35話 滅亡への幕間曲
喫茶店の扉を叩く音がした。
間もなくして、髭面の騎士が入ってくる。
俺とヴァイト、カーミラ、ソフィアの4人は、それを見つめる。
髭面の騎士……ガルターは俺たちを見回し、言った。
「君たちに、言わなければいけないことがある」
ガルターは俺の方を一瞥したが、何も言わなかった。
ゆっくりと、口が開く。
「まもなく、太陽が堕ちる」
その言葉に、全員が言葉を失った。
何を言っているかわからない。
いや、わかったとしても、信じられないからだ。
「ど、どういうことじゃ!
太陽が落ちるというのは!」
「・・・話せば長くなるが。
少し時間を遡らせてもらう」
ガルターは革鞄から、何かの物体を取り出した。
それは途中から折れており、何かの一部であることがわかる。
「これは、街に現れた怪物の一部だ」
「こりゃ、あのカマキリ野郎のカマだな」
「俺が折ったヤツだ。
騎士団が回収してたんだ」
「現場でこれを見つけて、回収した。
そして、これを研究した結果。
この部位が保有している性質が、既存の生物のものとほぼ一致した」
「ほぼ、ということは、何かあるのじゃろ?」
ガルターは頷いた。
「あぁ。
ただ違うことがあるとすれば、人工太陽に含まれる特殊な粒子が、このカマにも」
「つまり、この粒子と生物が反応すれば」
「怪物が生まれるってわけじゃな……」
ヴァイトとカーミラが頷く。
人工太陽が、怪物を?
「ま、待って!
人工太陽って、光人様から授かった知識で、作ったんだよな?
じゃ、じゃあそれって……!」
「もしかすると、我々人類を助けるふりをしていたのかもしれない。
真相はわからないが、人工太陽の粒子が生物を変化させたのは確かだろう」
「それはわかった。
で、なんで太陽を落とすんだよ」
「王国評議会の裏で行われている、世界会議。
そこで出た結論は、人工太陽の可動を停止させること。
そして、太陽の、復活」
「た、太陽の復活ぅ!?」
ヴァイトが声を上げた。
ガルターはそれを見ても動じない。
「太陽の活動は、たしかに今停止している。
しかし、爆発的なエネルギーを太陽にぶつければ、活動を再開させられるかもしれない。
それが世界会議での決定だ」
「何も人工太陽を落とさなくてもいいだろうが!」
「・・・あの光が、もし人間を変化させたらどうだ?」
「……!」
「もし、人間が変化したら、世界の終末は避けられない。
このままでは世界の終末を待つだけ。
なら、僅かな可能性にかけて、世界を救おうじゃないか」
ガルターの言葉に、皆が黙った。
しばらくの沈黙。
それを破ったのはカーミラだった。
「・・・で、太陽を復活させる作戦。
そして落ちてくる人工太陽をどうするか。
それが、まだ決まっていない。
そうじゃな?」
「……お見通しか」
「ある程度は考えればわかる。
しかし、なんとも危険な状態じゃな」
「方法はないわけではないのだ。
我輩は、作戦の一部を――」
ガルターが言いかけた時、喫茶店が揺れた。
というより、地面が揺れた。
「な、なんだ……!」
「みんな!
外に逃げて!」
ソフィアの誘導に従い外に出る。
周りの家の人たちも、皆外に出ていた。
「な、なんだってんだ……
地面が揺れるなんてよ」
ヴァイトが焦った表情を見せる。
ヒゲもあまり元気じゃない。
「……おい!
あれ!」
誰かが言った。
その言葉に呼応するように、全員が空を見上げる。
そこには、黒い不気味な塊が浮かんでいた。
「な、なんだありゃ……?」
レストレアの街から、黒い何かを吸い上げている。
徐々に大きく、不気味になっていくそれは、やがて黒い波動を発した。
そして、空が闇に包まれる。
「おい!
どういうことだ!」
「なになに、どういうことなの!?」
「わけわかんない!」
「嘘……なんで?」
街の皆がざわつく。
俺たちには、アレが大体何であるかわかった。
「おいチビガキ。
あの黒い玉が吸上げてるのってよぉ」
「言わずもがな、繭じゃ。
大いなる闇の復活は止められぬとクイーンは言っておったが、本当のようじゃな。
繭を破壊してもなお、か」
「こうは考えられない?
