を潰して畑にしたということか。
「いつも一人で畑仕事してるの?」
「いえ、いつもは兵士の方々に手伝ってもらってたんですが、皆……」
戦に出払っちゃったってのか。
「ちょっと貸して」
俺はエルメリアから鍬を受け取ると岩ゴーレムを作成する。
ゴーレム兵とは違い、少しずんぐりむっくりした、漫画とかに出てくるゴーレムそのままの姿だ。
「まぁ……」
エルメリアが岩ゴーレムが出来るさまを目を丸くして見ている。
出来上がった岩ゴーレムに鍬を渡すと作業と範囲を念で指示する。
岩ゴーレムは指示通りに土を耕し始めた。
「とっても力持ちなんですね」
自分の十倍以上の効率で作業する岩ゴーレムを見てエルメリアが言う。
「ああ、こっちの奴には種芋を植えさせよう」
ゴーレム兵に指示を出し種芋を等間隔で植えさせる。
兵士の初仕事が芋を植える事なのはちょっと不本意な気がしたが致し方ない。
種芋を植え終わるとエルメリアからの指示をそのまま伝え、水撒きや雑草取りをやらせる。
「お陰さまで随分早く終わりましたわ。流石ダイゴ様ですわ」
「で? まさか庭仕事の手伝いに呼び出した訳じゃないだろ?」
「はい、私のお願いを聞いて頂きたくてお呼びいたしました」
「お願い? ボーガベルを救うって事じゃないのか?」
「そうなのですが……そうではないのです」
まるで禅問答の様だ。
「分かんないよ……ちゃんと説明して欲しいな」
エルメリアはまたウフフと花の咲いたような笑顔で笑うと、
「この庭も去年までは色んな花が咲いていたんです」
懐かしむように辺りを見渡す。
まぁ庭園は普通そうだよな。
見た事もない色鮮やかな花が咲く庭園の姿が垣間見えた気がする。
「先代の国王、私のお爺様が私が産まれた記念にと造ってくださいました。以来私は常にこの庭園の中で育ってきました」
「育つ?」
「直系である私はメアリア達のように学院で学ぶという事ができませんでした。勉学も学院から派遣された教師とこの庭園でしました。私にとってこの庭園の草木や動物たちが友でありそして母でもあったのです」
「母さんは?」
「母……王妃は私を産んですぐに亡くなられました」
「そうか……」
「昨晩のグルフェスが言ったお父様の言葉を聞いた時、私は真っ先にこの庭園を思い浮かべました」
「庭園を?」
「お父様にとってのボーガベルはこの国とそこに住まう民です。それは私にも良く判ります。しかし私にとってのボーガベルとはこの庭園なのです」
今まで見た事の無い真剣な表情でエルメリアは俺に訴えかけてきた。
「他の者が聞けば……例えグルフェスやメアリア達でも王女たる者が何を愚かな事をと言うでしょう。私だってそう思います。でも、これは、これだけはどうしても譲れないのです」
遂に涙が零れ始めた。
この表情は俺が転移してメアリアに襲い掛かられた時に見せた表情だ。
「ダイゴ様……私の願いは一つ、この庭園を再び花の咲き乱れる元の姿に戻したいのです。お願いです。私のボーガベルをどうかお救い下さい」
エルメリアは俯いた。
何となく意味は分かった。
彼女にとってのボーガベルとはこの芋だらけの庭の事だ。
ボーガベル王国と言うのはあくまで庭園がある場所に過ぎない。
エルメリア自身が大事にしているのはこの庭なのだ。
ボーガベルの王女エルメリアでは無く、一人の人間エルメリアの大事にしている物を救ってくれ、と。
身勝手と言えば身勝手。姫に有るまじきと言えば確かにそうだ。
「良いんじゃないか?」
「え?」
「国だ民草だを守って、てのより自分のお気に入りの庭を守りたいって方がよっぽど良いんじゃないか」
「ダイゴ様はそうお考えになられますか」
「むしろ自分の大事なものを守りたいからっていうのの方がよっぽど人らしい」
「人らしい……ですか 」
「分かったよ、エルメリア。俺がお前の庭を守ってやるよ」
「は、はい!」
エルメリアの顔が輝いた。
どの道ボーガベルを守ればいい話だ。やる事は同じ。
「それでダイゴ様、ご報酬の件ですが……」
少し俯いて顔を赤らめたエルメリアは俺を見据えるて言った。
「ああ、何だい?」
「私と……ボーガベル王国を差し上げます。それでどうかこの庭を守ってくださいまし」
は!?
