28話 雨、言葉の後に
いつもオレたちが溜まり場にしている喫茶店。
喫茶シャーロックの空気は悪かった。
騎士のねーちゃんから、ノアの正体がバレたことを知らされた。
幸い、今喫茶店は閉店中なので、他のヤツらに知られることはない。
今ここにいるのは、オレ、チビガキ、騎士のねーちゃんだけ。
喫茶店の店主のおっさんは、エルフのねーちゃんがいなくなったから探しに行っている。
時系列を軽く整理する。
いつもみてーに喫茶店に来たら、店主のおっさんが青ざめた顔をしてた。
話を聞くと、エルフのねーちゃんが昨日の夜中どこかにでかけたきりで、帰ってねぇらしい。
ノアも学校から帰ってねぇらしく、オレとチビガキがエルフのねーちゃんとノアを探すために街に出た。
そしたら、悲鳴が聞こえた。
悲鳴が聞こえた場所まで行ってみたら、ノアもどきが出てたってわけだ。
そこにノアもいたし、何かちっせぇガキも一緒。
ノアもどきと戦ったはいいが、バカみてーに強いじゃねーかアイツ。
アレだ、キロフォードの時、暴走したノアと同じくらいの強さだな、ありゃ。
オレとチビガキが敗けた後、ノアが戦いを挑むのが、ぼやけた視界に写った。
おまけのガキに見られたろうが、覚悟の上だろう。
オレとチビガキが目を覚ました時にゃ、もう誰も周りにいなかった。
とりあえずで喫茶店に戻ったら、リースがいて、こう言った。
「ノアの正体が、バレた」
最悪のタイミングじゃねーか。
ノアもどきが街を荒らしてるタイミングで、正体がバレるなんてよ。
キロフォードの付き人が情報をゲロったらしいが、最悪だ。
そりゃ、こんな雰囲気にもなる。
外は霧でなんも見えねーし、エルフのねーちゃんは行方不明。
ノアも霧隠れ。
「……戻ったぞ」
喫茶店の扉を開いて、店主のおっさんが帰ってきた。
表情的に、エルフのねーちゃんは見つからなかったらしい。
「どーするよ、チビガキ。
こりゃ最悪じゃねーのか?」
「わかっておるわ、ネコ坊主。
妾も考えておる。
しかし、状況が状況じゃ……」
再び喫茶店が沈黙に包まれた時、喫茶店の扉をノックする音が聞こえた。
店主のおっさんが扉を開けると、レストレアの騎士が何人か立ってるのが見えた。
「……何の用事で?」
店主のおっさんが低いトーンで言う。
騎士は臆さない。
「ここに、ノア=アルカがいると聞いている」
「それで、何だ?」
「ここに呼んでもらいたい」
「何の用事が聞いてんだ、こっちは。
騎士団がノアを探す理由はなんだ」
おっさんが睨むと、騎士は少し驚いた表情をした。
騎士が戸惑っていると、後ろからいつか見た髭面のおっさんが現れる。
「部下が失礼をした。
お久しぶりです、ヘイミッシュ殿」
「……ガルターじゃねえか。
いや、今はガルター大隊長だったな」
「はい。
ヘイミッシュ殿が退役されてから、大隊長に」
「まぁ、お前以外いないだろうな。
久しぶりに同胞に会えたことを祝いてえが……」
「そうも、いきません」
「だろうな」
ガルター……親父から聞いたことがある。
たしか、親父を倒した唯一の人間だとか。
ガルターは小さな革鞄から一枚の丸められた紙を取り出した。
広げて見せると、それはノアの逮捕状。
「……なるほど。
国家反逆罪か」
「はい。
この前の評議会と、今回の事件で決定となりました」
「ノアが黒い怪物。
到底、信じられねえがな」
「キロフォード領で、彼が変身するのを見た者がいます。
彼がその時期にそこにいたという情報もあります」
ガルターはもう一枚の紙を取り出した。
オレやチビガキの名前も載っているそれは、キロフォードに行く時にクロッカスとかいう奴に書かされた、申請書だった。
「特別活動申請書。
確かにこれは、ノアの字だ」
「わかって、いただけますか」
「……あぁ、わかった。
だが、ノアを呼ぶことはできない」
「!?
なぜですか!」
「あいにく、ノアは今外出中でな。
どこをほっつき歩いてんのか、俺にもわからねえもんでな」
おっさんが言うと、ガルターは諦めたような顔をした。
「わかりました。
今は諦めます」
そういった後、店内を見回し、騎士のねーちゃんを見つける。
「リース。
君には聞きたいことが山程ある。
わかっているな?」
「……はい、大隊長殿。
しかし、私は――」
「何も言わなくてもいい。
騎士は民を守るのが仕事だ。
だが、それは自らの思う正義が伴ってこそ。
君に、君の正義があるのなら、それを貫き、民を守れ」
ガルターは次に、オレを見た。
最初見た時は髭面で間抜けな顔だと思ったが、今はそんな印象は受けない。
むしろ、逆だな。
「ギルガンナの息子か」
「……なんでそれが」
「眼を見ればわかる。
彼もまた、君と同じ眼をした強き戦士だった」
「皮肉か?
なんなら、オレと勝負してもいいんだぜ」
「皮肉ではない。
あの勝負がもし森で行われていたなら、我輩の敗けだった。
そもそも地の利がこちらにはあったのだ」
「ふん……
どうでもいい」
「……そうか」
ガルターは1つ礼をして、後ろに下がった。
喫茶店を去り際、チビガキをチラッと見る。
「ヴァンパイア……。
なるほど、そういうことか」
何かに気づいた様子を見せたが、それを言うことはなく、ガルターは去っていった。
扉を閉めた後、何度めかの沈黙が訪れる。
それを破ったのは店主のおっさんだった。
「さて、俺は聞きたいことがある。
聞かせてくれるな、お客さん」
オレとチビガキは黙って頷いた。
騎士のねーちゃんは、もとよりそのつもりだったみてーだが。
オレたちは、全てを店主のおっさんに説明した。
やがて外は雨が降り出した。
激しい雨が窓を叩く中、霧は一向に晴れる気配がない。
嫌な予感が、ずっとオレのヒゲにまとわりついていた。




