31話 単純な理由
閉店した喫茶店で、俺たちは雨の音を聞いていた。
やがて2階の部屋にソフィアを寝かせたリースが降りてくる。
それを合図に、ジョンさんがゆっくりと口を開いた。
「あれは、今日みたいに雨が降る夜だった」
「今日は客がすくねぇなぁ」
グラスを拭きながら、窓の外を眺める。
騎士団を退役してから、ようやく開いた自分の店。
バー『シャーロック』
普段は客で賑わう店内も、雨の日とあれば閑散とするもんでな。
とくに今日は大降りだ。
こんな天気で外を出歩くヤツなんざ、そういねぇ。
「今日は早めに店閉めるか?」
グラスを置いて、看板を下げるため外に出ようとした。
その時、扉が開いたんだ。
カランコロンと音が鳴り、その客は入ってきた。
「……な、なんだ」
ソイツを見た瞬間、俺の身体は固まっちまった。
女の上半身に蛇の下半身をした、怪物がそこにいたからだ。
紫色の鱗が雨に濡れて、妙な色気をだしてやがる。
壁に立てかけてあるボウガンを取ろうとする。
だが、ソイツの様子を見て思った。
コイツに、敵意はないってな。
「た……す……」
「なんだって?」
「たす……け……て」
怪物はそう言うと、その場に倒れ込んだ。
しばらくすると、身体から霧を出して、姿が変わる。
さっきの不気味な姿と裏腹な、エルフの少女にそいつは成ったんだ。
俺はソイツを2階の空き部屋に寝せた。
部屋は妻が死んでからは余ってたんで、ちょうどよかった。
寝顔が、死んだ妻に似てて、思わず涙が出そうにもなった。
結局、その日はつきっきりだった。
次の日の朝、エルフの少女は目を覚ました。
「……こ、ここは?」
ゆっくり目を開いて、言う。
俺を見つけると、安心したような顔をするもんで、思わず俺もあったけぇ気持ちになる。
「おっ、目ぇ覚めたか」
「ごめんなさい……
私、なんでここにいるか、わからない」
「……ボロボロになった状態で、この家に来たんだ。
店のドアを開けて、助けてってな」
「……!
そんな、ごめんなさい!
迷惑をかけてしまって……!」
「いいいんだよ、細かいことは、
ガキが気にすることじゃねえ」
そう言ったら、少しは楽になったんだろうな。
エルフの少女の表情が、少しは柔らかくなったんだ。
でもな。
「……お前さん、家は」
そう尋ねた瞬間に、表情が変わった。
子供があんな顔できるなんて思わなかったぜ。
騎士の時、色々な場所に言ってたが、あんな顔は初めてだった。
「里が……燃えて……
お母さんと……お父さんが……みんなが……」
「……すまねえ。
酷なことを聞いちまったな」
エルフの少女を軽く抱きしめて、頭を撫でる。
泣きそうだったのを、なんとかこらえたみてえだった。
「お前さん。
名前は?」
「名前……?
名前……は……」
「思い出せねえのか?」
その時、エルフが名前をもらうのは、一人前になった時だと思いだした。
この少女はまだ、名前をもらってないんだろう。
だが、名前がないってのも、呼びにくくて面倒だった。
「……そうだな、俺が名前をつけてもいいか?」
「……うん!」
「そうだな、こういう時のために決めてあったんだ。
……ソフィア。ソフィアって名前はどうだ?」
その時、初めてソフィアが笑ったんだ。
うん! ってでけえ返事をして、喜んでた。
「じゃあ、今日からお前さんはソフィアだ!
ソフィア=ヘイミッシュ。
よろしくな」
「ありがとう!