何!?
コイツ今何て言った?
「国を?」
「はい」
「丸ごと?」
「はい」
「本気で言ってるのか?」
「勿論です」
「何で?」
「先程から申し上げている通り私にとって大事なのはこの庭です。ですから国はそれを護って頂いたダイゴ様に私と一緒に差し上げます」
俺はかなり面食らった。
精々土地を上げますとか貴族にしますとかその位かと思ってたが国丸ごととは。
いくら国より庭の方が大事だからって程ってモンがあるだろ……。
果たしてそこまでの価値がこの芋だらけの庭園にあるのだろうか。
目の前のエルメリアの表情は全てを悟ったかのような穏やかな笑顔だった。
そしてその笑顔が不意に近づき、唇を重ねてきた。
「……」
極上の蜂蜜を蕩かしたようなキスの間、視界の端で向こうを向いていたワン子の背中が少し悲しげに見えた。
「今、この時より私エルメリア・ラ・ファルファ・ボーガベルはダイゴ・マキシマ様の忠実な僕としてその全てを捧げることを誓います」
唇を離し、跪いたエルメリアが今度は俺の膝頭に唇を付ける。
その姿は彼女の言った言葉のあまりにも重大な意味も相まって煽情的且つ蠱惑的に見えた。
「良いのか? 本当に」
「良いのです。私の全てをを捧げるだけの価値がダイゴ様にはあるのです」
そう言ってエルメリアはまた咲き誇る花のように笑った。
やがて岩ゴーレムの作業も終わり、侍女がエルメリアを呼びに来た。
「岩ゴーレムはここに置いておこう、今ある作物が収穫できたら、花を植え替えていこうか」
「はい」
エルメリアが笑顔で頷く。
「花が咲いたら皆で花見をしたいな」
「まぁ、素敵ですわ。楽しみですわ」
鍬を担いだ岩ゴーレムを残し俺達は庭園を後にした。
庭園から迎賓館に戻った俺はゴーレム兵の量産に取りかかった。
ゴーレムの生成は核となる魔導核だけならすぐ生成できるのだが、そこからボディを形成する時間が長くなるのでまず最初の一号と同じ指揮官型を九体作り、残りは普通型を作りまくり指揮官型に指揮させる。
出来上がった普通型から指揮官型が中庭に誘導して行く。
中庭にはゴーレム兵が徐々に整列していった。
「ダイゴ殿! な、なななな、なんだあの不気味な兵士の集団は!」
メアリアがシェアリアと一緒に血相を変えてやって来た。
おー、もう結構出来たか。
かれこれ四十体は作ったはずだ。
「不気味とは失礼な奴だな。俺の可愛いゴーレム兵に」
俺は魔導核を生成しながら言った。
脇ではワン子がコアを箱に入れて外へ持ち出してばらまいてる。
コアが魔素を吸収してボディを形成する様子をシェアリアが熱心に見ている。
「あれが可愛い!? 中庭に整列して微動だにしないし、顔の隙間覗いたら骨が見えたぞ!」
「ああ、これ?」
そう言って脇に待機してる指揮官型に念を送ると指揮官型は顔のスリットを上げた。
すると、そこには目の部分を真っ赤に光らせたドクロがあった。
「俺のいた世界、こういうの受けるんだよね」
そう、未来から来た殺人マシーンとかそういうノリだ。
「何と……殺伐とした世界なんだな……」
メアリアが呆れ顔で言う。
「そんな事言ってる暇あるんならワン子の方手伝ってくれよ」
「私なら平気です」
ワン子が即座に拒否した。
結局メアリアは座って喋っているだけで何もしないという生産性に全く関与しない奴だった。
シェアリアの方は魔導核についてかなり熱心に聞いてきたが俺の魔法と同じで細かい仕組みまでは知らないので後は独学でどうにかしろと言った。
