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第八話 無詠唱魔法

 王城へ向かって馬車がひた走る。


 本当なら転送ポータルで一足飛びに行きたい所だが、城にいたのは転送ポータルを創造する前だ。

 残念ながら使う事は出来ない。


 宿屋のオバチャンにはシェアリアが後日王室が弁済すると言う事で話が付いた。

 俺達は少ない荷物をまとめて退出し、オバチャンに迷惑を掛けた旨を謝った。

 オバチャンは手を振るだけで何も言わなかった。


「判ってると思うが、いくらグルフェス麾下の兵士と言え、我が国の兵士であることには変わりない。だから……」


「ああ、殺さないようには心掛けるよ」


 真面目顔のメアリアに手を振って答える。


 山賊共はともかく一般の兵士まで殺す程殺人狂な訳でも無いし、人の命を軽んじてる訳でも無い。

 ましてやこれから味方になる可能性の高い人々を下手に手を掛ければ後々禍根を残しかねない。


「それにしても、獣人と戦うのは初めてだがお前の部族は皆そんなに強いのか?」


「……」


 メアリアは次にワン子に聞いたが無言。

 心無しか俺にピッタリくっついてメアリアを睨むように見ている。

 先程の宿屋の一件で警戒しているのかはたまた違う感情なのだろうか。

 

