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第三話 即追放

 パラスマヤ城と言えば聞こえは良いが、階数は三階と立派だが、こじんまりとした建物だった。

 城というよりは昔テレビで見た、ヨーロッパの何処かの国のワイン醸造所に感じが似ている。


 更に城での晩餐というと、だだっ広くてシャンデリアや壁画がたくさんある部屋を俺は想像していたが、通されたのは十畳ぐらいの質素な部屋だった。


 中央に据えられた十人がけぐらいのテーブルは、結構小綺麗で王族と言うよりは普通の金持ちの食卓に見える。

 壁には風景画が一枚飾られているだけだ。


 窓にはガラスなどは無く、木の板が嵌め込まれているだけ。


 部屋の四隅の棚にいくつも並べられている蝋燭の灯りも、蛍光灯やLEDに慣れた眼にはお世辞にも明るいとは言えない。


 だから人々は夕飯もまだ明るいうちに済ませ、夜は早々に寝てしまうそうだ。

 それはこのパラスマヤ城でも同様だった。


 鏡はあるかと聞いたら、磨いた銀板が出てきた。

 見ると少しぼんやりとだが確かに二十代の頃の俺の顔があった。

 黒い髪もふさふさしている。


 神様ありがとう……これだけでも素晴らしいわー


 そう感激しながら髪を触っていると、


「黒い髪のお方は初めてお目にかかりましたわ」


 とエルメリアが笑顔で言った。


 侍女に促され席に着くと料理がフルコースみたいに一皿ずつではなく一度に運ばれてきた。


 え……?


 俺がその皿を見て目を瞠る。


 じゃがいもらしきものとベーコンらしきものを茹でた煮物に葉野菜が少し入っただけの薄い色のスープ。

 そしておそらくは麦を煮込んだ粥のようなもの。 

 メインディッシュは鶏肉の類だろうが、それを焼いたのがひと切れ。

 傍から見ればその辺の農民の食事にも見えるが、いずれもきれいな陶器の器に盛られている。


「今日はラッサがあるのか!」


 そうメアリアがいかにもご馳走が出ましたという感じで言っているので、


「ラッサってこれのこと?」


 とシェアリアに鶏肉らしきものを指して尋ねると彼女はコクコクと頷いた。

 ラッサを『叡智』で調べると鶏よりも一回り小さい野鳥と出てきた。


「申し訳ありません 本来ならもっと上等な料理をお出ししたかったのですが……」


 エルメリアが申し訳なさそうに言う。


 元々は小市民の俺の前にいきなりフルコースが出されても面食らうだけだが、流石にこれでは工場の賄い定食よりも酷い。


 流石にこれは王族の食事にしては貧相すぎないか……?


