37話 嘆川
ソフィアの支援魔法のおかげで、俺たちは疲れ知らずで走ることができていた。
足の速さも、変身していない状態で、変身状態と同じくらいの速さ。
やがて俺とカーミラは、黒き太陽の直下にやってきた。
金属が軋むような、不気味な鳴き声を上げながら太陽は落ちてくる。
「……さて、ノアよ。
お主に協力してもらうこと。
それをまだ話していなかったのう」
「あぁ。
カーミラ、俺にできることなら、なんでもする」
「そんな大層なことではない。
少しばかり、血を分けてもらいたい」
「血……?」
「そうじゃ。
妾たちヴァンパイアは、多種族の血を吸うことでパワーアップできる。
一時的なものじゃが、太陽を壊すとなればパワーアップは必須じゃ」
カーミラは自分の牙を見せた。
鋭く尖った八重歯が、二本生えている。
「素朴な疑問だけど、何で今まで使わなかったんだ?」
「パワーアップできるのは、あくまで”力”
肉体そのものが強くなるわけではないのじゃ。
つまり、強化しすぎると、耐えきれなくなった身体が……」
手で爆発する動作をするカーミラ。
なるほど、と相づちをする。
ザサンの時のように、土壇場でこの能力を活かすのは難しい。
しかし、前もって驚異がわかっている状態なら、能力を活かすことができる。
「さて、時間もない。
早速じゃが、血をいただくぞ」
「あぁ、わかった。
どうすればいい?」
「首筋からいただく。
もっとかがんで……そうそう、そうじゃ。
では、ゆくぞ?」
「お、おう」
頷くと、カーミラの吐息が首筋にかかった。
濡れた息が、生ぬるく背筋を舐めるような感覚。
やがて鋭い痛みが走った。
牙が首に刺さったのだろう。
ゆっくり、ゆっくり、血が吸われていく。
不思議と、血が抜けているような感覚はない。
ただ静かに時間が過ぎてゆく。
どれくらい経っただろう。
充分な血を吸ったのか、カーミラは牙を抜いた。
「ふふ、人生で初めて血を吸った。
いいものじゃな、これは」
「は、初めてだったのか……?」
「あぁ。
ヴァンパイアが血を吸う相手は特別。
生涯の伴侶や、忠誠を誓った者などに限られるからのう」
「え、は、え!?
それ、え、それ大丈夫なのか!?」
「慌て過ぎじゃろお主、
まだ若いのう。
緊急事態じゃ、しょうがない」
カーミラは不敵な笑みを浮かべる。
……本当に、しょうがないのか?
なんか裏がある気がする。
「……さて、本気の本気を出すとするかの」
カーミラが紋章の力を開放させると、今までに感じたことがない力が解き放たれた。
気を抜けば吹き飛ばされそうなほどの波動を放ち、カーミラは変身する。
完全体。
さらに言えば、鎧自体が小さくなっており全体的な露出度が増している。
目が真っ赤に光り、頭部には角。
背中には竜の翼が生えていた。
「ふふ、この力はとんでもないのう。
ソフィアの支援魔法も効いておる。
今にでもエネルギーが爆発してしまいそうじゃ」
「だ、大丈夫なのか……?」
「あぁ、問題ない。
ノアよ、ここから先は、妾1人でやらせてもらえぬか?」
「え?
俺も手伝わなくていいのか?」
「手伝ってほしくないと言えば、嘘になる。
じゃが、現実的に考えてお主が妾を手伝うのは無理じゃ。
この力を一度開放すれば、妾は止められぬ。
それに、もしかしたらお主を消滅させてしまうやもしれんしな」
「……そういうことなら。
わかった、俺はルクスのところに向かう」
カーミラが黒き太陽を破壊すれば、ルクスは弱体化する。
そうすれば、奴に勝てるかもしれない。
「安心せい。
終わったら妾も向かう。
お主1人に背負わせんよ
あのネコ坊主とて、同じ考えじゃろう」
「……ありがとう」
「行くがいい。
また、未来で会おうぞ」
「あぁ……!」
俺はカーミラにこの場を任せ、走り出した。
しばらくして、後方から凄まじいエネルギーが解き放たれるのがわかった。
どんどん上がる力に、俺は身震いする。
あれが、本気のカーミラ。
「……俺も、やれることをやらないと」
ヴァイト、ガルター、ソフィア、リース、カーミラ。
それぞれ皆が、それぞれの想いを胸に戦っている。
俺も、その1人だ。
だから、走る。
ただ一直線に、ルクスのいる城へ。