……えっと……」
「あぁ、俺はジョンだ。
ジョン=ヘイミッシュ。
ここでバーをやってる」
「ばー?」
「お酒を出すとこだ。
まぁ、今日で閉店だがな」
「どうして?」
「まぁ待ってくれ
ソフィアは、どこか行く当てはあんのか?」
そう聞くと、ソフィアは首を横に振った。
まぁ予想はついてたがな。
エルフは里から滅多に出ないし、ヴァンパイアとは違う独自のコミュニティを築いている。
精霊の眷属として魔法を扱うからなのか、人間を下に見がちだったしな。
エルフが人間の生息圏で暮らすことは、まぁあまりねぇ話だ。
「じゃあ、ここに住むといい。
正直、この家は一人じゃ広すぎてな。
もう一人……いや、二、三人くらいいてくれたほうが、いいんだ」
「ほ、ほんと?」
「あぁ本当だ。
その代わり、働いてもらう」
「は、はたらく……!」
ソフィアはちっせえ手を握りしめた。
子供がいたら、こんな感じだったんだろうなって、思ったよ。
「バーは今日で閉める。
そして、喫茶店としてリニューアルオープンさせるんだ」
「きっさてん?」
「この国にはまだねぇ。
外国や、ヴァンパイアの国にはあるっていう、飲み物とか食べ物を出す店だ」
「そうなんだ……!」
「ソフィアは喫茶店の看板娘だ。
俺と一緒に店で働いて、一緒に飯を食って、一緒に暮らす。
どうだ?」
「うん!」
ソフィアは満面の笑みで頷いた。
俺はそれを見て、妙に嬉しくなったのを覚えてる。
「そっから、月日は経って、ノアを拾ったりなんなりがあって、今に至るってわけだ」
「ってことは、おっさんはエルフのねーちゃんが最初から怪物だって知ってたのか」
「怪物って言うんじゃねえ!
……と言いたいとこだが、知ってたのを隠してたってとこに落ち度がある。
皆には迷惑かけた」
ジョンさんは頭を下げる。
ジョンさんがちゃんと謝るところを、俺は初めて見た。
「特に、騎士さん。
仇討ちの相手だとは、全くしらなかった……」
「そ、そんな……!
私も言っていなかったですし、それに……」
リースは拳を握った。
俺の知らない様々な想いが、そこにはある。
「それに、ソフィアは私の友人です。
ここにいることを認めてくれたし、一緒に紅茶を作ったり、買い物に行ったりしました。
かけがえのない時間を、彼女はくれました」
……全然知らなかった。
リースとソフィアとの交流を俺が知らないのはいかがなものか。
「……オレも、エルフのねーちゃんには世話になった。
オレ好みの味を出せるのは、坊主じゃねぇ」
「ネコ坊主にしては素直じゃな。
まぁ、あれだけ騒いでも許してくれるのは、彼女だけじゃしな。
……プルリンを作れるという点でも、妾の評価は高い」
みんなが、ソフィアのことを想った。
俺はソフィアがクイーンになった時、躊躇なく攻撃してしまったことを思いだした。
伝説の戦士になって、倒すべき相手がいることがわかっていた。
眼の前の目的にいっぱいになって、本当に大事なものを、俺は失おうとしていたのかもしれない。
俺が初めてこの家に来た時、ソフィアは俺に紅茶を作ってくれた。
美味かった。
生まれてはじめて、美味いと思ったかもしれない。
それを素直に伝えたら、ソフィアはすごく喜んでいた。
あの時の笑顔が、今だに忘れられない。
もっとあの笑顔を見たい、彼女を笑顔にしたいと思った。
それなのに、最近の俺は、彼女を困らせてばかりだった。
悲しい顔にさせてばかりだった。
挙句の果てに、刃を向けてしまった。
俺がしなければならないことは、とっくの昔から決まっていたんだ。
「ソフィアを、クイーンから解き放とう」
俺は確かな言葉でそれを紡いだ。
ヴァイトとカーミラ、リースは頷く。
まるでその言葉を待っていたかのように。
「そう言うと思っておったぞ、ノア。
ソフィアに伝説の戦士の紋章が宿っているのがいささか気になるが。
ま、お主にとっては些細なことじゃな」
「エルフのねーちゃんが戦士だとか、戦士じゃねぇとか関係ねぇ。
今までの恩返しをするだけだ。
だろ、チビガキ」
「……じゃな。
今まで騒いだ分、しっかり恩を返さんと」
「俺は……
俺は、返しきれないだけ恩がある。
だから、何としてでもクイーンの呪縛から開放して、言いたいことがあるんだ」
皆が頷いた。
俺たちの心は、想いは、1つだった。
ソフィアとクイーンを分離させる。
それが俺たちの、今やるべきことだ。




