03話 紋章が光る刻
ソフィアが二階のベランダから魔法を放っていた。
ソフィアはベランダから勢いよく飛び降りると、ジョンさんの前に躍り出た。
「お父さん!
ノア! 大丈夫!?」
「そ、ソフィア。
危ないところだったぜ、助かった」
「お父さん、ノア、ここは私にまかせて!
そこのお客さんを連れて逃げて!」
入り口の方を見ると、ジャックが伸びている。
どうやら敵の攻撃を避けたとき、頭をぶつけて気絶してしまったようだ。
「バカ!
娘を置いて逃げるなんてできるかぁ!」
「もう、お父さん!
今はそんなこと言ってる場合じゃ!」
ソフィアが叫んだ時、怪物が動いた。
手から糸のようなものを飛ばすと、それはソフィアの腰に巻き付いた。
「え!?
なに、これ」
「グガァッ!」
怪物はそのまま腕を振り回し、ソフィアは糸に巻かれた状態で投げ飛ばされた。
「きゃあっ!!」
「ソフィア!」
ソフィアが喫茶店の屋根に背中を打ち、力なく転がり落ちる。
「てめえ!
よくもウチの大事な娘を!」
ジョンさんがボウガンを構えるが、瞬時に石片が飛んでくる。
石片はジョンさんの頭部を捉え、ジョンさんはその場に倒れこんだ。
「おい……なんだよ、これ」
怪物は俺から興味を失ったのか、俺を放置して街を破壊しはじめた。
怪力に物を言わせ、建物を破壊し、魔法のような力で人を殺す。
「やめろ……!
やめてくれ!」
逃げる人々を糸で動けなくし、首を締めたり、石片で頭を殴ったり、腸を引きずりだしたり。
ありとあらゆる方法で人を殺していく。
まるで、悪意を持った遊びのようだ。
「俺には……何もできないのか!
ただ見ていることしか、出来ないのか!」
地面を殴りつけても、悔しさはどうにもならなかった。
涙を拭い、怪物を見る。
次の怪物の標的は小さな子どもだった。
まだ8歳くらいの、小さな子ども。
孤児だった頃の、俺と似た。
「や、やめろ……!
やめろおおおおおお!!!」
気づいたら俺は駆け出していた。
走った勢いを乗せて思いっきり飛び蹴り。
不意を突かれた怪物は吹き飛んだ。
「おい、キミ! 大丈夫か!
早くにげ――」
子供を逃がそうとした瞬間、背中に鈍い痛みが走る。
怪物が吹き飛ばされた場所から、石片を飛ばしていたみたいだ。
背中に石片が突き刺さり、血が流れている。
痛い、痛すぎる。あまりの痛みに気が狂いそうだ。
今すぐ叫びながら地面を転がりたい。
でも、せめてこの子だけは、この子だけは逃さないと。
「早く……逃げ、ろ!」
子供は頷くと、後ろを振り返りながら、それでも走って逃げていった。
気づけば周りにほとんど人はおらず、俺と怪物だけになっていた。
なんとかみんな、逃げられたみたいだ。
なんとか……やりきった。
でも、せめて少しだけ、時間を稼ぎたい。
皆が逃げる時間を……もっと。
あの怪物を倒すのは、きっと王国の騎士が束になっても無理だろう。
セリアンスロープやヴァンパイアの精鋭なら、倒せるかな。
そんな感じで、きっといずれ、誰かが奴を倒してくれる。
いずれ?
いや、違うだろ。
誰かが?
いや、誰だよそいつ。
そうじゃないよなぁ。
わかってるんだけど。
「死にたく……ないな」
背中の痛みに倒れそうになる。
激しい痛みの中、妙に思考だけは冷静だった。
奴を倒せない間。
その間も生命は奪われていくんだ。
……嫌だ。
そんなの間違ってる。
「生きてなきゃ……あいつは倒せないだろ……」
力を振り絞り、なんとか姿勢を保つ。
敵を睨みつけ、呼吸を整えた。
「俺に生命を守る力があれば……!」
その時、突如として光が辺りを支配した。
光は竜の紋章を描き、俺の左手の甲へ降りてくる。
紋章は確かに手に宿り、緋色の光を放ったままだ。
気づけば背中の痛みはなくなっていた。
「これは……なんだ」
わからない。
でも、わかる。
俺の左手に、不思議な力があることだけは、わかる。
これを開放すれば、もしかしたら……!
「よし、やってやる!
なんとか……俺がなんとかしてみせる!」
瞬間、左手の紋章がひときわ眩しい光を放ち、俺を包みこんだ。
光は竜に形を変え、俺を飲み込む。
そして俺は、竜の戦士になった。