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悪役令嬢は組合を作りました

 公爵家に生まれて十六年。表面上のお付き合いを繰り返す中、とある学園に入学して三カ月。本能的な何かに導かれるように六人の少女が集まっていた。

 招集をかけたのは私、オルコット公爵家のレティシア。

 貴族令嬢として育ったはずなのに、そこはかとなく『何か』が異なる人達。

 集められた者達も薄々感じていたようで、突然の招待にも拘らずすんなりと集まってくれた。

「皆様、今日は私のお茶会に来てくださりありがとう。メイド達は下がらせたから、いきなり本音でいくわね」

 これを言うには勇気が必要だが、思い切って口にした。

「私、レティシアには前世の記憶があるの」

 集められた五人が驚いたように目を見開き…。

「やはりレティシア様も?私も前世の記憶がございますの」

「えぇ、私にも…、おぼろげではございますが『ニホン』という国の記憶がございますわ」

 皆が口々に『自分も…』と言い出す。

「やっぱり…、そうではないかと思っておりましたわ」

「レティシア様はどうして気づかれたのですか?」

「そうは…」

 キリッと答える。

「野生の勘ね。私、前世ではとても病弱で寝てばかりしたの。その分、気配を感じ取ることに長けていたのよ」

「ではここに集まった皆様には前世の記憶がございますのね」

 頷きながら。

「それでね、集まっていただいたのは…、実は助けていただきたいことがありますの」

「まぁ、公爵家であるレティシア様でもお困りになることが?」

「えぇ…、実は私、乙女ゲームの悪役令嬢ポジションなの。皆様、ご存知かしら?『花冠を君に』というスマホゲーム」

 五人ともが首を横に振った。

「そのゲームはよくわかりませんが…、あの、実は私も悪役令嬢らしくて。『ハッピーハーモニー』というブラウザゲームですわ」

「まぁ、ジニー様も?でも、それを言ったら私も『月虹』の悪役令嬢ですわ」

「アレッタ様まで。どうしましょう…、私は『星屑のきらめき』の悪役令嬢なのに」

「そんな…、ここは『スノードーム』の世界だとばかり…、では私はどのゲームの悪役令嬢なのでしょうか?」

「ここは『恋と魔法使い』の世界ではございませんの?魔法がございますもの。てっきりそうだとばかり思っておりましたわ」

「お待ちになって。まさか、皆様…、悪役令嬢ですの?」

 頷かれた。

 メイドにペンと紙を持ってきてもらい整理したところ、それぞれが異なるゲームの悪役令嬢ポジションにいた。なんてこった。

 この世界の神様、転生設定、雑過ぎないか?


「では皆さま、まだヒロインとは遭遇してないのですね?」

「えぇ、警戒はしておりますが…」

「おかしいとは思いましたわ。だって婚約者と私、その周辺は概ね、ゲーム通りなのに学園の名前や環境が少し異なっておりますもの」

「私の周りも同じです。ですからこのままヒロインが現れなければ良いと願っておりましたわ」

「皆様、婚約者とは良好な関係を築いておりますの?」

 五人とも頬を染めながら頷いた。

 つまり…、うまくいってないのは私だけ。軽く落ち込んだ。いや、ものすごく沈んだ。

「レティシア様、まだゲームは始まったばかりですわ。頑張りましょう」

「そうですわ。婚約破棄されたとしても、そこで人生が終わるわけではありませんもの。実は私、婚約破棄に備えて家事を一通り学んでおりますの。従者達に混ざって働いていたところを婚約者であるマイルズ様に見られてしまい…、明るくて気立ての良い娘だって」

 気に入られたのなら婚約破棄に備える必要ないじゃん。それ、もう、花嫁修業じゃん。手料理を食べさせたいってか?

