38話 輪廻の果て
レストレア王城は、変わり果てていた。
到るところに人だったものたちが、石になっている。
静寂の中、黒き太陽の上げる唸り声だけが響く。
まるで、この世界から人がいなくなったみたいに思える。
ヴァイトは、ガルターは、ソフィアは、リースは、カーミラは、ジョンさんは。
みんなどうなっただろう。
不安に心を支配されそうなる。
でも、ここで迷っているわけにはいかない。
一刻も早くルクスを止めなければ、世界は滅びる。
城門を開き、王城の中へ。
仰々しく姿を変えた城の中を進み、玉座の間へ行くと、奴はいた。
ルクスは、臓器を連想させるような玉座に座っていた。
俺に気がつくと、ゆっくりと立ち上がる。
ぬちゃりと音を立てる玉座。
吐き気を抑え、心を律する。
「悪趣味な椅子だな」
「元はこの国を統べていた者の成れの果てだ。
いいものだろう」
「……わからないな。
お前は何で……そんなことを平気でできるんだ!」
「そうだな。
簡単に言えば、人間の言葉で言う本能だ」
「本……能?」
ルクスは翼を開いた。
冷たい風が辺りに流れる。
「動物は、異性を見つけ、子を生し、自らの種を増やすだろう?
我は違う。
生物を見つけ、根絶やしにし、世界に存在する全ての種を滅ぼす。
そういう本能なのだ」
「わかり……あえそうにないな」
「驚いたな。
わかり合おうとしていたのか。
世界を滅ぼそうとする、この王と」
「……変身!!」
紋章の力を開放し、変身。
真の姿になり、剣を召喚する。
「懐かしい姿だ。
先代を思い出す、勇敢な姿だ」
「余裕を……!」
剣を構え走る。
今の俺はソフィアの支援魔法を受けている。
自分でも驚くほどのスピードでルクスの背後に回り込み、剣を振るう。
しかし。
「少しは楽しめるかと思ったが……残念だ」
超スピードの中、ルクスの声が妙にゆっくりと脳内に響きわたる。
すでに身体は動き、剣を振り下ろしている最中。
なのに俺は、ありえないほどの恐怖を感じた。
そして気がつけば、俺の肉体は吹き飛ばされていた。
壁にめり込み、身体が軋む。
何が起こったのか、見えなかった。
身体で感じることができたのは、壁にめり込んでから。
激しい痛みが全身を駆け抜けたかと思うと、鈍痛がじわじわ身体の内側から突き上げてくる。
「何が起こったかわからない。
そういう顔だな」
「……ルクス!!!」
「この世界は判断を間違えた。
もう終わりにしよう」
ルクスはそう言うと、指を鳴らした。
雷鳴が轟き、雨が降り始める。
もちろん、ただの雨ではないことくらいわかる。
「この雨はやがて世界を飲み込む。
生物は全て水に還り、1つとなる。
自然も、文明も、空も、海も、大地も亡き世界へ変わるのだ。
素晴らしいことだろう?」
「いい感じのセリフを言えばいいってもんじゃないだろ……!
お前がやってることが、どういうことか……」
「……そんなものはどうでもいいだろう?
話しても解決などしない。
在るべき世界を壊す。
それだけなのだからな」
「ルクス……
お前だけは!!」
壁を破壊し勢いをつけると、飛び込むようにルクスに飛びかかる。
今度は攻撃されなかった。
しかし、ルクスの周りに謎のバリアが発生し、俺の攻撃は届かない。
「フルゴール」
ルクスは言う。
バリアが光りを放ち、吹き飛ばされた。
地面を転がり体勢を崩したところに、巨大な黒い槍が俺の頭上に召喚される。
「クラーロ・デス・ルーナ」
ルクスの攻撃魔法。
寸前で躱すと、今までいた場所に歪みが発生する。
黒い渦が発生し、今いた場所そのものを吸い込んだ。
音も立てず、そこからは何も無くなり、穴だけが残る。
「遊んでいては、この王を倒すことはできない」
「俺は必死だ……!
わけのわからない攻撃ばっかいしやがって。
全力でやってやる!」
力を温存していても勝てない。
このレベルで実力差があると、時間稼ぎさえもきっとできないだろう。
ヤツが本気を出せば、一瞬でやられる。
なら。
剣にほぼ全てのエネルギーを集中させる。
緋色の光が収束し、一刃の巨大な剣を作り上げた。
「……ふん」
王は手を広げ、攻撃を受け入れる体勢だ。
どこまでも、俺をバカにしている。
いや、仕方ない。
ここまで差があると、正直思っていなかった。
俺自身、自分の実力を過信したわけじゃない。
それ以前の、もっと別次元の話。
「うぉぉぉおおおおおお!!」
緋色の剣を振り上げ、放つ。
巨大な刃は真っ直ぐルクスへ振り下ろされた。
轟音と共に粉塵が舞い上がる。
「……つまらない。
小細工などしなければ、受けてやってもよかったというのに」
俺は攻撃の直後、ルクスへ向かって走り、全力の突き攻撃を放っていた。
緋色の刃はいわば囮。
当たればラッキーくらいの攻撃で、本当は突きに全てを賭けていた。
俺を舐めているならやれる。
そう思ったのだ。
しかし、俺の攻撃は当たらなかった。
緋色の刃は消滅し、俺の全身全霊の突きはルクスの左手の甲で止められていた。
1ミリも、剣は動かない。
「さよならだ、そして、ありがとう。
フルゲオウ」
ルクスの手の甲から紋章が現れる。
伝説の戦士の紋章と似たそれは、俺の腹部へ当てられると、渦を巻き消滅。
瞬間、景色が回転。
俺の身体は回転しながら吹き飛ばされ、壁を突き破り城の外へ。
豪雨が降りしきる外は、完全な闇に閉ざされていた。
ついさっき降り始めた雨は、すでにレストレアの街を飲み込もうとしている。
水位は目に見えて上がっていく。
「だ、……駄目だ。
ルクスを……止めないと……」
水に浮かびながら、身体を動かそうとする。
手を黒き太陽に伸ばすが、今にも意識が飛びそうだ。
「……まだ生きているか」
ルクスが、すぐ近くに立っていた。
水面に足をつけて、浮くように。
「ま、だ……
死ね、る……かよ……」
変身が解除され、元に戻る。
途端、急に身体が重くなった。
「……君は、自分の人生というのを思い出せるか?」
「……?」
突然のセリフに、俺の思考は停止した。
走馬灯を見ろ……とでもいうのか?
そんなジョークが言えるヤツじゃないはずだ。
「……君に教えよう。
本当の光竜伝説を。
そして、君のことを」
ルクスは再び指を鳴らした。
すると、俺の意識は頭の上から突き抜けるように闇を越え、空を越え、星を越え、宇宙を越えた。
ぐるぐると変わる世界の中、1つの世界へたどり着く。
それは、遥か昔の、この世界だった。