「ワン子、さっきの事はもう済んだ事だし、彼女達は今は大事な味方なんだ」


「畏まりました。メアリア様、無作法をお許しください」


 そう言って頭を下げた。


「あ、ああ……」


 結局メアリアの質問には答えない。


 門を難なく通過し中庭で馬車は止まった。

 降りて辺りを見渡すと人気は無く寒々としている。

 戦争で殆どの兵士が出払ってるとは言え、少し雰囲気が変だ。


「おかしい、警護に当たってたグルフェスの兵がいない」


「おそらくお前達の動きで俺が来る事は分かってたんだろう」


 当然と言えば当然か。


「……どうする?」


 シェアリアが心配そうに聞いてきた。


「どうするも何も行くに決まってるだろ」


「……分かった、付いてきて」


 俺達はシェアリアを先頭に俺、ワン子、メアリアの順に進んでいく。


 探知レーダーでは俺達の動きを監視しているような反応は確かにある。


「流石にお前達と一緒に襲う奴はいないようだな」


「当たり前だ。剣豪バルジエの教えを受けた我が軍の兵にそんな卑劣な人間はいない」


 メアリアが胸を張る。


「バルジエ?」


「我が軍の兵団長であり我が剣の師でもある。この大陸随一の剣の達人だ。彼の指揮する第一兵団の精鋭ならあるいは今回の戦いに勝利を手にするかも知れんのだが……」


 期待と心配の入り混じった表情でメアリアが言う。

 確かに勝てばそれに越した事は無いだろう。



 そう言えばこの城にまともに入るのは初めてだ。

 大きな広場の先に宮殿がある。


 宮殿の入り口の大きな扉も開いたままだ。

 そこに入ると控えの間があり、その奥に王座の間がある。

 一々メアリアが説明してくれる。


 控えの間から十段程ある階段を上り王座の間に入った。

 その間の大きく重そうな扉もやはり開いたままだ。


 学校の体育館ほどの広さの王座の間の更に数段上がった所に王座が二つある。

 その王座の片方にエルメリアが座っており、その脇にグルフェスが控えていた。


「ダイゴ様!」


 笑顔の花を咲かせながら立ち上がるエルメリア。

 対してグルフェスは無表情だ。


「城をお出になられたと聞いて身を案じておりました、私共の事が何か重荷になったのでは無いかと……」


「いんや、そこのグルフェスに叩き出された挙げ句始末されそうになってね」


「え、まさか……」


 俺は再び今までのいきさつを話した。


 突如部屋から馬車に押し込まれ、王都から離れた所に捨てられ、山賊に始末されかかった事。

 戻ってみてまたも山賊どもに襲われた事。

 その際頭領がグルフェスに頼まれたと言った事。


 見る見るうちにエルメリアの顔が青くなっていく。

 その間グルフェスは微動だにせずこちらを見ている。


「そんな……グルフェス、お前……」


 グルフェスはエルメリアに向かい片膝をついた。


「お許しください、エルメリア様。全てその者の申す通りでございます」


「そんな! では何故? ダイゴ様への狼藉を禁じていた筈です!」


「勿論存じております。しかし、これは国王陛下のお申し付けでございます。如何に姫様方の申し付けでもお聞きする訳には参りません」


「な、父上が!?何故ですか?」


「それを申す前に重ね重ねのご無礼をまずお詫びします」


 そう言って深々と頭を下げたグルフェスはスッと立ち上がるとこちらを向いた。


 眼が怒りに燃えている。


「次にここに来れば命は無いと忠告したはずですが?」


「色々頼まれごとを残していくのは性分で無くてね。スマンな」


「金貨五十枚では不足だったと?」


「いや、あれは有効に使わせてもらった。取り返しに二回ほど来たみたいだが残念な結果になったな」


「……では何故?」


「エルメリア達の願いを叶える為、最初からそう言ってるだろ?」


「愚かな事ですな。あなた一人で何が出来るというのですか? あなた一人がいくら力があってもそれで戦局は変えられないのですよ」


 うん、確かに高性能な機動兵器一機で戦局は変えられないだろう。でもそれが星を一撃で砕くような神の如き力を持った伝説の巨人だったりしたら……。


「まぁ召喚を信じてないアンタにはそう思えるだろう。だから今実証してやるよ」


「ほう、では信じさせて頂けますかな。」


 背後に兵士の展開する足音が響く。


「ダイゴ殿!」


 メアリアが叫ぶ。


「ご主人様、ここは私が」


 ワン子が双剣の柄に手を掛ける。


「言ったろ? 俺がやるって。三人はエルメリアの保護とグルフェスを抑えてくれ」


「畏まりました」


「わ、分かった」


 三人が王座への階段を上がって行き、俺は兵士たちの方に振り向いた。

 ざっと百人の重装の兵士が剣を抜いて並んでいる。


「王座を汚す狼藉者である。誅殺せよ!」


 グルフェスが叫んだ。

 兵士達が殺到する。


 俺は両手を開くと魔法を発動した。

 両方の掌に青色に光る魔法陣が展開される。


「!!!!!」


 離れていてもシェアリアが息を飲むのが伝わった。



「『水鉄砲アクアガン』!!」


 掌に展開した魔法陣から高圧の水を噴出する魔法だ。

 よくテレビとかで放水車で暴徒を鎮圧する映像を見てたので思いついた。


 ブワッシャアアアアアアアアアアアア!