繭の核は別の所にあって、繭を破壊しただけじゃ駄目だったとか……」
ソフィアの言葉にカーミラは目を見開いた。
悔しそうな顔をし、黒い球体を見上げる。
「妾としたことが、その可能性を失念していた……!
繭の核……大いなる闇の分身ともいえる者がいる可能性を……!」
不意に、背後から殺気がした。
その殺気を感じ取ったのは、俺だけじゃない。
ヴァイトも、カーミラも、ソフィアも、ガルターも。
そして、街のみんなもそれを感じ取った。
一斉に振り向く。
そこには、俺と同じ黒い竜の怪物。
リュウビの姿があった。
一歩一歩ゆっくり、こちらに歩いていくる。
誰を襲うでもなく、ただただ歩く。
まるでそれは、孤独な王の凱旋。
「あ、あれって……!」
「怪物だ!
街に出た怪物!!」
「騎士団の精鋭を皆殺しにしたって……!」
街の人たちが言う。
その恐怖に満ちた顔を眺めるように、リュウビは歩いていた。
やがて黒い球体の真下まで来ると、ゆっくりと浮かび上がる。
リュウビはそのまま溶けるように黒い球体と一体化し、姿を消した。
リュウビと一体化した黒い球体が、形を変える。
不規則に動き、幾何学的な模様を描きながら、黒い球体は爆発した。
黒い球体があった場所に、何者かがいる。
黒い竜のような翼を持っているが、見た目はほとんど人間だった。
手足に竜の鱗のようなものが生えており、臀部からは竜の尻尾も生えている。
それ以外は、人間でしかなかった。
真っ白な髪の毛に、赤く光る目。
身長も俺とさほど変わらない姿。
「アレが……」
「大いなる……闇」
ヴァイトとカーミラは言葉を絞り出した。
そうでもしなければきっと、誰も、何も喋れなかった。
「聞け、この世界に生きるものよ。
我が名はルクス、ルクス・ステラエ。
この世界を滅ぼし、闇に染めるものだ」
大いなる闇、ルクスの声が響いた。
叫んでいるわけではないのに、妙にくっきりとその言葉は聞こえる。
「我は王だ。
この世界を滅ぼした後、闇の世界に君臨する王。
王に逆らうな。
王に屈しろ。
それが、この世界に生きるものの宿命だ」
「何言ってんだ!」
「ふざけるな!」
「俺たちの光を返せ!」
街の人々が声を上げた。
ルクスはそれを冷たい目で見ている。
「”俺たちの光を返せ”か
光を奪ったものの言う言葉にふさわしい」
ルクスは手を伸ばした。
すると、ルクスの腕を包むように、何重もの魔法陣が展開する。
「ルス・デス・ソル」
そう呟くと、ルクスの手に発生した光球から、いくつもの光線が放たれた。
光線は街の人々を貫き、貫き、貫き、貫く。
光線に貫かれた人間は、皆石のようになり、動かなくなった。
「……おい、冗談だろ」
「まさか、ここまでとはのう」
一瞬で、街の人々の半数が、石になった。
それを見た人々は、恐怖で声もあげれず、失神する者もいた。
「見ただろう。
この世界に生きるものに残された時間は、残り少ない。
世界を差し出すならば、生命だけは見逃してやる。
この世界の、懸命な判断を祈る」
ルクスは言った。
同時、人工太陽へ向けて魔法を放つと、人工太陽が禍々しい姿に変わる。
黒い塊から放たれるオーラは、ルクスへと流れていっていた。
「……竜の紋章を持つ者よ。
いや、この王自身とでも、言えばいいか」
ルクスは突然、俺を見て言った。
王……自身?
「君のおかげで、復活できた。
礼を言うぞ」
そう言い残し、ルクスは飛び去って行った。
奴が飛んでいった方向は、レストレア王城。
飛び去っていく様子を見たガルターは、武器を背負い、ルクスを追っていった。
残された空間には、静寂が残されている。
闇に包まれ、人工太陽がルクスの手に堕ちた今、本当に世界の終末は近づいている。
「……勝てんのか、アレによ」
「勝つんじゃ。
そうしなければ、明日はない。
いや、昨日すらないかもしれん」
「でも、あのルクスって……」
ヴァイトやカーミラ、ソフィアに不安が見えた。
かくいう俺も、ルクスの攻撃を見た時、ゾッとした。
勝てないと思った。
でも、アレが俺たちの倒すべき相手。
大いなる闇。
戦いは、すでに始まっている。
世界の終末まで、のこり2日。