「一つ聞きたいんだけど」


「何でしょうか」


「国民は普段なに食べてるの?」


 王族の食事がこれでは国民はへたすりゃ雑草食べてるんじゃないか……。


 俺の脳裏にぼろ布を着ただけの国民が道のあちらこちらにへたり込んでいる図が思い浮かばれた。


「国民も同じようなものです。というよりここに有る物はラッサ以外は市場で売っている物です」


 俺の意図を察したかのようにエルメリアが答える。


「……国民の礎たる王族が贅を貪る訳にはいかない。これが王家の教え」


 煮物の汁にパンを漬けながらシェアリアが言った。


「西の穀倉地帯が帝国に押さえられてなければ良かったのだがな」


 こちらでは一般的なのだろう、二股のフォークでラッサを頬張りながらメアリアが言う。


 三人の姫はボーガベル王国について説明してくれた。


 その国土の大半が山脈で土地もやせてブラドという小麦が漸く収穫できる程度。

 しかもその生産の大半は西部地区でそこは現在隣国のエドラキム帝国に占領されたまま。

 それ以前から帝国からの物流は無く、僅かに南西のバッフェ王国から細々と買い付けるだけ。

 漁業、海運はというと海岸線の大半が崖になっており、しかも複雑且つ常に荒い海流が海の難所として船の航行を阻んでいる。

 唯一カイゼワラという所の入り江で多少魚が取れる程度で、市場に出回る程ではないらしい。

 まさに踏んだり蹴ったりな国だった。


「ダイゴ様のお住みになられていた神の国とはどの様な感じなのでしょうか?」


「神の国なんかじゃないよ。ニホンって言ってね。まぁ他にも色んな国はあったけど」


 日本の事をざっと説明したが、三人にはイメージが伴わないようでピンと来ないようだった。


「あれ、電源が入らない。充電もたっぷりあった筈なのに」


 切り札とばかりに出したスマホもやはり壊れてしまったのかうんともすんとも言わない。


 止む無く財布の千円札と硬貨を見せる。


「へぇ、この紙で買い物が出来るんだって……」


 メアリアが紙幣のすかしを眺めながら言った。


「……この国では紙は貴重品。シミュウアって動物の皮からつくるの」


 そう言ってシェアリアが侍女に用意させた金貨や銀貨を出してきた。

 シミュウアとは羊の一種で、要するに羊皮紙というのが主流らしい。


「……あげる」


 見ると金貨が一枚、大きな銀貨が五枚、小さな銀貨が十枚、そして大小の銅貨が二十枚ほど積んである。


「初任騎士の給金と同じだな」


 メアリアが笑いながら言った。


『叡智』で検索するとこの国の金貨一枚が大体十万円、大銀貨が一万円、小銀貨が千円、大銅貨が百円そして小銅貨が十円にそれぞれ相当すると出た。


「ありがたく頂きます」


 俺はズボンのポケットに通貨の入った革袋を押し込んだ。


 食事が終わり出されたダバ茶という紅茶らしきものを飲んでると、


「御寛ぎの所、失礼します」


 との声と共に中年の男が入ってきた。

 グレーの髪に堀の深い顔立ちで、長身。

 口髭を蓄えた柔和な顔立ちで人の良さそうな笑顔を浮かべている。


「グルフェス候、どうしたのですか」


 茶杯から口を離してエルメリアが言った。


「はっ、姫様方がついに召喚に成功したとの報せを受け、早速御祝いと英雄神様に御目通りをと思い馳せ参じた次第でございます。何卒無礼をご容赦くだされ」


 グルフェスと呼ばれた男はさっと頭を下げた。慣れすぎた動作のようで嫌味が全く無い。


「気の早い事だ。しかし彼は残念ながらティンパン・アロイではないぞ」


 とメアリア。


「ほほう、それでは一体この方は」


「彼の名はダイゴ。異世界ニホンから参られた」


「ニホン……ですか。初めて聞く名ですな」


「私と互角以上に戦える御仁だ、腕は確かだ。無礼な態度は許さんぞ」


「勿論ですとも、それにしてもメアリア様と。いやそれは頼もしい」


 そう言うやグルフェスは俺に向かって


「ダイゴ殿、私宰相を務めますグルフェス・ブラバッハと申します、以後お見知りおきを。」


 跪きながら深々と頭を下げた。


「あ、ああ、ダイゴ・マキシマです。よろしく」


 宰相って多分王族の次に偉いんだろうな……。


 日本で言う所の総理大臣みたいなもんだろ……。


 などと思いながら俺が気圧された返事をしてるとグルフェスはさっと立ち上がってニッコリ笑った。


「そんなに固くならないでくだされ、宰相と申しましても姫様達の御守が主な仕事ですから」


「まぁひどいわグルフェス」


「そうだ、もうとっくに御守りのいる歳ではないぞ」


「……ダイゴが勘違いする」


 三人は口々に文句を言うが怒った風ではない。

 却ってその場が和んだようだ。


 このおっさんはできる……。


 納品場所の事務所にいる数多のオッサンを見て鍛えた俺の目にはそう映った。


