05話 竜の戦士
「ここまで……来れば、大丈夫、だろ」
王都の人口密集地帯。
複雑に入り組んだ道を進むと、貧困街へ繋がる下水道がある。
その脇は死角が多い。
さらに、下水の匂いや下水道を通る貧困者を嫌う者が多いため、あまり人が寄り付かない。
下水道が造られたのは結構最近だが、衛生的な問題が残されたままだ。
あまり長い時間、ここにはいたくない。
「ったくアイツら!
俺を敵だと思いやがって……!
敵を倒したのは俺なのに!」
左手の甲の竜の紋章に意識を集中させると、身体の変化が終わった。
つまり、元の姿に戻ったということだ。
手足からつま先までをよく確認し、なんなら顔や股間まで触って、元に戻ったことを確認する。
「よ、よし。
元に戻った……
俺があの戦士だってバレたら、大変なことになるな」
あらぬ疑いをかけられている現状、バレたら極刑だろう。
城に連れて行かれて、国民の前で死刑にされてもおかしくない。
「俺は正義のために戦ったのになぁ……
まぁでも、これでもうだいじょ――」
「貴様があの竜の戦士か」
「えっ!?」
振り向くと目に入ってきたの王立騎士団の鎧。
銀をベースに青で装飾された鎧が光に当てられよく目立つ。
変身状態で走っていた俺に、追いついた者がいたということだ!
「あっ、いや! 多分それ、あの。
その、それはこう、なんていうか、見間違いとかで……!
ほらなんか幻覚とか? そう! 幻覚がアレでコレなんでs」
「安心しろ、私は敵ではない」
テンパっていた俺に、案外優しい回答が。
騎士が兜を脱ぐと、美しい銀色の髪の毛が風に揺れた。
騎士は、女だった。
「私は王立騎士団のリース。
貴様があの怪物と戦っていたところを目撃した者だ」
凛とした目。
美しい銀色の髪の毛。
そして、見るものを虜にする美貌。
「す、すげぇ……」
「……?
なんだ?」
「あぁ、いやなんでも!
てか、その『貴様』って呼び方やめてくれよ」
「む、すまない。
名前は?」
「ノア。
ノア=アルカ」
「そうか。
ではノア。
私と一緒に来てくれ」
そう言うとリースは俺の首根っこを掴み、歩き始めた。
半ば引きずられるような形で、俺はどこかへと連行される。
っていうか大人1人を引っ張る力ってなんだ!
「いてててて! いて!
ちょっと! 痛いって!」
「すまない。
できるだけ急ぎなのだ」
5分ほど引っ張られていると、小さな家の前でリースが止まった。
革の袋から鍵を取り出すと、部屋の扉を開けて中に入る。
「奥に階段がある。
2階へ行っててくれ」
「あぁ、わかったけど……
ここは?」
「私の家だ」
「え?」
リースの……家?
なんで俺はそんなところに連れてこられたんだ?
思考が追いつかないまま止まっていると、急にリースが鎧を脱ぎ始めた!
鎧を脱ぐのには流石、慣れているご様子。
凄まじいスピードで露出度が上がっていく。
「ええええ!?
ちょっ! え、なんだ!?」
「帰ってきたのだから、着替えるのは当然だ。
だから2階に行っててくれと頼んだのだが」
「言葉が足りないんだよ!!」
俺は大急ぎで階段を登って、2階へ走った。
2階には部屋が2つあり、1つは武器や予備の鎧などが置いてある倉庫のような部屋。
もう一つは、沢山の本と地図。それに色々な生物の部位の標本が置いてある部屋だ。
「な、なんか不気味……だな
女の子の部屋とは思えない」
「不気味で悪かったな」
いつの間にか、後ろにリースが立っていた。
着替えは終わったようで、普段着になっている。
「ええええいや、別に、そんな」
「まぁ、それはどうでもいい。
これを見てほしい」
リースは沢山の本の中から一冊を選び、手渡す。
装丁がボロボロで、古く、何度も読まれたものであることが推測できる。
タイトルは『光竜伝説』
「……これは?」
「それをめくっていけば、わかる」
「……?」
恐る恐るページをめくっていく。
内容としては、太陽が滅びる前の話。
遥か大昔にも、世界の危機が訪れていた。
闇が世界を覆い尽くし、文明が滅びそうになった。
その時、光る紋章を持つ4人の戦士が立ち上がり、光の力で世界を照らした。
諸悪の根源である怪物を倒し、世界に平和が戻った。
「あれ……これ」
光る紋章を持つ4人の戦士。
その中の1人の紋章と、俺の左手の紋章が一致している。
「やはりそうか。
ノアはこの本に描かれている、伝説の戦士の1人なのだな」
「いやいやいや、伝説って!
そんな、急に言われても……」
「この本には、大いなる闇が蘇る時、戦士も再び現れると書かれている。
それを裏付けるように、怪物が現れた時、戦士であるノアが現れた」
「いや……まぁ、そうだけど」
「そして、役割を終えた戦士の紋章は、後世に引き継がれる」
左手の紋章を見ると、緋色の光を放ったまま消えていない。
この紋章が消えていないということは、つまり。
「まだ、敵が来るってことか?」
「そういうことだ」
リースは頷いた。
そして、生物の標本から1つを選び、見せてきた。
「この鱗を持った怪物を探している。
伝説の戦士であるノアなら、わかるかもしれない」
手にとって見てみると、不気味な紫色をした鱗だった。
魔法の加護でも受けているかのように、光を曲げて反射している。
「……いや、見たことない。
ごめん、力になれなくて」
「いや、仕方ないことだ」
リースは標本を元に場所に戻し、ため息をついた。
「私の父さんが、10年前に殺された。
この鱗を持った、怪物に」
「えっ……」
「私は、父と共に食料を探しに森に来ていたんだ。
食料を探しているうちに、父とはぐれてしまってな。
父の悲鳴が聞こえたから戻ってみると、もう父は殺された後だった
母は若い内に亡くなっていたから、それから私は災厄孤児になった」
「そんな……」
「私が見たのは、暗闇に光る目だけ。
現場に残されたこの鱗が、唯一のヒントなんだ」
「もしかして、リースが騎士になったのって」
リースは力強く頷いた。
目に涙が浮かんでいるが、力強く、凛々しい目だ。
「私は力を欲した。
父の仇を倒すための力を。
そして、騎士団に入って修行をして、少しは強くなったつもりだった」
でも、とリースは言葉を止めた。
「私は、怯えてしまったのだ、あの怪物に。
ノアが戦っている時、足がすくんで何もできなかった」
「リース……
俺の戦いを見ていたのか」
「すまない、こういう話をしたいわけではなかったのだ。
でも、私自身が不甲斐なくてな。
民を守るのが、騎士の役目なのに。
でも、まだ見てしまうのだ。
父が殺された森を、1人彷徨う夢を」
俺は何も言えなかった。
俺も、あの時力がなければ、きっと何も出来なかった。
たまたまなのだ。
たまたま、俺がこの力を得たから。
しばしの沈黙が、部屋を支配する。
その沈黙を破ったのは、外から聞こえた悲鳴だった。