27話 模造品
目の前の状況が信じられないでいた。
たしかに、俺はここにいる。
それなのに、眼の前にも、俺がいる。
こちらを睨みつける顔は、獲物を求める獣のようだ。
竜を彷彿とさせる頭部は、見るものに畏怖を与える。
黒い身体には、炎を蝋で固めたような不規則に尖った棘が生えている。
身体を通る赤い筋は筋肉が爛れたようだ。
心臓の鼓動と共に脈打っている。
怪物。
一言で表すなら、それは怪物だった。
禍々しく、恐ろしく、人類の敵。
「な、なんで……俺が!?」
左手を確認する。
しかし、紋章は反応していない。
眼の前にいる相手は、マガツビトではない。ということだ。
じゃあ一体、何者だっていうんだ。
「ノア……これって、結構ヤバくないですか」
後ずさりするティクル。
彼女が震えているのがわかる。
「……」
眼の前の怪物は、ただこちらを見つめているだけだった。
怪物の周りには、倒れた騎士たちが死体の山を築いている。
「おい、こりゃ一体どういうことだ」
後ろからヴァイトが現れた。
その傍らにカーミラもいる。
「ヴァイト! カーミラ!」
「アレはマガツビトではなさそうじゃな。
霧の影響か、もしくは、もっと別のものか」
2人は俺とティクルを一瞥すると、すぐに紋章の力を開放した。
光に包まれ、収束した頃には変身が終わっている。
「え、えぇっ!?
ちょ、ノア、え、えぇ!?
み、みみみ見ましたか今の!?」
「見た」
「だって、今、あのネコとちっこいのが噂の戦士にっ……って。
見たならなんでそんなに冷静なんですか!?」
「知ってた、から」
「……え」
ティクルは驚いた表情で俺を見つめていた。
ここまできてしまうと、もう隠せない。
ヴァイトたちと俺の関係を洗われる可能性がある以上、ここは素直に言うのがいい。
ティクルから目を逸らし、ヴァイトたちを見る。
2人は苦戦していたようだった。
なんとか助けに行きたいが、ここで変身すれば俺の正体がバレてしまう。
ヴァイトやカーミラたちと違って悪い噂がある俺が変身するのは、一体どう影響するのか。
考えている間にも、2人は追い詰められていた。
もう1人の俺が、2人を圧倒し、ヴァイトとカーミラは膝をつく。
変身が解除されると同時に倒れ込み、意識を失った。
「や、やられちゃいましたよ!?」
「……ッ!」
一瞬、判断を迷ったせいだ。
俺が、俺のせいで。
もう一人の俺が、剣を構えてこちらに迫る。
気づいた時にはティクルの眼前まで距離を縮めていた。
「えっ……」
迷っている時間は、もうなかった。
たとえアレが何であろうと、アレは、倒すべき敵だ。
「変身!」
紋章の力を開放させ、変身する。
ヤツと全く、寸分も変わらない姿になった。
ティクルともう一人の俺の間に割って入る。
剣を剣で受け止め、つばぜり合いになった。
「ノア……?」
ティクルは見たことのない表情をしていた。
恐怖や驚き、不安などを詰め込んだ表情。
俺は彼女の無事を確認すると、奴の剣を弾き返した。
「ティクル!
早くここから逃げて!」
「で、でも……!」
「いいから!
俺が悪者じゃない記事は、ティクルにしか書けないんだ!」
そう言うと、ティクルがハッとする。
涙目になりながらも頷き、走り出した。
ティクルが逃げたのを見て、俺はヤツに向き直る。
「お前一体……何者だ」
「……リュウビ。
影から抜け出した、闇竜の尾」
「リュウビ……」
もう1人の俺はリュウビと名乗り、剣を構えた。
影から抜け出した、闇の尾。
なんとなく、意味は理解できる。
ザサンとの戦いで、俺は竜の戦士の力を、全て開放することができた。
闇を受け入れ、乗り越え、真の力を手に入れた。
その時、俺から分離した闇の一部だと考えれば、辻褄が合うかもしれない。
今でも、真の姿に変身することはできる。
が、エネルギーの消費が莫大だ。
だから今もこうして、黒い姿のままでいる。
真の力を制御できる技量がなければ、力を無駄遣いし、逆にピンチになるかもしれない。
今の俺に、力をコントロールする技量は、ない。
無言で剣を構える。
それが始まりの合図だった。
地面を蹴り、剣を放つ。
同時に放たれたリュウビの剣とぶつかり、弾かれ合う。
体勢を変え、リュウビの懐めがけて拳を振り抜くが、相手も全く同じ行動をとっていた。
蹴り、裏拳、パンチ、回避。
すべて、全く同じ挙動をする。
まるで鏡写し。
俺が剣を召喚すれば、リュウビも剣を召喚する。
剣を振るえば、剣を振るう。
どれだけ激しく攻撃しても、リュウビはそれについてきた。
キリがない。
息が上がって膝をつく。
しかし、ヤツは全く息が上がっていない。
疲れを知らない、まるで機械。
顔を上げると、リュウビが眼前に迫っていた。
反撃する力も、残されていない。
俺にトドメをさそうと剣を振り上げた時。
紫色の刃が、それを弾き返した。
刃が飛んできた方向を見ると、そこに立っていたのは。
「……う、占いの人?
な、なんでここに……」
時々俺の眼の前に現れて、カードを渡してきた占い師。
その占い師が魔法陣を展開し、魔法を撃っていた。
「な、なんで君が……?」
「説明は後。
ワタシが足止めしている間に、キミは逃げて」
「そんな、俺はまだ戦え――」
「今のキミでは、絶対に勝てない。
だから言っている」
淡々と言う占い師の言葉に、俺は言葉を詰まらせた。
絶対に勝てない。
その言葉だけで、俺を黙らせるに十分だったのだ。
「わかった……
ごめん……!」
立ち上がり、変身を解除すると、その場から退避する。
俺の後ろでは、激しい戦闘音が鳴り響いていた。
自分と全く同じ姿をした敵、リュウビ。
鏡写しのように、俺と同じ行動をとる無機質な存在。
ザサンは言っていた。
今街を襲っているのは、マガツビトの模造品だと。
ザサンには、意志があった。
知、力、心。
すべてを持っていた。
しかし、俺達が戦っていたのはどうだ?
知や力はあっても、心はない。
暴れるだけ暴れ、殺すだけ殺す。
俺の姿をした敵も、そうだ。
アレは、俺ではない。
マガツビトでもない。
だとするなら。
奴は一体何者なのか。
奴らは一体何者なのか。
走る俺の脳裏を、疑問だけが埋め尽くしていく。
尽きない疑問をかき消すように、目の前に数人の騎士が立ちはだかった。
「ノア=アルカ。
君には、国家反逆の容疑がかけられている。
過去に、君が黒い怪物に変身する姿を見た者がいるのだ」
騎士が武器を構えた。
最悪な状態だ。
街では俺そっくりなヤツが暴れ、そして、俺が変身する姿を見た者がいる。
繋げれば、俺が悪者。
過去にって言ってたから、言いふらしたのはティクルではないはず。
他に思い当たる人物は……エレナ卿の付き人くらいか。
誰がとか、もはや今は関係ないな。
「くそっ……
なんでこうなるんだ!」
俺は騎士たちに背を向け走り出した。
リースに鍛えられているので、足には少し自信がある。
街を走り回りながら、騎士をまく。
やがて雨が降ってきて、俺の全身を濡らした。
「一体、何が起こっているんだ」
雨雲に呟く。
雲は、どんどん黒く、大きくなっていった。




