21話 万象の黙示録
静かな夜。
雨と雷の音だけが支配する空間。
ノアを部屋に運んだ後、私達は一言も会話できずにいた。
強い闇の力。
自分の心に潜む闇に支配されたノアの力は、圧倒的だった。
操られていたとはいえ、ヴァイト殿やカーミラ殿が手も足も出なかった。
マガツビト最強の戦士と言っていた、ザサンでさえ、一度退くほど。
伝説の戦士の力は凄まじい。
私はその力が正義と信じて疑わなかった。
しかし、敵になって初めてわかる、恐怖。
怪物を倒す力を持つ、戦士の力。
「う……ん……」
ノアが呻き声を上げながら、目を開いた。
ゆっくり身体を起こすと、一度辺りを見回す。
「よう坊主、目ぇ覚めたか」
「ヴァイト……
俺は……」
言葉を紡いだ時、ノアの表情が変わった。
何かを思い出した様子で、頭を抱える。
「俺……俺は……!」
見ると、身体が震えていた。
冷や汗も出ている。
「落ち着け、ノア!
何があったか、覚えているのか?」
「……覚えてる。
ヴァイトとカーミラと戦った時、心が黒くなるのを感じた。
快楽的な感情が、もっと斬りたい、人を斬りたいって」
「なるほど。
竜の戦士の力は、曰く付きで間違いなかったようじゃな」
「前にヴァイトと戦った時も、そんな感じがあったんだ。
でも、今回のはそんなもんじゃない。
もっと強い、強い力だった」
怯えるように縮こまるノア。
人を、ましてや味方を斬ってしまった罪悪感。
私には想像も及ばない。
「……気にすんじゃねぇよ。
お前が悪いわけじゃねぇ。
それを利用した奴が悪りぃんだ」
ノアは何も答えない。
ただ静かに、身体の震えを止めようとしている。
「闇を払う力こそ、伝説の戦士の力。
妾は、お主が闇を払う力を持つことを、信じておる」
カーミラ殿がまっすぐノアを見つめる。
ノアは目を合わせない。
まだきっと、心の整理が出来ていないのだ
そんなノアのことなどお構いなし。
ノアとヴァイト殿の紋章が光り出した。
マガツビトだ。
「……行くぞ。
あの人狼を倒さねーと」
「あぁ、妾たちを操った罪。
その身で償うといい」
カーミラ殿とヴァイト殿が立ち上がる。
しかし、ノアは立ち上がらない。
「……わかった。
ノアはここにいろ。
オレたちでケリをつける」
ヴァイト殿はため息をつき、部屋を出ていった。
何も言わず、カーミラ殿もその後を追った。
部屋に残ったのは、私とノアだけ。
沈黙が流れる。
雷は激しさを増し、雨が窓を叩く。
本当は、ここにいてノアを励ましたい。
でも。
「ノア。
私も行く。
いや、行かなければならない」
「……」
「私には、皆のような力はない。
それでも、戦う」
剣を鞘に収め、立ち上がる。
あの時の誓いを忘れてはいない。
だから、行かなければいけない。
「ノアが戦えない時は、私が戦う。
私は、君の剣だから」
踵を返し、扉の前に立つ。
ノアは何も言わない。
「そして、私は君の心でもある。
それを忘れないでくれ」
あの日の誓い。
ノアは私を信じると言ってくれた。
その言葉で私は救われたのだ。
だから、今こそその借りを返す時だ。
たとえこの身が滅びようと、戦いぬいてみせよう。
ノアの剣として。
外に出ると、ヴァイト殿とカーミラ殿はすでに変身していた。
現れたのはザサン。
槍と魔法を使い、ザサンと戦いを繰り広げている。
「2人とも!
助太刀するぞ!」
剣を抜いて構えた瞬間、背後から気配を感じた。
振り返ると同時に剣を振るうと、何かをかすめる。
飛び退いて剣を構え直すと、目の前に黒霧が現れた。
その中から姿を現したのは、なんとザサン。
「驚いているようだな。
あの2人が戦っているのは、我の分身。
そうとも気づかず、必死なものだ」
「貴様……!
どこまでも卑怯な!」
「卑怯……?
戦術と言ってほしいものだな!」
いつの間にか召喚していた双剣で襲いかかってくるザサン。
剣で攻撃を防ぐが、相手の攻撃の手数にこちらの防御が間に合わない。
ザサンが隙を見て放った蹴りが腹に直撃し、仰け反る。
ノアの攻撃で、腹部はノーガード。
痛烈な一撃に思わず膝を着いた。
「やはり貴様らは劣等種だ。
我らを迫害した愚かな種族よ」
「貴様……!
何を言っている!」
「昔の話だ。
人間たちもまた、洗脳されているにすぎない」
「知ったような口を!」
満身創痍で剣を振るうが、いとも簡単に防がれる。
「心意気は褒めてやる。
せめて苦しまず、輪廻を辿るがいい!」
ザサンが双剣を振り上げた時、ガラスの割れる音がした。
見ると、ザサンの背後の窓ガラスを破られている。
割って現れたのは……ノアだった。
「ほう、まだ折れぬか」
「ノア!」
ノアは震えた足で、一歩一歩近づいてくる。
ガラスで切った傷から、血が滴り落ちる。
左手の紋章が、黒と緋色の光を放った。
「俺は、まだ、怖い。
恐怖に支配されて、皆を攻撃してしまうことが」
「……ノア」
「でも、それでも、やらなきゃ駄目なんだ。
なんで俺に力が与えられのか、わからないけど。
乗り越えなくちゃいけないんだって、思う」
ノアの紋章が、一際激しく光った。
黒い稲妻を放ち、緋色の光が辺りを照らす。
「リース。
俺に何かあったら、その時は」
ノアの瞳は、覚悟に満ちていた。
1人の人間として運命に立ち向かうその姿は、まさに伝説の戦士。
「変身!」
ノアの全身を、赤黒い光が包む。
黒い怪物の姿が、そこにはあった。




