女性店員編 6話 モーメント
ぼんやりしているときは決まって彼のことを考えてしまう。
こんな感情は何年ぶりだろう。
日曜日に私のレジに来てくれたときの嬉しさ、常連のお客さまが私のレジに来てくれても嬉しいと思ったことは一度たりともないのに。
でも、あんな魅力的な男性が、青いエプロン姿の私、30代の私のことなんて、ただの店員としか思っていないのは確実。
それでもいい、心揺さぶられる男性と出会えただけでも幸せなのだから。
黙々とKスーパーのレジ作業をしながら店内に設置してある時計を見ると、夕方の5時25分だった。
今日は彼は来店されるのかな?
などと期待に胸を膨らませてる矢先、今担当しているお客さまが購入されたお肉のパックに穴が開いているのを発見した。
「お客さま、大変申し訳ありません。穴が開いているので他の商品とお取替えいたします。しばしお待ちくださいませ。」
大した自慢ではないが、人見知りの私でも、マニュアル通りの接客用語はスラスラと言える。
二人制レジの会計係の先輩に後を任せて、私はお肉のパックを手に取りレジから離れた。
正直な気持ち、精肉担当の社員さんたちとは関わりがほとんどなく、強面でガラが悪そうな人ばかりなので、ちょっと怖い。
私は自分にムチを打って精肉売り場の方へ小走りで向った。
前方の飲料水売り場の付近に見覚えのあるスラッとした男性客が、ゆっくりとした歩調でこっちの方向に向ってくる。
彼だ。
LED照明に当った艶やかな髪、肩から足のつま先までのシルエット、そして彼が発する独特のオーラで一瞬で彼だと確信した。
このまま彼とすれ違うのだ。
ここぞとばかりに彼の姿を凝視したいという気持ちの反面、お客さまをジロジロ見るのは接客的に失礼な行為に当たる。
小走りの状態から、普通の歩調に戻すのも不自然。
彼の顔を見ながら「いらっしゃいませ」の挨拶をしたい、しかし無視されるのが怖い。
レジ内では堂々と挨拶できるのに、こういったすれ違いのシチュエーションでは挨拶するのに勇気を要する。
手に持ったお肉をわざと床に落とそうか、など考えたり。
そんな束の間、私は無意識に顔を彼の反対方向の斜め下に向け、気づかないふりを装っていた。
本当は彼に笑顔で挨拶したいのに、反射的に避けてしまっていた。
でも、身体の位置は彼とギリギリ約15センチ、肩と肩が触れそうな距離だったので、あからさまに拒否したようには見られてなければいいけど。
彼とすれ違う瞬間、ほんの数秒の出来事なのに、やけにスローモーションに感じた。
ああ、印象の悪い店員だと思われただろうな、取り返しのつかない痛恨のミスだ。
ゲームだったらリセットして最後にセーブした場所からリトライできるが、現実ではやり直しが不可能、タイムマシンでも発明されない限り。
でも終ったことは仕方ない。
悔やんでも後の祭。
とにかく次に彼が来店されて私のレジに来てくれたときは、いつも以上に丁寧に接客しよう。
できれば笑顔で。
いや、私の態度の悪さで不快な気分にさせてしまい、もうニ度とKスーパーには来てくれないかも知れないんだけどね。
つづく。