 はい、公爵家では無理~。厨房に入らせてもらえないもん。

 マイルズは子爵家、その婚約者ニーナは男爵家。それくらいの家格なら従者に混ざって家の事をしても…、褒められたことではないが、経済的な問題もあって見逃されることも多いと聞く。

 公爵家では紅茶をカップに注ぐことすら止められる。

 今、平民落ちしたら、三日で死ぬ。知識はうっすらと残っているが、自分一人では着替えもできない。まさに蝶よ、花よと育てられたのだ。

「私は他国から嫁ぐ身ですから、必死に勉強いたしましたわ。小国の第三王女なんて自国に戻ってもすぐに政略結婚で出されますもの。この国の女官にでもなれればと思っておりましたが、セシル殿下が努力を認めてくださって」

 一緒に学び、一緒に育んでいきましょう…って、惚気か、惚気だな。

 私だって勉強しているよ、めっちゃしてる、公爵家だもん。住み込みの家庭教師と別に、通いでも何人か来ている。

 話を聞いているうちにわかった。

 うまくいってないの、マジ、私だけじゃん…、絶望しかない。しかも、破滅エンドで死亡するのも私だけって、何、この試練、泣きたい。


 それぞれのゲーム世界の話は面白かったが、悪役令嬢が六人って多すぎではないだろうか。しかし前世の記憶のおかげで、皆、今のところはうまくやっている。

 ヒロインに婚約者を取られたとしても、関係が良好で親子仲も悪くなければそう悲惨な結末にはならないだろう。

 うちは…、家族仲が良いのか悪いのかわからない。

 仕事で家にいない父と、社交に忙しい母。長男は跡継ぎとしての勉強が忙しく、やはり家にいない。長女と二女は既に嫁入りして、家にいるのは三女の私だけ。お姉様達との関係は悪くないと思うが、年が離れていた。長女、二女、長男…で私。お姉様達は私が十歳になる前にお嫁に行ってしまい、婚約者が決められたのはその後。

 婚約者は同格のフォーサイス公爵家、長男のアデルバート様。淡い色の金髪で、瞳の色は藍色。光の加減で緑っぽく見えることもある。王子様のようにキラキラした顔立ちだが、近衛騎士を目指しているため体を鍛えている。美丈夫って言えばいいのかな。

 そんなキラキラ美男子の婚約者、レティシアは栗毛にこげ茶の瞳。猫のような大きな瞳で顔立ちは整っていると思うが、色合いが地味だ。

 ゲームのヒロインは確か…、ストロベリーブロンドで空色の瞳。

 地味な私がどれほど頑張っても、髪の色は変えられない。この世界にはウィッグもコンタクトもない。そして外見を少し変えたくらいで心変わりするような男でもない。

 初めて会った時はお決まりの挨拶しかしなかった。二度目に会った時も挨拶のみ。三度目に会った時は既に悪役令嬢だと気づいていたので婚約を断るようにと頼んだ。

「婚約については父上達が決めると思います」

 めっちゃ冷静に返された。

 そうだね、だとしても抵抗してよって頼んでんだよ、女のほうが意見、通りにくいから。

 アデルバートが『嫌だ』と言えばフォーサイス公爵も考え直してくれるかもしれないし、うちのお父様もフォーサイス公爵に断られたらゴリ押しは難しい。

 政略結婚が嫌なわけではない。攻略対象と婚約したくないのだ。

 その願いむなしく、十二歳の年に婚約が成立してしまった。

 婚約者になってしまったものは仕方ない。それならば少しでも良好な関係をと、会う度に話しかけた。散歩に誘い、ダンスに誘い、図書館に誘い…、いつしか諦めた。

 アデルバートは恐ろしく無口で無表情なため、感情がまったくよめないのだ。誘って断られることはないが、楽しいと言われたこともない。

 そのうち騎士としての訓練が始まり、会う回数が減った。

 同じ学園に通うことになれば仲良く話せるかと思ったが、ランチに誘ってくれることもないまま三カ月。

 アデルバートは一生、このままだ。

 婚約破棄イベントが発生した時も…。

 ヒロインにナイフを向けたレティシアを止めようとして、暴れるレティシアは誤って自分を刺してしまった。崩れ落ちたレティシアは冷たい瞳のアデルバートに絶望しながら絶命する。

 ヒロインが現れなければ回避できると思いたいが、すでにアデルバートと接触しているかもしれない。わかりやすく浮かれてくれたらすぐに気づくが…、女といちゃつく姿を想像できない。

