33話 精霊の戦士
真っ黒な空間に、私は1人立っていた。
私はそこから動かない、動けない。
立ってもいられなくて、膝をかかえて座り込む。
どうしてこんなにも暗い気持ちなのか、わからない。
考えれば考えるほど、身体は闇に沈んでいく。
私は誰?
どうしてここにいるの?
なんで、私1人だけ生き残ったの?
答えは簡単。
エルフの森が、怪物に襲撃された。
私は1人逃げたけど、怪物に見つかって、襲われて、死んだ。
怪物は私に取り憑いて、私は怪物になった。
私という自我を残して、怪物になった。
徐々に怪物を抑えきれなくて、私は自我すらも失いそうになった。
自分の名前も、わからなくなって。
でも。
「ソフィア!」
名前を呼ぶ声がした。
私の名前。
初めて、暖かさをくれた名前。
顔を上げると、そこには必死に私の名前を呼ぶ人がいた。
兜を被っていてもわかる。
それが、誰なのか。
「ノア!」
叫ぶ。
黒い空間にヒビが入った。
「私は……私は!」
あの日の言葉を思い出した。
『俺はどこにもいかない。
守りたいものが、いっぱいあるから』
私は最初、その言葉が理解できなかった。
でも、今なら理解できる。
守りたいもの、守るということ。
「私は……!」
手を伸ばし、ヒビの間から漏れる光に手を伸ばした。
とても、暖かな光だった。
「じゃ、邪魔なのよ!」
クイーンがカーミラの拘束を解くと同時、俺たちは吹き飛ばされた。
体勢を整える暇もなく、俺はクイーンに締め付けあげられる。
「よくもやってくれたわね……?
こうなったら、ただじゃ済まさないわよ……!」
ギリギリと尾が俺を締め付ける。
身体が悲鳴を上げ、凄まじい痛みが全身を駆け巡る。
やがてクイーンは尻尾を薙ぎ払い、俺を吹き飛ばす。
地面を転がり顔を上げた時、眼前にはすでにクイーンの姿があった。
爪と尾から繰り出される連続攻撃が絶え間なく放たれる。
「クリスタル……ネイル!」
カーミラが魔法陣を展開し、魔法を撃つ。
クイーンの背中めがけて魔法は放たれたが、バリアがそれを防ぐ。
「魔法陣がねぇのに、どうやって」
「詠唱破棄じゃ……
あそこまでの力を持って、それを隠しておったとはのう」
カーミラが膝をつくと、ヴァイトがそれを支えた。
「なんとか隙を見つけねーと、このままじゃ……!」
「わかっておる。
もしもの時は……妾が何とかしよう」
「そんなボロボロで言っても説得力ねーぞ」
「秘策じゃよ、秘策」
クイーンの攻撃が激しさを増す。
徐々に意識が遠のき、視界が歪んでいく。
この感覚は、何度目かだ。
自らの近くにある『死』という感覚。
それが足音を立てて近づいてくる。
「ソフィ……ア!」
「まだそんな小娘の名前を……!
忘れさせてあげるわ、そんな娘……!」
クイーンが爪を振り上げる。
トドメの一撃が放たれるその瞬間。
『ノア!』
ソフィアの声が聞こえた。
クイーンが動きを止める。
「な、なによ……この声は!」
瞬間、クイーンが胸を抑えて苦しみだした。
クイーンの身体から、霧のようなものが噴出する。
「ぐ、が……あああ!
なんで、なんで、こんなことが……!」
苦しむクイーンを、優しい緑の光が包み込んだ。
光が収束すると、そこにはクイーンと、クイーンから分離しらソフィアの姿があった。
「ソフィア……!」
「ノア……!」
俺に駆け寄るソフィア。
強く抱きしめ、幻じゃないことを確認する。
「よかった、ソフィア……
無事だったんだな」
「ノアの声が聞こえた。
私を呼ぶ声が、ずっと。
だから私は、ソフィアとして、ここにいることができる」
「よかった……
ジョンさんに、お礼、言わないとな」
「帰ったら、ちゃんと言わないとね」
会話を交わしていると、クイーンが体勢を整えた。
その姿は先程までとはうって変わり、上半身の女性が半分溶け、グロテスクな姿になっている。
「なぜ……なぜお前が!
私を!」
「クイーン……!