 忽ち二本の水流が兵士達を襲い、吹き飛ばし、なぎ倒して行く。


「ぐわあああああああ!!!」


「がぼっがぼぼぼあ!」


「ぶぶわっはあぼぼぼぼ!!!」


 一度転倒した兵士は鎧の重さゆえ立ち上がることもままならない。

 しかも床の大部分は大理石のような磨かれた床だ。

 やっと立ち上がっても無様に転がっている。


 だが鎧のお陰で高圧の水流を浴びても大怪我はしないだろう。

 立ち上がろうとしても又水流に当たり転倒する。百人全員が転倒するまで三分と掛からなかった。

 転倒した兵士達になおも放水を浴びせる。


「ぼおっ! がぼぼぼおおっ!」


「あぶふわっ! ぶはわっ!」


「がはぁ! がはあばばああ!」


 もはや兵士たちは無様な悲鳴を上げてのた打ち回ってるだけだ。

 徐々に部屋の端へと押されて行く。

 俺は水流を少し強くして兵士達を広間の外へゴミを流すように押し流した。

 兵士達は為すすべなく外の階段を転がり落ちて行く。


 それでも何人かは水流に耐えて必死で階段を這い上がってくる。


「ほう……根性のある奴もいるんだな。だが」


 青かった魔法陣が黄色に変わった。


「『雷撃大王エレキサンダー』!」


 瞬間ドカンという雷鳴が轟き、辺りが白色に染まる。

 それが収まると、這っていた者は気絶したのかうめき声すら聞こえなくなった。


「弱くしておいたから多分死んではいないよ」


 俺はにこやかに振り返った。

 皆が固まっていた。


 グルフェスもエルメリアもメアリアもシェアリアも。

 俺の魔法を何度か見てるワン子ですら固まっていた。

 魔導師であるシェアリアは特に衝撃が激しかったようだ。


「……んな……にこれ……んなの……」


 放心状態で何かを呟いている。

 恐らくはこんな魔法は初めて見るのだろう。


「さぁ、どうだ」


 俺はグルフェスに言った。


「信じる気になったか? それともまだやるか?」


「……信じられん、まさか、こんな事が……」


 グルフェスは両膝を付きながら呻いた。


 信じられないのは残念だ。

 そうじゃないか。


「まだこんなのは序の口だ。お望みとあらばもっと凄いのを見せてやろうか?」


大瀑布ナイアガラ』とか『水惑星アクエリアス』とか。


 いや、王都自体が壊滅するわ。


「十分です……信じましょう、数々の非礼、謝罪致します」


 グルフェスは今度は俺に向かって深々と頭を下げた。


「その上でこの命、如何様にも」


「グルフェス!」


 エルメリアが悲鳴をあげる。


「姫様、私は国王陛下の命とは言え姫様方の命に叛き、ダイゴ殿を亡きものにしようとした事は紛れもない事実。その責は追わねばなりません」


 訥々と話すグルフェス。

 その姿からは私欲の為にという色は全く見えない。

 最初からこのグルフェスには敵意はあっても悪意は全く感じられなかった。

 ありがちな悪人の範疇とはかけ離れている。

 そこが疑問だった。


「そもそもその国王陛下の命って何なんだ?」


 そう俺に言われたグルフェスは躊躇った。

 恐らくは俺、いや多分エルメリア達に聞かせたくない内容なのだろう。


「グルフェス、教えなさい。私も知りたいのです」


 その雰囲気を察したエルメリアが毅然と言い放った。


「……分かりました……西端のカナレに帝国が侵攻したとの知らせを受けた時、陛下は私を内密にお呼びになりました」


「内容は戦後処理についてです。度重なる帝国の侵攻に疲弊した我が国の兵力はもはやパラスマヤまでの侵攻を食い止められない事は陛下も十分ご承知でした」


「そんな……バルジエもいるのにか……ではなぜ陛下は勝ち目のない戦に……」


 メアリアが愕然として言った。


「勝ち目がなくても王として国を護る為に戦うのがボーガベルの王族の責務。そして陛下は戦後の処理を私に委ねました」


「どう言った内容なんだ」


「かねてより帝国と内通している貴族の炙り出しをしておりましたがその内の一人を脅し、交渉をさせていました。内容はボーガベルの施政権を私に与えてくれと言うものです」


「なっ!」


 メアリアが声を上げた。


「お前! 自分が何を言ってるのか分かってるのか? 帝国に寝返って自分が陛下になり替わるつもりなのか!」


「メアリア様、それこそが陛下が私にお与えになられた使命なのです」


「父上が!? なぜ?」


 今度はエルメリアが声を上げた。


「帝国から出された条件は、エルメリア様、メアリア様、シェアリア様のお三方、巷ではボーガベルの三宝姫と呼ばれておりますが、そのお三方を無傷で皇帝に献上すれば私に帝国の代官として施政権を認めると言うものでした」


「なんだそりゃ、この三人を差し出せばお前に国を任せる?そんなことがまかり通るのか?」


「ダイゴ殿には奇異に思えるかもしれませんが、我々の世界では古来より戦争は『戦の作法』という物によって行われております。その中には恭順を示し価値あるものを差し出せば領土を安堵すると言う事も含まれているのです」


 すぐに『叡智』で戦の作法を調べる。


 これはこの世界の戦争のルールブックみたいなものだ。

 元々戦争は国同士、王様同士の陣取りゲームみたいな物だったらしい。

 自国の収穫が少なかったので他国を攻めてそこの作物を奪う。

 後々収穫量が落ちては困るので農民や村に危害は加えず、戦争も収穫の終わった時期に借り入れの終わった畑でやる。

 弱小国は価値のある宝石や金銀、それに美貌の王子、王女等を献上し収穫に替え得ることができる等。

 確かに元の世界の戦争を知ってる俺には不思議な話だった。

 だがこの世界ではそれが罷り通っている以上それを否定する気にはならない。


「陛下は私と帝国との交渉を察しておりました。それを聞かれ素直に申し上げた所、ご自身が戦死した場合は速やかにご三方を差し出し恭順を示すようにと申されました。それを実現する為にはダイゴ殿の存在は邪魔でしかなかったのです」