 無表情で何を考えているのかわからない男。

 婚約破棄されても、結婚しても、あまり楽しい未来にはなりそうもなかった。


「まぁ、レティシア様は大変そうね。お気持ちはお察しいたしますわ。だって相手がアデルバート様ですもの」

 同格であるリースマン公爵家の長女カミラはゆるくウェーブした黒髪で艶やかな薔薇のような美人だ。公爵家には他に子供がいないため、オルセン伯爵家の二男エリックが婿入りする予定。エリックも黒髪でそちらも凛々しくさわやかな好青年。

「いいわね。エリック様は朗らかで優しそうですもの」

「ふふ、そうなの。素直すぎるのがちょっと問題ではあるけど、とっても可愛いのよ」

 惚気ながらアデルバートに関して教えてくれた。

 貴族が多く通うこの学園では、教室が男女で分かれている。そこでカミラがエリックから普段の様子を聞き出してくれた。

「それはもう真面目な方で、成績優秀、実技もトップ、冗談のひとつも言わずに常に何かしら勉強をしているそうよ。授業とは関係なく朝と夕方の鍛錬も欠かさないとか」

「………予想通りすぎて、面白くともなんともないわ」

「話しかければ答えるそうだけど…」

 会話の途中で『そういえば婚約者がいるのだろう?どんな子だ?』と聞いた瞬間、黙り込んだ。

『オレの婚約者と仲が良いみたいなんだ。そんな、黙り込むような子なのか?』

 その問いに対して『答えたくない』と。

「信じられない、そこは無難に『普通の子だよ』とでも言っておけばいいのに」

「レティシア様、普通って…、それも失礼よ」

「いいのよ。私は平凡な見た目ですもの。なんとか見られる仕上がりになっているのは公爵家のメイド達のおかげよ」

 色っぽいカミラを筆頭に、他の悪役令嬢達はもっと個性がある。

 第三王女アレッタは知的な美人で、王女としての気品が備わっている。やはりオーラが違う。子爵令嬢のイヴァンヌはグラビアアイドルのようなスタイルでビキニが似合いそうだ。同じく子爵令嬢のジニーは青みがかった白金の髪で目の色も澄んだ湖のような色。そして男爵令嬢のニーナは金髪、グリーンの瞳で子犬のように可愛らしい。

 ま、みんなゲームでは嫉妬にかられて悪鬼のようになるわけだが、鬼に超進化する前はとても美しく人目を惹く。

 凡人令嬢の私とは違う。

 悪役令嬢として、まず色目が地味。金髪とか銀髪とか…、悪役令嬢なら真っ赤な髪とか真っ青な髪、百歩譲ってカミラと同じ黒髪じゃないの?なんで国民の半分以上が同色扱いの栗色なの。目の色も血のように赤いとか、呪われたように色素が薄いとか、異様に光る黄金の瞳とか…、それがこげ茶って。

「レティシア様…、普通のほうが良いのではなくて?悪役令嬢っぽい見た目のほうが苦労も多いのよ?私は幼い頃から異様に色っぽいと言われていたし…、八歳で既に魔性の女と言われたのよ?」

「………羨ましい」

「困った子ね」

 色っぽく笑って、優雅な仕草で茶を飲む。

「カミラ様が羨ましい。婚約者も素敵な方で…、エリック様は爽やかな好青年で会話も弾みそうだわ」

 瞬間、ゾクッと寒気がした。な、なんで…?初夏の気候だというのに風邪かしら。やだわ、夏風邪は〇〇がひくって…、これは前世の言葉だったわね。

 ふっと顔をあげると困った表情のカミラと、その横に真っ青になったエリックと何故かアデルバートがいた。

 ここは学園内にあるティールーム。二人が来たとしても不思議ではない。席は離れているが、私達以外にも利用している。大抵は女の子のグループだが、中には男女で利用している者もいた。