私は、貴方を許さない!」
ソフィアの胸部。
緑色の紋章が光る。
「変身!」
ソフィアの身体が光に包まれた。
精霊の力を宿した、美しい鎧に身を包んだ戦士の姿が、そこにはある。
「四人目の戦士……
ようやく、全員揃ったってわけだな」
「じゃな……
ようやく、全員じゃ」
ソフィアは一歩一歩、クイーンに近づく。
覚悟を決めた、戦士の姿。
「く、来るなああ!」
クイーンが尾を振るう。
「……プロテクション!」
バリアがソフィアを包み込み、クイーンの攻撃を防ぐ。
何度攻撃を受けても、バリアは壊れない。
「ヴァリアブルミラー!」
バリアが形を変えた。
クイーンの攻撃を吸収すると、それをそのままの威力でクイーンに跳ね返す。
「な、なんで!?
そんな魔法……使えなかったはず!」
「トルネードアロー!」
旋風を巻き起こしながら、魔法の一矢がクイーンを貫いた。
ウィンドアローを遥かに越える威力だ。
「そんな……嘘……嘘よ!
私がこんな小娘に……!」
「……ヴァルキュリア」
ソフィアがそう呟くと、緋色の光がソフィアを包む。
光が収束すると、天使のような羽を生やしたソフィアが宙に浮かんでいた。
「……私にも、守りたいものがあるの。
私が貴方と分離できたのは、多分」
「守る……?
そんな陳腐なもので、私が……!?」
「私を生き返らせてくれたことは感謝してる。
でも、私は貴方を許さない」
「小娘が……生意気を!」
「……貴方には、きっとわからないのね」
ソフィアはひどく寂しそうな顔をした。
しかしすぐ、目の前の敵を鋭く見つめる。
「いいわ……殺るといい。
充分に恐怖は集まったから……!
私を殺しても、王の復活はもう止められない。
いずれ黒き闇が全てを支配する……!
貴方たちの、敗けよ!」
「さよなら」
ソフィアの背に巨大な魔法陣が展開。
光の鐘が魔法陣から出現し、1つ、鐘を鳴らした。
鐘の音に呼応し、光が辺りを包み込む。
光が晴れた時、そこにクイーンの姿はなかった。
一匹の蛇だけがその場におり、どこかへ逃げるように去っていく。
「や、やったのか?」
ソフィアこちらを向いて、俺の元に歩いてくる。
俺に手をかざし、魔法陣を展開した。
「ヒール」
暖かな光に包まれ、身体の傷が癒える。
魔力の高まりは、クイーンによるものではなかったようだ。
「完全には、倒しきれてない。
多分最後の最後に、蛇の姿になって逃げたと思う」
「ま、次現れたら、また倒せばいい」
ヴァイトがいつの間にかこちらにやってきていた。
なぜかカーミラがヴァイトにお姫様抱っこされている。
「ヴァ、ヴァイト?
なんで、その、いま」
「チビガキが歩けねーっていうからしょうがなくだ。
秘策が云々とか言って力を温存がどうとかでな」
「その必要はなかったようじゃがの~」
ヴァイトの腕の中でくつろぐカーミラ。
俺とソフィアをそれを見て笑みがこぼれた。
「チビガキてめぇ……
このまま落としてもいいんだぞ?」
「ふふ、お主にそれはできんよ。
妾は知っておる」
「チッ……
面倒なヤツだ、ホントな!」
「あ、あの~
終わった的な感じで、よろしいでしょうか?」
ティクルが尋ねる。
いつの間にかリースもこちらに来ていた。
「よかった、無事だったんだな」
「あぁ。
何度も声を出そうとしてたのを、頑張って防いでたら終わっていた」
「だってだってしょうがなくないです?
怪物は怖いし、ノアは何かカッコつけるし、金髪の綺麗な人も変身するし!
ていうかノア!?
何か姿違ってません? 黒くないじゃないですか! やだー!」
「ああああ落ち着け!
後で説明するから!」
「……ホントですよ?
嘘をつくのはジャーナリスト失格なんですから」
「……俺はジャーナリストじゃねぇ」
そんなやり取りをしている間に、朝日が昇った。
人工太陽の光が、ソフィアの金髪を綺麗に染め上げる。
「……帰ろう」
思わず、呟いた。
すると、皆が笑った。
「おう!」
「じゃな」
「あぁ、帰ろう」
「帰りましょ帰りましょ。
疲れましたし!」
そして、皆が言った。
「ソフィア、帰ろう」
「……うん。ジョンさんも待ってるしね。
帰ろっか、私たちの家に」
そう言って笑った。
皆が笑いながら、帰路につく。
帰ろう。
俺たちの、家に。




