女性店員編 1話 プロローグ
私の仕事はスーパーのレジ係。
生まれつきの性格「人見知り」を克服したくて敢えて接客業を選び、5年前にここのKスーパーに入社した。
スーパーのレジ打ちならお客さまとの必要最低限の会話さえ出きれば問題ないだろうという単純な理由だ。
そして私には2年前から好きな男性がいる。
名前はもちろん年齢さえも不明、全く素性を知らない見ず知らずの男性。
悪く例えれば、どこの馬の骨ともわからない人。
その男性の見た目は身長170センチほどで私よりも5センチ高いくらいで、細身のわりに肩幅と二の腕はガッチリで首も太め、髪は黒くて清潔感が漂うサラサラのストレート、きれいで色白な肌で、むしろ具合が悪いのではないかと心配してしまうほど顔色は悪い。
いわゆるロックバンドのミュージシャンによくいそうな風貌、顔は美少年風で私の好みのタイプである。
人は見た目が9割という格言があるように、綺麗事抜きで顔スタイルと醸し出す雰囲気など総合的に見た目がタイプだったから好きになってしまったのである。
ましてや素性を知らない人だし、好きになる理由は見た目の良さが決め手になるのは至極当然で言うまでも無い。
男性は女性を見た目で選び、逆に女性は男性を性格で選ぶというが、それは嘘。
「あなたって面食いなのね、男を顔で選ぶのね」
と、友人や家族にからかわれるが嫌で本音を隠しているだけで、ほとんどの女性は見た目がタイプの男性が好きなのである。
イケメン枠の俳優、美少年アイドル、韓国のスターを追っかける女性を見れば納得できるでしょう。
------話は2年前に遡る。------
私の勤めるKスーパーはレジが7レーンあり、レジ担当者は同シフトの約10人が売り場に出ていてレジの作業が最優先なのは勿論のこと、お客さまが少ない時間帯はサービスカウンターの業務や商品陳列やお年寄りのお客さまの買い物カゴを運んであげたり、複数の仕事に回ることもある。
夕飯の食材を求める主婦のお客さまで賑わう夕方の混雑中は全てのレジにお客さまの列ができることが多く、二人制のレジ作業となり、ひとりがバーコードスキャンを担当し、もうひとりがお会計の処理をし、お客さまの流れをスムーズにすることが重要となってくる。
店内に設置してある時計の針は5時30分を指していた。
外は小雨がパラついてきたせいもあるのか、そろそろレジの混雑が途絶えてきたかなと考えていたとき、30代ぐらいの男性のお客さまがカゴを持たず小走りに私のレジに向かってきて、手に直に持っていたお弁当ひとつと500ミリのペットボトルのお茶を私の手元のレジ台に置いた。
その時、立て向きで置いたお茶がパタリと倒れコロコロと転がり床に落ちそうになったので条件反射のごとく手で押さえようとすると
その男性客も同時に手で押さえようとした。
その時、手と手が触れ合った。
「あ、失礼しました。」
その男性客が私の顔をチラっと見て一瞬目と目が合い小声で呟いた。
それと同時に前かがみになった男性客からシャンプーと石鹸のよい香りがしたような気がする。
「いえいえ、こちらこそ申し訳ありません。」
と、唐突のハプニングの最中、咄嗟に浮かんだ言葉でお返しした。人見知りの私にとっては上出来である。
スーパーのレジの業務は一応は接客業ではあるものの、さっさとレジを捌くことが最優先の流れ作業。
レジ係の代表者であるチーフからは「お客さまの目を見て挨拶をしなさい」と指導されているが、忙しい時間帯は、ほぼ斜め下を向いたままで、お客さまの顔なんてボンヤリとしか見ておらず、顔を上げる数秒の時間を割いてまでも列で待っているお客さまをイライラさせない心がけが重要なのである。
彼(男性客)の手が私の手と触れ、よい香り、そしてほんのコンマ何秒か?
目と目がガッチリと合った瞬間に腰から下の力が抜けそうになり
なぜなのか理由もわからず心臓がドキドキした。
手が震えそうになるのを堪え、いつもより力が入ってしまい、ぎこちない手の動きでふたつの商品をスキャンした。
もう一度だけ彼の顔を正面から見たかったが、不意のアクシデントでの緊張のせいで彼の顔なんて絶対に見れず、いつも以上に素っ気無い接客をしている自分がいた。
商品のスキャンを終えて彼が会計係の方へ横移動したので、彼の顔を見たいという欲求から気付かれないように横顔にチラっと視線を送った。
色白で堀の深い横顔、シュッとした顎のフェイスライン、清潔感漂うサラサラとなびく髪。
これってなんなの?
忘れかけていた不思議な感覚。
長年、頭の中で眠っていたスイッチがオンになったような気がした。
そのときタイミングよくレジの列が途絶えたので、彼が会計を済ましサッカー台で袋詰めして出口に向かうまでの行動を無意識に目で追ってしまっていた。
それにしてもなぜか?正面で目と目が合ったのに彼の顔がほとんど思い出せない。思い返せば確か目と目が合った瞬間、靄がかかったように視界がボンヤリと曇ってしまっていたからかもしれない。
彼とは初めてお会いしたのかすら判らない、常連さんなのかもしれない、まさか彼のことを同僚に聞けるわけもない。
いつもお客さまの顔をちゃんと見ずに斜め下向きの接客をしていた自分が憎い。
今日の仕事を終え帰宅し、深夜に布団の中で眠りに落ちるまで
ずっと彼の横顔と彼の声と香りが頭に焼き付き離れられなかった。
つづく。