「してダイゴ殿の寝所は迎賓館でよろしいでしょうか」


「そうですね、準備の方お願いします」


「畏まりました。準備が整い次第使いの者をを寄越しますのでしばしお待ちくだされ」


 そう言ってグルフェスは下がっていった。


「彼はどんな人なんだい」


「とても有能ですわ。昔から国王である父の片腕として私心無くこの国に尽くしてくれていますの」


「今は国王と一緒に防衛戦に出ているが騎士団長バルジエ公と並びボーガベルの文武の双頭と言われている」


 エルメリアに続いてメアリアも誇らしげに言う。


「……今のボーガベルが維持できてるのは彼のお陰」


 シェアリアの評価も高い。


 そんな優秀な人物がいるから貧乏でもやってこれてるんだな……。


 この国の政治形態など知る由もないが、驕ることなく慎ましやかな生活を送ってるエルメリア達には好感が持てた。


 やがて侍女が俺を呼びに来た。


「明日はメアリアの案内でパラスマヤを見て頂きますわ」


「ああ、頼むよ」


「任せておいてくれ」


「……私も行く」


「では、ダイゴ様、また明日。おやすみなさいませ」


「ダイゴ殿、又明日」


「……おやすみ」


「ああ、おやすみ」


 三人と別れ、侍女に連れられ城の外れにある迎賓館に入った。

 二階建ての洋館でどことなく西洋の金持ちの屋敷を思い起こさせるような建物だ。


「こちらでございます」


 通された部屋は決して華美とは言えないが清潔感溢れる部屋だ。

 広さもそれなりにあり、中央に木製のキングサイズの寝台。


 脇にはソファとテーブルもある。

 更には暖炉に火がくべられ、四隅に沢山の燭台が灯りを燈している。


 寝台にゴロンと横になった。

 異世界とは言え、ホテルや旅館の部屋に着いた気分。


 やっと落ち着け……。


 見ると案内してくれた侍女がそのまま扉の脇に立っている。


「あれ? もう戻ってもいいんだけど」


 侍女は首を振った。


「私は今晩のダイゴ様のお部屋付きを宰相様より仰せつかっております。私の事はお気になさらず、御用がございましたら何なりとお申し付け下さいませ」


 お部屋付き? 要はお世話係なのか? こっちの世界、はたまた王侯貴族だのは普通なのか……?


 と、いうか……。


 改めて侍女を見る。

 恐らくはまだ十代のその容姿は流石にエルメリア達程では無いが、十二分に美少女と呼べる容姿だ。


 栗色の肩まで垂らした髪に紺色の恐らくは侍女の制服なのだろう。

 襟元は白地に赤いリボンが結んであり、メイド服というよりドレスに近いものを着ている。


 俺と侍女の目が合った。

 侍女が少し含みのある笑みを浮かべる。


 これは、もしや俗に言う夜伽とやらがオッケーなんじゃ無いだろうか……。


 何なりとってのは「何でもします」って事なんだろうか……。


 異世界に来たという異常事態も先々の事も俺の脳裏から一瞬で吹き飛んでしまった。

 侍女がゆっくりと立ち上がり、胸元のリボンを解き始めた。


 こ、これは間違いない……。


 ふとドアがノックされた。


「ダイゴ殿、もうお休みでしょうか?」


 無粋な声の主はどうやらグルフェス候の様だ。


「い、いえぇ、まだ起きてますよ」


 思わず声が裏返った。


「早急にお伝えしたい事があるのですがよろしいでしょうか?」


 なんだ? 大臣自ら部屋に来る用事って……?


「ど、どうぞ」


 首筋に湧き上がる嫌な予感を抑えながら言った。

 何時の間にか侍女は解いていたリボンを元に戻している。


 なんか素早いな……。


 そして侍女が扉を開けた瞬間、


「えっ!?」


 十人程の男が部屋に雪崩れ込み、俺は瞬く間に床に転がされ、押さえ付けられた。

 そこに相変わらずにこやかな笑顔を浮かべたグルフェスが入ってきた。


「ほう、案外呆気ないものですな。もう少し手間取るかと思ったのですが、やはり姫様達のお戯れと言う事ですな」


「どういう事だ、グルフェスさ……」


 そう言った途端、後ろから猿轡を噛まされた。


「んぐっ?」


「君が何処の何者かは知らん。だがそういう不貞の輩は何時までもこの王城に居て良い事ではないのでね。ここらでお引き取り願おう」


 手を振って侍女を下がらせながら、グルフェスが言った。

 悪意等は全く感じさせないが、言ってる事は俺に対する敵意まみれだ。


「全く姫様達の魔術遊びには困ったものでね、あのような術で成功する訳は無いからお止めくださいと何度もお諌めしたのだがね」


 男達に縛り上げられ身動きの取れないまま立たされた俺にグルフェスは重そうな革袋を取り出し、その懐に入れた。


「私は血生臭いのが嫌いでね。まぁ姫様達の我が儘の謝礼として取っておきたまえ。平民なら暫く遊んで暮らせる金だ。ただし、口が軽かったり余分な欲をかくと身を滅ぼすことになるよ」


