40話 その剣は宿命を貫く
「イっちゃたわねぇ。
本当に二人だけで私の相手をするのぉ?」
蛇の下半身を持ち、女性の上半身を持つ異形の怪物は言った。
蛇の部分と、それに繋がる女性の腰部には、紫色の不気味な鱗が生えている。
かつて見た、不気味な怪物の姿と重なる。
私が持っていた唯一の手がかりである鱗と、全く同じもの。
「ま、いいんだけどぉ……」
そう言って怪物は指を鳴らした。
同時、辺りが赤紫色のフィールドに包まれた。
空に浮かぶ黒き太陽は、相変わらずだが。
「……これは?」
「邪魔者が入ってこないためのシールドよぉ。
雨も雪も太陽の光も……ここに入ってこない。
あっ、でもクロちゃんだけは特別ね
あの子が落ちてくるのはどうにもできない」
「……ふざけた奴だ。
ソフィア殿。
私が前衛になろう。
支援を頼む」
ソフィア殿は頷く。
今の私は支援魔法で強化された状態にある。
ただの人間であった私は、一度たりとも異形に勝てたことはなかった。
でも、今ならきっと。
「いくぞ……!」
全身の筋肉をバネのように使い、駆ける。
父の仇、クイーンの前に迫った。
剣を振り抜くが、寸前で躱される。
見切られている……?
「……なら!」
距離をとり、もう一度駆ける。
狙いを定め剣で連続突き。
流石にこれは避けられないようだが、避けられる攻撃は全て避け、受け流し、ダメージを最小限におさめている。
私の経験則で言えば、こういうタイプは相当厄介だ。
的確に私の弱点を見つけてくるし、そうすれば私に勝ち目はない。
一度見切られた攻撃は当たらない、確実に。
一旦距離を取り、体勢を整える。
視界の端でソフィア殿を見ると、下を向き目を瞑って瞑想。
両手に魔法陣を展開していた。
顔を上げ、目を開いた瞬間、私は地面を蹴りつけその場を離脱する。
この脚力、素晴らしい。
強化魔法の力を身をもって体験した。
「セフィラトルネード!」
離脱した瞬間、ソフィア殿が攻撃魔法を放った。
光り輝く結晶を纏った竜巻が2つ発生し、クイーンを襲う。
クイーンは防御姿勢をとり、すかさずガード。
しかし、範囲攻撃魔法である以上防御は難しい。
防御していても無駄だと思ったのか、クイーンはガードを解き、魔法を使っているソフィア殿を標的にする。
身体をくねらせ一瞬で距離を詰めてくる。
しかし、支援者が標的にされることなど、読めないわけがない。
クイーンが爪を振り下ろす瞬間には、私はソフィア殿の前に立っていた。
剣で攻撃をガード。奴の攻撃は届かない。
「リースさん!」
「大丈夫だ。
そのために、私がいる」
脚の力を全開。
攻撃を弾き返し、ソフィア殿と共に後方へ離脱。
クイーンと私たちはお互いに体勢を整えなおした。
「ふぅ~ん……
なるほど、そういう感じなんだぁ」
クイーンが唇に指を当てて言う。
妖しく嗤い、こちらを見た。
「何がおかしい」
「んーん。
何もおかしくなんかないわよぉ」
両腕を後ろで組んでまるで思春期の女性のような振る舞いをする。
余裕……奴が抱いているのはまさしくそれだ。
「余裕なのは今のうちだ。
すぐに私とソフィア殿が貴様を冥府に送ってやる」
「あら、こわ~い。
でも、私の元カノちゃんはともかくぅ。貴方に私が攻撃できるかしら?」
クイーンはさらに妖しく嗤った。
髪の毛……いや、蛇の毛か? をくるくる指で回している。
「どういう意味だ」
「私ぃ、思いだしたの。
貴方のお父さん?を食べた時のこと。
それから……」
クイーンが構える。
釣られてこちらも構えた。
「貴方のお母さんのこと」
言葉が聞こえた瞬間、奴は目の前にいた。
気がつけば腹部に強烈な一撃を受けており、身体のあちこちをぶつけながら転がり、吹き飛ぶ。
視界の急回転で酔う身体に無理を言わせ、立ち上がる。
「あら、以外と強い子ね。
元カノちゃんの魔法のおかげかしら?」
「黙れ。
貴様にきく口などない」
「怖い怖い。
でも、ここからは私も本気よ」
クイーンが魔法陣を展開する。
戦闘態勢をとるが、すぐに魔法陣が消えた。
「……何?」
瞬間、巨大な蛇が2匹、私の真下の地面を突き破り現れる。
避けきれず攻撃を受けた。蛇の目標は私ではない。
ソフィア殿がすかさず防御魔法を展開。
バリアが生まれる。
しかし、蛇はソフィア殿のバリアを貫通し、ソフィア殿を攻撃した。
「きゃぁっ!?」
「!?