「それ、差し出す条件の無傷ってどうせ生娘のまんまとかだろ」


 そう言った俺をグルフェスが驚いた顔で見た。


「ご存じだったのですか?」


「知らんけどありがちな話だ。巷で聞いたティンパン・アロイの伝説じゃ呼び出した姫が自らの身を捧げた……なんてのもあったからな。だからあんなに急いで俺を追い出したんだろ?」


「その通りです」


「それで、そうまでしてアンタが代官とやらになる事に何の意味があるんだ?」


「もし帝国から代官が来れば、当然その者の思う通りの施政が行われるでしょう。そしてボーガベルと言う国は名実ともに消滅します。しかし、私が代官になればボーガベルの名は消えてもはその精神を残す事は出来ます。そしていつの日か国が再興される希望を繋ぐ事も。陛下はそれを私に託したのです」


 一瞬、目を伏せたグルフェスは続けた。


「陛下は私に、自分の保身と私欲の為に姫を差し出し、国を売った裏切り者の誹りを受けることになるかもしれない、ご三方に恨まれ憎まれるかもしれない、だが敢えて汚辱にまみれてでも成し遂げて欲しいと頭を下げて頼まれ、私は謹んでお受けしました。これが全てです」


 見れば三人は泣いていた。そしてその話を聞いていたワン子も一瞬辛く悲しそうな顔をしていた。


「で、お前達はどうするんだ? 国王の言う通り帝国に下るか、それとも抗うか」


「抗います」


 涙を拭ってエルメリアは即答した。


 メアリアとシェアリアも頷いた。


「姫様……」


 グルフェスは呻いたがそれ以上は言わなかった。


「父上のお気持ちとお覚悟は私にも痛いほど判ります、そして私も王家の者です。帝国へ差し出される事に何の恐れもありません」


 メアリアとシェアリアも頷いた。


「ただ、それでも私は王国が滅びる事を座して待ちたくないのです。おそらく父上も同じ気持ちで出陣したのでしょう」


「パラスマヤで帝国軍と交戦になれば民にも被害が及ぶのは必定。今から避難させる事もままなりませぬぞ」


「だから俺の出番だ。そうだろ?」


「ダイゴ様……」


 エルメリアの顔が輝いた。


「グルフェス、アンタの命は暫くお預けだ」


「ダイゴ殿……」


「アンタは能臣みたいだから俺が帝国を追い払った後も生きててもらわないと困るみたいだしな。」


「……」


「だが、もし次何か企てればあんたの命よりも先にボーガベルが無くなると思ってくれ」


「……肝に銘じます」


「よし、これから俺は色々準備をするから、この前の場所に寝泊りさせてもらうよ。後始末と兵力の編成とかはアンタ達でやってくれ」


 どの道あの宿にはもう戻れそうもないし。


「承りました。ダイゴ殿……」


「ん?」


 グルフェスは深々と頭を下げた。


「私からも改めてお頼み申します、この国とお三方をお守り下さい」


「ああ、任せておけ」


「ダイゴ様……」


 エルメリアが駆け寄ってきた。

 不安そうな視線を寄越す。


「もう居なくなったりはしないよ。明日会おう」


「はいっ」


 エルメリアの顔に笑顔が戻った。

 本当に花が咲くと言う例えがそのまま当てはまるような笑顔だ。


「でしたら庭園の方にお越し願えますか? お伝えしたいことがあります」


「庭園? 何処にあるの?」


「朝食が済みましたら使いの者を呼びに行かせます」


「分かった、じゃ明日」


「おやすみなさいませ。」


「ダイゴ殿、ありがとう、又明日」


「……ありがとう、おやすみ」


「二人ともありがとうな。明日もよろしく」


 皆と別れ俺とワン子は迎賓館へ向かった。



 部屋付き侍女は以前と同じルファ・タリルという少女だった。

 彼女はグルフェスの命令であの日の俺の監視と拉致の手引きをしてたらしい。


 俺を見て気の毒なくらい動揺した挙句、手入れをしようと双剣を抜いたワン子を見て失禁して失神してしまった。

 俺は大慌てで掃除に掛かる侍女長達にワン子がいるので部屋付きは不要との達しを出してお引取り願った。

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