 要は口止め料を払って追い出す訳か。

 どうも俺はその辺から見繕ってきた平民だと思われてるようだ。

 姫様達が余りに失敗続きで咎められたので俺を何処からか連れてきて英雄神に仕立てようとしたと思ってるんだろうな。


「では英雄神殿、お元気で」


 そう挨拶したグルフェスが手で合図すると男達は俺を担ぎ上げ、館の外に停まってる馬車に押し込んだ。


 荷馬車が静かに動き出した。

 男たちは終始無言。


 さてと、どうしたものやら……。


 荷台に転がされた俺は真っ暗な空を見上げながら思案を始めた。

 荷物を運んで生計を立ててた男が異世界に来たら荷物扱いされている。

 死ぬことは無いとメアリア達との戦闘で判ったので気は楽だったが、この先に嫌な事態が待ち受けていることに気が付いた。


 人に殺されかねないならば殺すこともあるだろう。

 そこで幾つかの神技スキルを作る事にした。


 作成――『精神平衡化』、『究極剣技』、『視力向上』


 そして『状態ステータス表示』


 試しに目の前で俺を睨みつけてる男に使ってみる。


 ――キノス・ティゲ

 ――三十歳

 ――只人族


 そして生命力や保有魔力などが数値となって次々に浮かんでくる。

 取り敢えず馬車に乗ってる男たちの名前を俺は記憶して置いた。


 そのまま二時間ほど走ったところで馬車は停まった。


 やはり無言で縄がほどかれると蹴落とされるように馬車から放り出された。

 そのまま馬車は来た道を引き返していく。


 見たところ街道の外れのようだ。

 上を見上げると真っ赤な月が元の世界の月よりも随分と明るく光っている。

 縛られた上に乱暴に馬車から落とされたが何処もけがをしてはいない。

 

 革袋を取り出し中身を確かめると金貨が五十枚ほど入っている。

 日本の貨幣価値なら五百万相当は貧乏国の宰相にしては随分と奮発した額だ。


 しかし、こんな大金持ってちゃ山賊とかの良い餌食だな、ってそれが狙いか……。


 案の定、森の中から五人のむさ苦しい連中が出てきた。


「おう、いたいた」


 獣の皮をチョッキのように羽織った、いかにも山賊の頭領と言った風体の男が言った。

 予め待ち構えていたのは丸分かりだだ。


「そんじゃあ……」


 と頭領らしき男が剣を抜こうとした瞬間、俺が一足で飛び込み顔面に掌打を放つ。


 ドン!


「へぶっ!」


 頭領は盛大に鼻血を吹き昏倒。


「なっぶごぉっ!」

 

 すかさず二人目を肘打ちからの裏拳で倒す。

 ここでやっと短剣を抜いた三人が斬りかかって来たので無刀取りで剣を飛ばしたのちハンマーパンチで一人沈め、横薙ぎしてきた次の男に身を屈めてからの足払いで倒し、後頭部にパンチを見舞う。


「てめぇ! 死ねっ!」


 キン!


 最後の奴にはわざと切られてみたがやはり傷一つ付かず逆に剣が吹き飛んだ。


「バ、バケモ……」


 言い終わらない内に最後の奴に掌の先を当て、そこから身体の捻りと体重移動で至近距離からの俗にいうワンインチパンチを放つ。


「ゲフォッ!」


 鳩尾に喰らった男はそのまま三メートルほど吹っ飛んで倒れた。


 瞬時に五人が失神して地べたに転がっていた。


 まぁ手加減しおいたから死んではいないだろう……。


「取り敢えず戻るか」


 地理に明るくない現状で王都から遠ざかるのには不安があった。

 一味の一人が羽織っていた比較的小綺麗な外套と短剣を一本拝借する。

 山賊のから追いはぎとは妙な気分だがまぁ迷惑料代わりだ。


 外套を羽織って俺は来た道を歩いていった。

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