 あら、あの二人は…、確か男性には婚約者がいるはずなのに、一緒にいるのは可愛らしいと評判の男爵令嬢ね。浮気かしら。

「ごきげんよう、アデルバート様、エリック様」

「こんにちは。カミラを迎えに来たんだ。連れていってもいいかな?」

「もちろんですわ。カミラ様、お話を聞いてくださりありがとう」

「えぇ、今度は私がご招待いたしますわ」

 二人仲良く寄り添うようにして去っていった。

 羨ましい…、カミラは悪女な見た目でもちゃんと愛されている。

 何も言わず突っ立ったままのアデルバートを見あげる。

 何も言わない。そうよね、知っていた。何も言わない理由は受け入れたからではない。どうでもいいからだ。話題にするのも煩わしい存在だが、積極的に捨てるほどでもない。公爵家同士が取り決めた婚約を破棄することは難しい。

 ゲームのように派手にやらかせば破棄されるが、死にたくはない。

 アデルバートに疎ましいと思われていても、死んで退場するのだけは嫌だ。それならば修道院行きか平民落ちのほうがまし。年寄の後妻とワケあり物件に嫁ぐのも嫌。でも他国の王族はセーフか。側室が多くいれば、相手をしなくても良いかもしれない。

「………私に何か用事でも?」

「エリックに誘われて、たまには良いかと…、座っても?」

 にっこり笑って『どうぞ』と促す。座るのに合わせて自分は立ち上がった。

「私はもう帰りますので、ごゆっくりおくつろぎくださいませ」

 返事は聞かずにさっさと立ち去った。


 婚約者であるアデルバートが頼りにならない以上、自力で準備しておく必要がある。まずは体力作り。重い物は持たせてもらえず、歩くこともあまりないため、夜、寝る前に筋トレを始めた。前世の知識で腹筋とか踏み台昇降とか。食べないことで痩せていたレティシアの体は引き締まり、食べてもスタイルを維持できるようになった。一カ月、二ヵ月…と続けていると、ちょっとしたことで実感できる。

 階段を昇っても息切れしない。庭園の散歩も疲れない。

 ………ま、この程度ですよ、貴族令嬢なんて。

 そして見た目の地味さを生かして町娘に擬態する技も身につけた。相変わらず家族は家にいないため、説得する相手は執事やメイド達。

「街に出たい、庶民の暮らしを見たい、社会奉仕をしたい」

 あれこれ理由を考えて説得し、ついに外出許可をもぎとった。


「可愛いなぁ。震えているじゃないか」

「お嬢ちゃん、どっから来た?」

「ほら、こっちに来い」

 どこからどう見ても平凡な町娘である私は、今、見るからに悪そうな三人のならず者に取り囲まれていた。場所は下町、細い路地の突き当り。これがヒロインならば…、いや、他の悪役令嬢ならば悪人共を吹っ飛ばしているに違いない。

 第三王女アレッタ様は剣技が凄まじく、護衛騎士レベルでないと相手が務まらない。男爵令嬢のニーナ様は可愛らしい見た目に反して魔力持ち。火属性の魔法が得意で、カミラ様は悪女にふさわしく魅了の魔法が使えるとか。

 私にも何か悪役令嬢っぽい特殊技能はないのかしら。

「あの…、私、お金は持っておりませんの」

 震える声で告げるとどっと笑われた。

「いや、お嬢ちゃんの身ひとつでいいよ」

「どこかのご令嬢のようだな。身代金を取ってもよし、売ってもよし」

 まさかこんなに早く破滅エンドが訪れるとは。この世界の神、マジ、雑過ぎる。

 オロオロしていても事態は好転しないが…、思い出した。

 首から下げたネックレスを外して、思い切り地面に叩きつけた瞬間、ぶわっと空気が動く。

「魔法?」

「チッ、小娘を守るための結界魔法のようだな」

「どうする?逃げるか…」

「いや、結界魔法は術師がそばにいなければ時間切れで解除される。五分か十分で切れるだろ」

 その通り。でもこの五分か十分のおかげで生存率が格段にあがった。執事に渡された時は大袈裟な…と思ったが、なければ既に連れ去られていた。きっと公爵家の護衛やメイド達が私を捜している。

