29話 蛇たる女王の術中に
騎士団から逃れた俺は、下水道脇に来ていた。
前にリースと会った、貧困街近くである。
騎士団の殺意は思ったよりも高く、ボウガンで狙撃されたりなんかもした。
おかげであちこち怪我だらけだし、なんなら一回ボウガンがカスって、肩から血がドバドバ出ている。
ぶっちゃけ笑い事じゃないんだけど、一周回って面白くなってしまった。
リュウビは、絶対に俺を貶めるためにこんなことをしている。
「くっそ、最悪だ……」
肩を抑えて、座り込む。
一粒、雨が頬を叩いたかと思うと、続けて雨粒が落ちてくる。
雨はどんどん激しくなって、俺を濡らした。
「俺……死ぬんじゃ……」
雨に濡れながら思う。
出血も凄いし、雨に濡れて体温が下がれば、死へまっしぐらだ。
「ノ……ア?」
声がする方を見ると、そこにはソフィアがいた。
ずぶ濡れで、靴も履いていない。
「ソフィア……?
どうしてここに……?」
「わから……ない」
ソフィアはうつむいた。
その後、ハッとしてこちらに駆けてくる。
「今はそんなこと言ってる場合じゃないよね……
今助けるから……!」
ソフィアが魔法陣を展開する。
回復魔法のヒールだ。
前のと比べて、回復が異常に早い。
全開は完治しなかったのに、今回のヒールでは傷が完全にふさがっている。
「ソフィア、これは一体……」
「私にも、わからない。
でも、自分の中の魔力がすごく、高まってて」
そう言ってソフィアは口を閉ざした。
不安そうな眼をして、うつむいている。
「ソフィア、ここは危険だ。
早く逃げ――」
瞬間、左手の紋章が光った。
この疼く感覚は、マガツビト……
いや、模造品の反応。
「ノア……?」
不安げにこちらを見るソフィアの後ろに、怪物が立っていた。
咄嗟にソフィアをかばいながら、変身する。
「変身!」
人をかばうのは、今日二度目だ。
身体が変わり、黒い怪物の姿になる。
「……嘘、ノア……?」
ソフィアが呟く。
聞きながら、俺は目の前に立つ怪物を見た。
外見はマガツスコーピオンに酷似している。
しかし、臀部から生えた尻尾が、頭の上に乗っており、砲台のようなっていた。
装甲も分厚くなっているようだが、腕がハサミなのに変わりはない。
視界には情報が一切表示されていない。
もう慣れてはいるが、逆に、前まではなぜ情報が見えていたのか。
それが気がかりになっていた。
「今は考えてられないか」
拳を握り、構える。
敵が尻尾で薙ぎ払ってくる動作を見て、ジャンプ。
相手の顔面めがけて飛び蹴りをかまし、前転。
敵に向き直ると同時に剣を召喚する。
それを見た相手は、尻尾の砲台から弾丸らしきものを発射する。
一発目、二発目と弾丸を跳ね返すが、三発目を跳ね返せず、モロに胴体へ弾丸が当たった。
一撃が重く、弾丸を受けて吹き飛ぶ形になるが、逆に距離が出来た。
俺は剣を構え、そして投げる。
刃が敵の胴体に突き刺さる。
同時に、その場から駆け出し、勢いをつけてジャンプ。
突き刺さった剣めがけてジャンプ蹴り!
剣もろとも敵を貫通し、マガツビトの模造品は爆発し、炎上した。
炎は雨に濡れ、やがて消える。
「よかった、すぐに片付いて……
ソフィア! 大丈夫か!」
急いでソフィアの元に駆け寄る。
ソフィアは震えたままうずくまっている。
「ソフィア……?
大丈夫か?」
「ノ、ノア……
駄目、こっちに、こないで!」
「ソフィア!?
おい、どうした!?」
「やめ……て。
私は……貴方が、憎いの!」
様子がおかしい。
息が荒く、絞り出すように声を出すソフィア。
同時に、左手の紋章が点滅すした。
「私は憎い、憎イ、ニクイ。
貴方が、ニクイ……ニクイ……ニクイ」
「お、おい……!」
「ニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ」
呪詛のように呟くソフィア。
目の焦点があっていない。
一体何が起きているのか全くわからない。
紋章の点滅は早まり、徐々に疼いてくる。
「ソフィア!」
叫ぶと同時、ソフィアの声が止まった。
ゆっくりと立ち上がり、こちらを見る。
首がすわっておらず、どこを見ているかわからない。
思わず後ずさる。
「やット、はイレタ」
一言、ソフィアが言った。
しかしそれは、ソフィアの言葉に思えなかった。
「ハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタ!!!!!!!!」
言葉とともに黒いオーラがソフィアを包む。
やがて、白い霧のようなものを噴出すると、ソフィアは、ソフィアではなくなった。
蛇のような下半身を持つ、怪物。
全身が不気味な紫色の鱗で覆われており、上半身は人間。
女性のようだ。
長い髪が触手のように蠢いていいて、よく見るとその一本一本が蛇のような形をしている。
一斉にこちらを見つめ、動けなくなる。
「やっと……入れたわぁ……」
怪物は言った。
赤く光る7つ目を光らせ、喜びの声を上げる。
左手の紋章が、反応している。
「お前は……何者だ!」
「私ぃ?
私はねぇ……」
身体をくねらせ、とぐろを巻く。
雨に濡れた鱗が不気味に光った。
「私は、女王。
マガツビトのクイーンよ」
「クイーン……だって!?
何でお前が、ソフィアの中に!」
「あーら、誤解よ誤解。
私がソフィアちゃんの中に入ったんじゃないの。
あの子が、追い出してたの」
クイーンは妙に色気のある声で言う。
人を惑わせる、甘い声。
「どういう意味だ……!」
「元々ソフィアちゃんは、私なの。
なのにソフィアちゃんが私を追い出しちゃって……なかなか大変だったわぁ
ま、言葉の綾ってヤツね、誤解させちゃってごめんねぇ」
クイーンは爪を伸ばし、構えた。
髪の毛の蛇が、またも一斉にこちらを見る。
「でも私ぃ。
貴方のことが憎いの。
前の戦いの時、身体をバラバラにされてぇ、魂と身体を別々にされちゃったから」
「今の俺に言うな!」
「まぁ、そうよねぇ。
でも、貴方のことが憎いことに変わりはないわ。
貴方に復讐すること、そして、王を復活させること。
それが私の役目だから」
瞬間、クイーンが姿を消した。
背後に殺気を感じ、振り返ろうとするが、尻尾で身体を絡め取られ、締め上げられる。
「ぐっ……!」
「はぁ……いい! いいわぁ!
すごく、いい!
このまま苦しむ顔を見ながら、貴方が死ぬのを見届けてあげる!」
抵抗しようともがくが、身体が全然動かせない。
ミシミシと身体が悲鳴を上げる。
逃れる術は、なかった。