どうも核自体に魔法陣が組み込まれているらしくその流れがどうこうブツブツ言っている。
夕暮れにまでにはどうにか百体が完成し更に工兵として岩ゴーレム量産型を十体作り、一応兵力は整った。
あれだけ魔力を行使したにも関わらず全く減っていない自分が恐ろしい。
夕食は城の食堂で皆集まって食べる。
猟師が取ってきたグルブと言う猪の近似種のシチューだ。こちらではコルベと言うらしい。
「しかし本当に役に立つんだろうな、あれは」
コルベを流し込みながらメアリアが聞いてきた。
「昼間手合わせしてコテンパンにやられたろうが」
「あ、あれは気色悪くて油断しただけだ!」
なんだそりゃ。
シェアリアは食べながら羊皮紙のメモを見てまだブツブツ言っている。
「シェアリア、行儀が悪いぞ」
メアリアが窘めても聞いてない。
完全に向こうの世界に行ったようだ。
エルメリアだけは一人浮世離れした笑顔で上機嫌だ。
まぁ理由は判ってるんだけどな。
そう思いつつワン子を見るとこれはいつもと変わらない。
一応客人扱いなのだが自ら進んで給仕とかもこなしている。
迎賓館の侍女達ともすぐ打ち解けてしまった。
ルファの件で部屋付き侍女の役もワン子が兼ねる様になったので滅多な事で侍女が部屋に来ることは無い。
まさに俺の思う壺だ。
その晩、俺は『転送』を使い自室にゲストを招いた。
エルメリアだ。
夜中に城の中を移動する訳にはいかないので『転送』を使った訳だ。
「これが『転送』ですか。何か楽しいですわ」
薄手の麻製の寝間着に身を包んだエルメリアが子供のようにはしゃいでいる。
「いらっしゃいませ、エルメリア様」
「こんばんは、ワン子さん」
「おいおい、エルメリアの城の中でいらっしゃいませは無いんじゃないか?」
「いいのですのわ、ダイゴ様。この館の主はもう貴方様ですもの」
「その通りです、ご主人様」
ん~、なんだこの二人の仲の良さは?
エルメリアとキスをしてこの時間の密会の約束をした後、二人で何か話をしてたがその所為か?
「では早速沐浴をしましょうか? これがお約束の物です」
そう言ってエルメリアは布の包みを取り出した。
中には石鹸と海綿のスポンジが入っていた。
王室の秘蔵品を持ってきてもらったのだ。
「おお、ありがとう。これがあれば……」
「『解析』、『複製』」
小さな魔導核が形成されやがて魔素が集まりだし、たちまち石鹸が作られる。
「凄いですわ、何でも造れますの?」
「余り複雑なものとかは無理なようだ。俺の世界にある物は特に」
試しに持っていた物をコピーしてみたが、硬貨や服は作れたが、スマホなんかは駄目だった。
「殿方の前で少々恥ずかしいですわ」
ワン子に手伝ってもらいながら顔を赤らめたエルメリアが質素な部屋着を脱いでいく。
豊富に波打つ金髪、天に聳える山の様な大きな胸。
いや実に素晴らしい。
三人で沐浴場に入り俺は『温泉』で豊富に出したお湯と石鹸で二人を隈無く洗ってやる。
「こんなに沢山のお湯と石鹸が使えるなんて、なんて贅沢なんでしょう」
「これが石鹸ですか。初めて使いましたが凄く気持ち良いです」
ワン子は石鹸は初めてだったらしく、ひたすら感心している。
そして二人に頭のてっぺんから足の先まで泡塗れにして洗ってもらう。
嗚呼極楽。
そして。
「でも、よろしいのですか? 私が一緒で」
「良いんですよ、ワン子さんが一緒に居てくれる方が」
「じゃ、そういう事で」
寝台に横たわる金髪と銀髪の美女二人。
俺はその間に潜り込んだ。