 買い物に夢中ではぐれ、好奇心から路地裏を覗いてしまっただけ。そんなに離れてはいない。待っていれば迎えが来る。

 祈るような気持ちで路地の入口、男達の背後を見つめていると。

 淡い金色の光がふわりと揺れた。と、思った時には三人の男達が地面に転がっていた。

 アデルバートだった。

 無言のまま、男達を引きずって行く。三人とも路地の外に放り出し、それから私の側に来た。

「怪我は?」

「ありません。アデルバート様は…、何故、ここに?」

「………偶然」

 いや…、偶然は無理がありすぎるから。どう考えても偶然ではないでしょ?迷子になったのは不注意で、ならず者達は不運だと思うけど。

「本当は?」

「………オルコット家の執事よりレティシアの外出について問い合わせがあった」

 何故、アデルバートに許可を取る必要があるのか…、あるのか?我が家の両親がアテにならないため、アデルバートに報告をしたのだろう。

 そしてアデルバートと我が家の従者達により、お嬢様お出かけ計画が実行に移された。

 守りの結界石と護衛達、さらにアデルバート本人まで待機した状態で。

 平民落ちした時のために予習として『庶民の生活を見たい』なんて浮かれていた気持ちが吹き飛んだ。

「皆に迷惑をかけてごめんなさい…」

 もう街に出たいなんて言わない。町娘の格好も…、恐ろしく似合うとは思うが、本当に平民落ちしたら、嫌でも簡素な服となる。そうなった時に楽しめば良いのだ。

「レティシア…、その、嫌でなければ…この後は私が付き添う」

 びっくりした。驚いたなんてものではない。

「これ以上の迷惑はかけられません。帰ります」

「では屋敷まで送ろう」

「結構です。お忙しい中、私の我儘でお呼び立てし申し訳ございません。執事にもよく言い聞かれておきます。私も二度とお手を煩わせることがないよう…」

「レティシア」

 すこし強く名前を呼ばれた。

 これにも驚いてしまう。

「今日はすこしおかしいですね?お加減でも悪いのですか?」

「それは…、君はエリックのような男が好きなのか?」

 何故、ここでエリック?

「エリック様はカミラ様の婚約者です。友人の婚約者に横恋慕なんていたしませんわ」

 そんな面倒くさい。好青年だとは思うがそれだけだ。

「以前、エリックの事を褒めていただろう」

「友人の婚約者ですもの。素敵な方ねと褒めることもございますわ。本当にどうなさったのですか?心配なさらなくても友人と修羅場など起こしません」

 生まれ落ちた瞬間から、悪役令嬢候補で破滅フラグ持ちだ。余分なトラブルなど抱え込みたくない。

 アデルバートは困惑しきった顔で言った。

「………わからないのだ」

「何がです?」

「君がエリックを褒めているのを聞いた瞬間…」

 声が一段と低くなり。

「殺意が沸いた」


 新たな破滅フラグが立ち上がった瞬間だった。


 真っすぐに家に送り届けてもらった。町娘ごっこなどしている場合ではない。レティシアは自爆で死ぬと思っていたが、アデルバートに殺される可能性もあるのだろうか。

 家に帰ってから頭がパンクしそうなほど考えてみたが、答えは見つかりそうもなく、アレッタに助言を求めた。

「アデルバートは公爵位。彼を止められる者は王族しかいません」

 殺害予告について相談をすると『私は他国の王女だから、役に立たないわよ』と言われた。

「そう思ってカミラ様も呼びました。いざという時は二人で力を合わせてよろしくお願いします」

 同格の公爵位ならあるいは。王女とタッグを組んでもらえば、勢いでイケる気がする。

 学園内のティールームでこそこそと話し合っていると、甲高い女の声が聞こえてきた。

「嬉しい!私、このお店のアクセサリーが欲しかったの」

 いつか見たバカップルだった。

「婚約者さんが気の毒ね。他人事とは思えないわ」

 アレッタが眉をひそめながら言う。

「本当に。でも…、私達もヒロインが現れたら……」

「そうならないためにも、アレッタ様、カミラ様、私達は協力しましょう。今、わかっているだけで六人。それぞれが得意とし、詳しい分野があるはずだわ」

「そうね。とりあえず私は他国とはいえ王女ですもの。下位貴族を黙らせることくらいできるわ。それに国から連れてきた護衛も二人いる。彼らは信用できる」

「魅了の魔法を使えば、錯乱している女性を落ち着かせることなど簡単よ」

 巨乳のイヴァンヌは剛腕の持ち主だ。力が強く、格闘技を習っている。白金ロングヘアのジニーは幼い頃は修道院育ちで、ニーナは庶民の生活に詳しい。ジニーとニーナは魔力持ちでもある。