ソフィア殿っ!?」
すぐに救援に向かうが、今度は別の蛇が三匹、地面から姿を現した。
各々に対応している暇などないが、これでは進めない。
地面から現れる蛇を斬り、進み、現れる蛇を斬り、進む。
何回斬っても蛇は現れる。
「……これでは埒が!」
前の蛇に気を取られていると、背後からも蛇が出現。
防御が間に合わず一匹の攻撃を受けると、サイクルが生まれ、周りに現れた蛇から攻撃を食らう。
袋叩きとはこのことか。
全方向から攻撃が押し寄せる。
「り、リース……さん!」
ソフィア殿の周りにも蛇が。
同じように攻撃されているのか、はたまた拘束されているのか。
私自身が攻撃されているので、確認のしようがない。
攻撃が止んだ時には、体の感覚が一瞬無くなっていた。
ふとした瞬間に、身体が感覚を取り戻す。
激しい痛みが全身を支配する。
「ぐ、ああ……」
視界が歪む。
猛烈な吐き気と冷や汗。
呼吸のサイクルが合わない。
それでも何とか、立ち上がる。
「毒にやられたのねぇ、可愛そうに。
もう少しで貴方、死んじゃうわよ」
「こ、こんなところで……倒れて……!」
「あぁ……その顔、すごくイイわぁ。
冥府の土産に、イイこと教えてあげる」
「……結構だ」
「あら、気にならないの?
貴方のお母さんのこと」
「大方……母を、殺したのも……貴様なのだろう……?
それくらい、読めているさ」
「違うわ。
そもそも、時系列を整理してみればわかると思うけどぉ。
私が貴方のお父さんを殺した時、すでに私はソフィアちゃんと一緒だったのよ?」
「罪をなすりつける……か……
とことん、性根が腐っているようだな……!」
「頭がお硬いわねぇ。
確かに、貴方のお父さんを殺したのは私よ?
