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外伝6 大隊長の溜息

 最近、怪物による被害が増えている。

レストレア王都民の不満もかなり溜まっているようで、それは勿論、騎士団への不満でもあった。


「……はぁ」


 思わずため息が出る。

眼の前に積み上げられた大量の書類。

我輩が大隊長になってから、多分、最多だ。


 最近は部屋に籠もって書類整理ばかりしている。

まるで退役間近の老兵のような気分だ。


 キロフォードの1件では、騎士団員であるクロッカスが裏切った。

リースの報告によると、怪物に姿を変えたという。

人が怪物に姿を変えるとなると、いよいよ末期な気がしてくる。


「なかなか、上手くいかないものだな」


 緊急避難経路の確保、避難誘導の訓練は力をいれている。

他国者の入国規制を強めているし、物流に関しても厳しい監視下においている状態だ。

しかし、事態は好転しない。


 敵が何者であるかわからない状態。

目撃情報が多発している『怪物を倒す戦士』の存在。

そして、黒い竜の怪物。


 関連して、始末書も増える。

内勤が増えると、見回りや警備もできない。

騎士団員の士気も下がっているし、これでは……。


 頭を抱えていると、ドアをノックする音が聞こえた。

見られてはいけない書類を片付ける。


「大隊長。

 お客様がお見えになっております」


「客……?

 そのような予定はないはずだが」


「しかし、今日面談の予定があると……」


「一体誰だ?」


「レストレアジャーナルの記者と申しています」


 レストレアジャーナルの記者?

思考を巡らせ、過去の記憶を辿る。

最近は忙しかったので、適当に返事をしていた可能性がある?


 いや、いくら我輩でもそんなことはしない。

約束を取り付けてあると言えば何とか取材できると思っているベテラン気取りの記者だろう。


「いや、やはり約束はしていない。

 お引取り願え」


「はっ。

 承知いたしました」


 ドアから足音が遠のく。

ため息をついて机に向き直った時、声が聞こえた。


「ちょ、待て!

 おい、止まれ!」


 廊下から先の騎士の声が聞こえた。

廊下を勢いよく走る音。

嫌な予感がする。


 予感は的中した。

走る音は、我輩の部屋の前で止まり、勢いよく扉が開く。

目に入ったのは、少女。


 背が低くひ弱に見えるが、何人かの騎士団が取り付いてるのにも関わらずここに辿り着いたようだ。

根性だけはありそうだ。


「貴方がレストレア騎士団の大隊長ですよね!?」


 少女が言う。

息は上がっているが、喋れないほどではないらしい。


「いかにも。

 それで、何用でここに?」


「大隊長!

 こんなヤツの話を聞く必要は……!」


「わかっている。

 我輩は、ここまで辿り着いたことに敬意を評し、少しだけ答えてやるつもりでいる。

 非常識なことに変わりはないがな」


「ありがとうございます!」


 少女は頭を下げる。

我輩はサインを出し、少女を取り付いていた騎士から開放した。

騎士は礼をし、去っていく。

それを確認してから、口を開いた。


「レストレアジャーナルの記者、だったかな」


「はい!

 申し遅れました。

 私、レストレアジャーナルの記者、ティクル=アーペンと申します」


「そうか、ではティクル。

 ここまでして私に取材したいこととはなんだ?」


 少し威圧的に話すが、少女は気にもとめなかった。

肝っ玉がすわっているのか、ただの世間知らずか。


「黒い竜の怪物について、です」


 ティクルは言った。

言葉が脳を駆け巡る。


 黒い竜の怪物は、我々が何度か取り逃がしている。

今まで現れた怪物とは違い、知性があるのではないかと研究者は考えていた。

しかし、それ以上に謎な部分が多い。


「黒い竜の怪物……がどうか?」


「あの怪物を、騎士団はどう捉えているのですか?」


「……怪物は怪物だ。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 我々は、レストレア王都の民を、驚異から守るためにいる」


「ですが、黒い竜の怪物が人を襲ったという話は聞きません」


「……何が言いたい?」


 思わず声が低くなる。

ティクルは真剣な眼差しでこちらを見つめた。


「黒い竜の怪物は、私たちの味方なのではないか」


 心臓が一際大きく鼓動した。

アレが、我々の味方?

そんなこと、あるわけない。


「そんなこと、あるわけないだろう」


「なんでそんなことが言えるんですか!?」


「我々騎士団は、瓦礫の山に立つヤツを見ている」


「でも、実際に街を破壊しているところを見たわけではないんですよね?

 騎士団が取り逃がしている敵で、強いなら、もうとっくに街は破壊され尽くしているはずです!」


「言って良いことと悪いことがあるぞ!」


 拳を机に叩きつける。

大きな音が鳴り、ティクルは身を震わせた。


「我々が、怪物対策を怠っているとでも?」


「いえ、そうは思ってないです。

 怪物を倒す戦士の噂もありますし、黒い竜の怪物は、それと関係があるのではないかと」


「君は、我々より詳しいのか?

 見たこともない、黒い竜の怪物のことを」


「……取引、しませんか」


「唐突だな。

 何も言えないか」


「いえ、そうではないですよ。

 私は、まだ騎士団が掴んでいない『黒い竜の怪物の情報』を持っています」


 ハッタリか?

しかし、ティクルはこれでもジャーナリストだ。

我々の掴んでいない情報を持っているなら、ぜひともそれは欲しい。


 黒い竜の怪物については、わからないことだらけ。

一歩でも前進したい、しかし。


「それが本当だとして、我々に何を要求する?」


「……王国評議会の結果。

 いえ、その裏で行われているものの、話を」


 血の気が引いた。

ティクルは、王国評議会の結果を、取引で入手するに値すると、知っている。

レストレア王国のすべてを決める……いや、そんな生易しいものではない。


 あれは、世界の方針を決める会議だ。

我輩のような人間は、王国評議会の表面だけしか知らない。

その裏で行われている、本当の議会。

その存在を、彼女は知っている。 


 しかし、まだ甘い。

我輩が、そことつながりを持っていると思っている。

好都合……ではあるが、ティクルがジャーナリストである以上、適当な情報は流せない。


「……拍子抜けだな。

 取引は無しだ」


「そ、そんな!

 待ってください!」


「待つことはできない」


 机のベルを鳴らし、騎士を呼ぶ。

数人の騎士が現れティクルを拘束した。


「つまみ出せ」


「はっ!」


「待ってください!

 ちょっと! どこ触ってるんですか!

 まだ話は終わってないんですけど!?」


 遠のく声を聞きながら、一枚の書類に目を移す。

そこにはレストレア……いや、世界を巻き込んだ壮大な計画が記されていた。

この情報が我輩の元に降りてきているということは、もう計画は――。


「大隊長!」


「……今度はなんだ」


「黒い竜の怪物の、情報が入りました。

 エレナ卿の付き人、マルコ=ローポが黒い竜の怪物に変身する者を見たと」


「本当か!?」


「はい。

 応接室にいらしております。

 よろしければ、すぐに」


「あぁ、今行く」


 書類を鍵付きの引き出しに仕舞い、席を立つ。

上が考えていること。

今起こっていること。

すべてがつながらない。


 上ではつながっているのか。

人々は何も知らない。


「神の悪戯か。

 悪魔の善行か」


 握る拳の力が強くなる。

外の霧が、深く、濃くなった。

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