 改めて確認をするとすこし落ち着いてきた。

 うん、修道院のツテがあって庶民生活の指南役がいるのは心強い。

「ねぇ、レティシア様。でも…、アデルバート様が殺意を持った相手は貴女ではないと思うわよ?」

 カミラの言葉にアレッタも頷く。

「そうね。お気の毒なのはエリック様ね」

「ふふ、そこは私が慰めておいたから問題ないわ。でも今後も恨まれるのは困るわね」

 混乱のあまり殺意を向けられたことしか考えていなかった。

 でも、前後の台詞を落ち着いて考えてみると。

「え、まさか…」

「その『まさか』かもしれないわね。ほら、迎えに来たわよ。今日は帰らずにすこし二人でお話していきなさい」

 入口からセシル殿下、その後ろにエリックとアデルバートがいた。アデルバートは今日も無表情で何を考えているのかよくわからない。

 でも…、仲良くできる可能性があるのなら努力してみたい。政略結婚の相手ではあるが、破滅も浮気も離婚も、できれば避けたい未来だ。

「やあ、私のお姫様。迎えに来たよ」

「ありがとうこざいます、セシル様。では、また。ごきげんよう」

 アレッタがセシル殿下のエスコートで立ち去り、カミラもエリックと共に後を追った。

「レティシアはどうする?」

「そう…ね。もう少しここにいるわ」

「そう、か」

「お時間があるのならすこし話し相手になってほしいわ」

 アデルバートがソファに座り給仕メイドを呼ぶ。一旦、紅茶を下げてもらった。

「この間は迷惑をかけてごめんなさい」

「それはもういい」

「それでね、次は最初から一緒に居てほしいの」

 固まってしまった。おそらく一分間くらいは固まったままだったが、ギシギシと音が出そうなほど不自然な動きで頷く。

「良かった。街を探索してみたいけど、メイドや護衛をぞろぞろと連れ歩くわけにもいかないし、少ない人数だと…、また迷子になったら大変だわ」

「そう、だな」

「アデルバート様が一緒なら安心ね」

「では…、予定をあわせよう。できるだけ早い日程で」


 言葉通り、一週間ほどで実現した。今回はアデルバートと一緒に歩くので、メイドは馬車に居るか自分の用事をすませるようにと言い、護衛も離れた場所からついてきた。

 相変わらず無口で何を考えているかわからなかったが、迷子にならないようにとずっと手をつないでいる。大きな手で骨ばっている。大きいのは手だけでなく、体に厚みもある。いつの間にこんなに成長したのだろうか。レティシアの胸の成長は途中で止まってしまったというのに。

 街を歩いているとアデルバートをチラチラと盗み見る…いや堂々と見る女性も多かったが、そこは気にしないことにした。

「こんなに歩いて疲れてはいないか?」

「大丈夫です。今日は歩きやすい靴にしておりますもの」

「欲しいものは?」

「いいえ、何も。ただ街の景色を見たかっただけです。普段は馬車で通り過ぎるだけで…」

「きゃあっ、離して!」

 女の子の悲鳴が聞こえてきた。声の方向を見れば、若い女の子が二人組の男に絡まれていた。遠目で見てもわかった。ストロベリーブロンドの髪。

 思わずぎゅっとアデルバートの手を握ると。

「衛兵を呼ぶ」

 そう言うと、少し離れた場所で待機していた護衛を呼び、少女を助けるようにと指示した。

「あの…、あの子を助けなくてもよろしいのですか?」

「あの場にレティシアを連れて行くのも、ここに残すのも危険だ。心配しなくてもまだ日が高い。すぐに衛兵が来る」

 私達はカフェへと移動し、護衛が来るのを待った。

「顔色が悪いな。心配しなくてもレティシアは私が守る」

 不安はあるが、アデルバートは嘘をついたりしない。他に好きな女性ができれば正直にそう告げてくるはず。実際、ゲームでは告げられて、レティシアは嫉妬のあまり逆恨みした。

