女性店員編 5話 日曜日の昼
スーパーのレジ係にとって土日と祭日は戦場、ほぼ終日お客さまが途切れずレジ作業を強いられる。
今日は日曜日、昨日は残念ながら彼が来店されなかったが、彼と出会ってからこのお店で働くことが楽しく感じられるようになったような気がする。
これは「ときめき」が及ぼす作用なのかな?
10時の開店と同時に多くのお客さまが来店される。
確かに混雑中のレジは逃げたくなるほどの地獄だが、暇なときよりも時間が過ぎるのが早く感じるからいい。
どっちもどっちかな?
店内に設置してある時計の針は11時30分を指している。
ああ、彼がいつも来店される夕方の5時30分が待ち遠しい。
はっきり言って私のことなんて全く興味がないのは重々承知、でも偶然でもいいから私のレジに来て欲しい。
近くに寄りたいの。
今日は開店時から絶え間なくレジのスキャンを黙々と捌いている。
60代の先輩社員がパートナーでの二人制でのレジ作業である。
レジ作業の合間に横目でチラっとお客さまの列を確認する。
横を向いて見るとイライラして並んでいるお客さまと目が合ってしまい不快な気分にさせてしまうので、あくまでも正面を向いたまま横目でチラっと、である。
すると幻覚なのか?
コンマ何秒かの一瞬、視界に入ったサラサラの髪の男性、肩から腰までのシルエット
彼だ。
幻覚でなければ彼に違いない。
顔は未だにはっきり覚えてはいないが、彼には独特のオーラがあるから大勢の中でも瞬時に認識できるのだ。
午前中に来てくれるのは予想だにしないことだったので心の準備が全く整っていない。幸い、化粧落ちはしてないし、口臭の心配もなさそう。
セーフセーフ。
さておき、取り敢えず急がなきゃ、モタモタしていたら彼が他のレジに移動してしまうかも知れない。
5年間のレジ業務の経験で、ほとんどの商品のバーコードの位置は記憶している。
新商品でも長年の勘で瞬時に位置が発見できる。自慢にもならないけど。
そして商品を扱うときは必ず両手、重たい商品で軽い商品を潰さないように順序を考えながら、迅速かつ慎重にスキャンする。
希に神経質で几帳面なお客さまからクレームをいただくことがあるので、決して乱雑に扱ってはならないのである。
横目で彼の姿を確認しつつ高速モードでスキャンしていても、お年寄りは会計時にお金を出すまでに時間が掛かってしまうので、一時中断しなければならないこともあるが、今は幸いにもスムーズにレジが進むことができている。
次の次が彼の順番。
小学校のときのフォークダンスで好きな男子の順番が回ってくるまでのドキドキ感を思い出した。
好きな男子の順番の寸前で曲が終ってしまうような事態にならぬようにと祈る。
彼の順番がやってきた。
前のお客さまの買い物かごを片付け、無意識につま先から身体全体が彼の真正面を向いていた。
「いらっしゃいませ」
ここぞとばかりに彼の顔をしっかりと凝視しつつ目を合わせた。
一瞬ではあったが彼も目を合わせて軽く頭を下げてくれた。なんとなく彼の目が優しく笑っているように見えた。
なんてカッコいいんだろう、このまま見惚れていたい。
しかし今は仕事中、周りを見渡すと黒山の人だかり、真横には先輩が会計係をしているし、防犯カメラで監視されている状況なのだ。
なによりも仕事優先、恋心なんて論外、今の私は接客のプロなのだ、と自分に言い聞かせる。
なるべく彼に近づきたいのでレジ台にピッタリとくっつきながらスキャン作業をした。
彼からとても良い香りがする。初めて会ったときと同じ香り。
清潔な男性なんだな。
もっと長い時間、彼の香りを嗅いでいたいし、近くにいたいから、バレない程度に、ちょっとスローで作業をしてしまったのはお許しを。
次はいつ私のレジに来てくれるか分らないし、もうニ度と会うことが出来ないかも知れないから、ごめんなさい。
彼の持ってきた商品のスキャンを終え、お別れの時間が来てしまった。
「では、お会計の方へお願いいたします」
とマニュアルどおりの言葉を添えた。
彼が出口から消えるまでの姿を見届けたかったが、混雑中の今そんな余裕はなく、次のお客さまに集中した。
お昼すぎ、お客さまが少なくなったので従業員は交替で食事休憩に入る。
社員食堂でうどんを食べながら、彼のことを思い出した。
彼の目はとても優しく吸い込まれそうで、ずっと見つめていたかった。
そして、今日はトイレットペーパーとお菓子を買っていかれたが、お菓子はお子さんへのおみやげなのかな?
左手薬指に指輪はしてなかったけど結婚なさっていないのかな?
でも日曜日のお昼に独りでスーパーに来店されたけど、普通は奥さんといっしょなんじゃないかな?
単身赴任?バツアリ子持ち?
そもそも、あんな素敵な男性を女性が放っておくわけないよね、確実にパートナーがいるよね?
そんなモヤモヤを抱えながら午後の仕事に向った。
つづく。