でも、貴方のお母さんを殺したのは、貴方のお父さん」
「……なん、だと?」
クイーンの言葉に動揺した瞬間、心臓に痛みが走った。
立っていられないほどの痛みが断続的に続く。
膝を付き、胸を押さえる。
「私がソフィアちゃんと一緒になった後。
偶然辿り着いたのが、貴方の育った村。
黒の渦のせいで食料は不足して、みーんな飢餓状態だった。
食べ物のために人身御供……なんてのも、あったほどにね」
「……き、貴様……!」
「私のせいじゃないわよ。
これはぜーんぶ、貴方たち人間の罪。
村人は自分が生き残るために人を殺し、食って、殺し、食って、殺した。
でも、最後まで抵抗していた人がいたのよ」
クイーンがゆっくりと近づいてくる。
私の喉に爪を当て、すぅっと顎にかけてを撫でる。
「それが、貴方のお父さん。
貴方のお爺さんが、お婆さんが、そして母親が。
みーんな狂って人間を食べても、どんな極限状態でも、人を食いはしなかった。
死んでいく人々のこと、村のこと、全てを隠し、貴方の前では笑っていた」
優しく語りかけてくるクイーン。
その言葉は、まるで母親のような暖かを持っていた。
彼女が私を包み込み、私以外の存在から守ってくれるような、そんな。
「ついに、貴方のお母さんは、貴方と食べようとした。
それを防ぐために、貴方のお父さんは、お母さんを殺したの。
泣きながら、ね。
全部見てた私は、もう、悲しくてね」
「いつか、貴方の家族は全員殺してあげようと思ったの。
あの世で一家団欒できるように」
彼女の言葉は薬のようだった。
気づけば胸の痛みはなくなっている。
思考が低下し、まるでお酒に酔ったかのような感覚だ。
「私が貴方を守ってあげる。
暗い世界から、人生から、他者から、魂から。
貴方を嫌うものからぜーんぶ、守ってあげる」
クイーンが手を差し出す。
差し出された手、あの日私が一番ほしかったもの。
私は、ここでようやく――。
「……私は、ここでようやく。
貴様を討つことができる……!」
クイーンの腕を掴み、引き寄せる。
一瞬の出来事に驚き、クイーンの反応が遅れた。
剣がクイーンの腹部に突き刺さる。
「きゃああああああああっっっ!!!!!?????」
悲鳴を上げるクイーン。
腕を振り回し、怪力で私を投げ飛ばす。
「よくも……この私に……!!!」
巨大な魔法陣を展開するクイーン。
このレベルの魔法は詠唱破棄などできないだろうし、魔法陣の展開にかかりきりになる。
私のような弱った敵を、確実に消し飛ばすなら問題ないだろう。
しかし。
「……ソフィア殿!!」
「行きます……!」
突然、辺りに光が満ちた。
閃光―― それに驚き、クイーンはソフィア殿の方を向く。
「スペラ・スパーダ・インヴェルノ……!」
エネルギーの塊とも言える、巨大な剣。
渦を巻き、螺旋を成し、その一撃がクイーンを貫いた。
「そ……ん……
こ……わ……わ……だって……」
真っ黒の、灰になってもまだ動くクイーン。
醜い老婆の姿になったクイーンは、よろよろとこちらに歩きながら、手を伸ばした。
「また会おうことがあるなら。
次は冥府だ」
剣で一刺し、クイーンを貫く。
伸ばした手は虚空を掴み、やがて動かなくなった。
灰になったクイーンはサラサラと風に流され、世界から消える。
「や、ったか……」
最期の力を振り絞った。
手に力が入らず、剣を落とす。
視界が傾向いたかと思うと、私自身が倒れていた。
「リースさん!!」
ソフィア殿が駆け寄ってくる。
即座に魔法陣を展開し、回復魔法を発動した。
「……ソフィア殿、私は助かるのだろうか」
「助かります、助けます。
だって私はハイエルフ……!
伝説の戦士のハイエルフ……!
こんなこと、なんともありません!」
そういうソフィア殿も、相当身体がキツそうだった。
蛇の攻撃を受けた後、自分のエネルギーを使い果たすレベルの魔法を放っている。
身体への負担は凄まじいはずだ。
「絶対……私が、助けます……から……!」
「そうか……
それは、助かるな」
ふと空を見ると、黒き太陽がはじけ飛ぶのが見えた。
空を覆っていた闇が晴れ、太陽の光が世界を照らす。
「……光、か」
お父さんのこと、母のこと、村のこと。
全てきっと真実だと思う。
しかし、私はそれを乗り越えてゆく。
闇がもたらした悪夢。
それが、世界の全てを変えてしまった。
だからこそ、私たちは立ち向かい、振り払わなければならない。
「ソフィア……殿。
光、が……見える」
「……私にも、見える。
光が……」
輝きに意識を落とした瞬間。
暖かな光が私たちを包み込んだような気がした。