「護衛が来たら、今日は帰ろう。散策ならまた付き合ってやる」

 体調が悪くなってきたのは本当で、素直に頷いた。冷たい果実水をもらい飲んでいると護衛が到着した。無事、解決したようだ。

 帰ろうと立ち上がった瞬間、ふわりと体が浮いた。

 これが…噂のお姫様だっこ?ってか、高い、背の高さのせいでかなり怖い。

「レティシア、私の肩に手をかけて」

 そ、それはなかなかのハードルの高さでゴザイマス。ハードルどころではない、棒高跳びの高さだ。越えられる気がしない。

「レティシア?いい子だから、おとなしく抱きついて。そのほうが安定して運びやすい」

 突如、別人のようになったアデルバートにドキドキしながらも、言われたとおりに抱きついた。


「もう、びっくりしました、ちゃんとラブラブじゃないですか」

 ニーナに言われ、顔が熱くなる。

「あ、あれは不可抗力なの、急に具合が悪くなってしまって…」

「でも、普通、できませんよ。街のど真ん中でお姫様だっこ。すごく目立ってました、アデルバート様は背の高い美丈夫だから」

 言われなくても人目を引いていたことは想像がつく。

「違うのっ、その、ヒロインらしき女の子が現れて…、動揺してしまったの」

 ストロベリーブロンドの美少女。髪色の響きがヒロインっぽい。

「そっか…。じゃ、私達も油断できませんね。でも、大丈夫ですよ!私達はレティシア様の呼びかけで悪役令嬢組合を発足していますから!」

 悪役令嬢…組合?いつの間に?

 きょとーん…とする私にニーナが説明をしてくれる。

「組合長はアレッタ様、副組合長はカミラ様、書記がジニー様です。レティシア様はまだご自身の環境が安定しておりませんので、役員からは外させていただきました。役職がほしければ名誉顧問はどうでしょう?」

 いらない。そんな肩書、いらないから。悪役令嬢に名誉も顧問も絶対にいらないと思う。

 思うけど…、笑ってしまった。

「ありがとう。頼もしいわね」

「いざという時は助け合いですよ!私の火炎魔法なら証拠も残さず消し炭にできますからね!」

「なんの証拠なのよ…」

「イヴァンヌ様は牢屋の鉄格子くらい、簡単に壊せるそうです」

「うん、牢屋なんて入らないから」

「アレッタ様にお願いすれば国外逃亡、ジニー様なら修道院ですね。私は美味しい物が食べたいので逃げるのなら国外希望です」

「ニーナは逃げる理由がないでしょう」

「でも悪役令嬢です」

 どこに破滅が潜んでいるかわからない。しかもいくつかの乙女ゲームが混在している。つまり…、私達が気づいていないだけで、他にも悪役令嬢がいるかもしれない。

「登場人物が死にまくるゲームや、メンヘラ、ヤンデレ系ゲームが混ざっていないとは言い切れません」

 アデルバートとうまくいきそうだからと油断していてはいけない。

「いいですか?乙女ゲームには…、18禁ゲームもあるのです!」

 そうだった。その可能性も捨てきれない。

 前世の記憶があるため箱入りお嬢様ほど初心ではないが、でも、嫁入り前にアレコレはハードルが…、棒高跳びどころではない。消防のハシゴ車でも持ってきてもらわないと越えられない高さだ。いや、越えたくない。

「組合、最高ね。組合員達の貞操と命を守るために協力しあいましょう」

「はいっ。私も草の者として庶民目線で情報収集、頑張ります!」

 また新しい何かが増えた気がするけど、もう気にしないわ、私も貴族として情報収集に励むわ!


 悪役令嬢組合の結束は固く、何かあれば即座に情報を回して不穏な動きがないか確認していた。学園に入学してから一年が過ぎ、年に一度の卒業パーティ。今年はカミラ、セシル王子、そしてジニーの婚約者ケヴィンが卒業する。

 式典が終わればパーティが始まる。貴族が多いため婚約者や恋人がいる者はパートナーと共に参加していた。

 私の横にはアデルバートが居た。ちょっと派手な黒のタキシードで、私はアデルバートに贈られた藍色のドレスを身にまとっている。今夜も公爵家のメイド達が良い仕事をしてくれた。コルセットが苦しくて口から中身が飛び出そうだけど。

「カミラ様が卒業されてしまうのは寂しいわ。年の半分は領地に戻られるそうなの」

「リースマン公爵領には温泉があると聞く。新婚旅行もかねて遊びに行こう」

「そ、そうね」

 じわじわと耳が熱くなる。

「でも、アデルバート様のお仕事優先でね。新婚早々、我儘な悪妻にはなりたくないわ」

「心配しなくても騎士隊にだって結婚休暇くらいある」

 お姫様抱っこ事件以降、アデルバートは日に日に糖度が増していた。最初の頃はスイカの白いところで、今はマスクメロン並み。

 気恥ずかしいが、味のしないスイカをスプーンでシャリシャリするよりはメロンのほうがずっといい。

 悪役令嬢仲間とその婚約者も交えて挨拶をしていると、広間の一角が騒がしくなった。

「君とは婚約破棄する!」

 何度か見かけたことのある伯爵家の三男だった。男爵家のご令嬢がぴったりと寄り添っている。あらあら…と、六人で顔を見合わせた。

「君はベティをいじめていたそうだな。そんな女とは結婚ではない」

 婚約破棄を突き付けられた侯爵家のご令嬢は真っ青な顔で今にも倒れそうだった。実際、ふらっと後ろに倒れそうになったのを剛腕イヴァンヌが支えた。

「ドゥーリー子爵家のイヴァンヌと申します。私が支えておりますから、最後まで頑張りましょう」

「頑張…る?」

「そうですわ。私はオルコット公爵家のレティシアと申します。このようなお祝いのパーティで騒ぎを起こす男を放置しておけず、おせっかいかとは思いましたが仲裁のために出てまいりました」

「な、なんだ、お前たちは。関係ない…」

「公爵家のご令嬢相手に不敬ではないか?私はラティモア王国第三王女アレッタ。他国のことゆえ口は出さぬが、証人として立ち会おう」

「では私も。リースマン公爵家カミラと申します。このバカげた騒ぎの顛末を見届けることにいたしましょう」

「な、な、何を…」

「それで、貴方。今、なんとおっしゃいましたの?」

 男はしどろもどろになりつつも、婚約破棄をすると言った。

「もちろんご当主は承知してらっしゃるのでしょうね?」

「え?」

「貴族の婚約は家同士のつながり。伯爵家のご当主は承知の上で、ご令嬢に恥をかかせるような真似をしたと、そういったことでよろしいですわね」

「は、恥って…、元はといえばその女がっ」

「証拠を確保した上での糾弾でしょうね?」

「証拠?」

「物的証拠、複数の目撃証言、魔法、および日記などによる継続的な記録の確認をされているのでしょうね?」

「そ、それは……」

 黙り込んだ。ベティが『ひどい』と涙目になるが、アデルバートが来ると途端に頬を染めて嬉しそうな顔をした。

「レティシア、今、警備と侯爵家の方を呼んだ。幸いご当主が卒業祝いのために来ていた。この後は任せたほうがいい」

 私にだけ聞こえる声で『大層お怒りだ』とささやく。この時点ではどちらに対して怒っているのかわからない。

「そうですわね」

 真っ青な顔のまま震えているご令嬢ににっこりと笑った。

「そんな不安そうな顔をなさらないで。私達は貴女の味方となります。婚約を破棄されても、家から出されても、修道院に送られても…、おかしい、運命に逆らいたいと思ったら連絡をくださいね」

 ニーナがさっと小さな石を渡す。

「キャプラ男爵家のニーナと申します。皆様の連絡係をしております。この石は魔法石ですから、助けが必要な時はこの石を割ってください」

「貴女がどこにいても、助けに参りますわ」

 私の横で五人の仲間達も力強く頷く。それを見て、真っ青になっていたご令嬢もキリッと表情を引き締めて頷いた。

 横暴な婚約者も、女にばかり無理を強いる家も、雑な神様とだって戦ってみせますわ。


 だって私達は…、運命に逆らう悪役令嬢ですもの。

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