20話 闇
戦いは、至って順調だった。
私がクロッカスと戦い、ノアが変身した2人と戦う。
正気に戻ってもらうか、力づくで気絶させるしか道はない。
そう踏んだ。
しかし、何か妙だ。
ヴァイト殿とカーミラ殿を圧倒するノア。
2人を攻撃する手が、妙に震えている。
「ぐっ……!
や……やめ……ろ!」
ノアが言った。
言葉の意味が、理解できない。
「リー……ス……!
ご……めん……! 俺……!」」
瞬間、ノアの左手の紋章が光った。
黒く、禍々しい光を放つ。
ゆっくりと顔を上げたノアは、再びヴァイト殿とカーミラ殿を標的にした。
先程までとは何かが違う。
静かに、ただ静かに拳を振るい、2人を追い詰めていく。
攻撃に何の迷いも、躊躇もない。
まるで、眼の前に存在するものを倒すだけの、機械だ。
……まさか!
「ノア!
聞こえていたら返事をしろ!」
クロッカスと鍔競り合いになりながらも、叫ぶ。
返答はない。
嫌な予感がする。
「君まで操られてしまったのか!
ノア!」
クロッカスの剣を払い、蹴りで吹き飛ばす。
剣を構え直し、ノアへと駆けた。
「目を覚ませ!
ノア!」
剣を振り上げるが、片手で防がれた。
ノアの鋭い拳の一発が、腹部を捉え、視点が宙を舞う。
一撃で吹き飛ばされたのか……なんて力だ。
見ると、鎧の腹部が粉々に砕けている。
今、伝説の戦士の力を身をもって知った。
「鎧がなければ……即死だった」
ノアはヴァイト殿とカーミラ殿に攻撃を続け、やがて2人の変身は解除される。
悶えながら、2人はゆっくり起き上がった。
「いってぇ!
……ってアレ、元に戻ったのか!?」
「少々手荒かったが、元には戻れたようじゃな」
「大丈夫か!?
2人とも!」
「騎士のねーちゃん、礼は言っとくぜ。
……でも、アレはどーしたんだ」
ノアは静かにこちらを見つめた。
その眼光は、私が知るものではない。
「何か妙じゃな。
アレからは、闇の力を感じる」
「闇……?
ってことはやっぱり、坊主は闇の戦士だったのか!?」
「デタラメを言わないでくれ!
ノアが……ノアが闇の戦士なわけがない!」
「オレもそう信じてーが、今のアイツを見て、同じことを言えるか?」
喉から出かかった言葉が止まる。
「そうだ、ノアは闇の戦士ではない」
そう言えばいいはずなのに、言葉が出なかった。
「まさか、こんなに上手くいくとはな」
クロッカスが不気味な笑みを浮かべ、立ち上がった。
瞳が怪しい光を放つ。
「クロッカス!
まさか……貴様……!!」
「ご明答……!」
クロッカスは胸の前で拳を合わせる。
すると、黒い霧がクロッカスを包み込み、青白い光を放った。
次の瞬間、霧を払い現れたのは、人狼だった。
「貴様が……!」
「オレたちを操ってたのも、コイツで間違いねぇ。
だろ? チビガキ」
「あぁ、間違いない。
館が迷路のようになっていたのも、奴じゃろうな。
ネコ坊主はともかく、この妾でも気が付かなかった。
完璧なカモフラージュじゃ」
「我が名はザサン。
マガツビト最強の戦士」
ザサンと名乗ったマガツビトは紫色の魔法陣を展開し、いびつな形の双剣を召喚する。
奴が持つオーラは、並大抵のマガツビトとは比べ物にならなかった。
「テメェがノアを!」
「我が……?
違うな。
奴は元々、心に闇を飼っていた」
「闇を……?」
「竜の戦士の力は、特別だ。
強大な力には、代償が付き物……そうは思わないか?」
「何が言いたい……!」
「人斬り……。
前竜の紋章所持者が犯した罪を、奴は心に飼っていたのだ」
ザサンは遠吠えに似た声で笑った。
双剣を手でくるくると回す。
「我はそれを開放させただけだ。
人を……特に、伝説の戦士である君たちを攻撃すれば、闇の力が大きくなる。
奴はそれに飲まれただけだ」
「人斬り……か。
たしか書物によれば、前の紋章所持者が裏切り、妾の先祖を斬った。
それにより戦いは混沌を極めたとか」
「チビガキ……!
知ってやがったのか!?
何で……何で黙ってやがった!」
「ノアがそんなことをするとは思えんかったからな。
先祖の恨みなど、妾にはないしのう。
利用されるとも、思ってなかったが」
「人の心は弱い。
恐怖に支配された者を追い詰めるのは簡単だ。
伝説の戦士であろうと、な」
ザサンは双剣を構えた。
剣を構え直し、戦闘に備える。
しかし。
「……!
面倒だな!」
突然、ノアがザサンに襲いかかった。
黒い剣を振り下ろすと同時、ザサンがそれを双剣で防ぐ。
激しい火花が散り、鍔競り合いになる。
徐々にザサンが力負けし、押され気味になると、ザサンは双剣を滑らせノアの攻撃を受け流した。
ノアは止まらず、拳と剣を使ってザサンに襲いかかる。
激しい猛攻にザサンは防戦一方になり、やがてノアの一撃がザサンを吹き飛ばした。
「チィッ!
今のままでは不利か!」
ザサンは黒い霧を展開し、その闇へと姿を消した。
敵を見失ったノアはこちらを一瞥した後、剣を構え走る。
ヴァイト殿とカーミラ殿が変身しようとした瞬間、ノアはエネルギーが切れたかのようにその場に倒れ込んだ。
同時に、変身も解除される。
「ノア!」
駆け寄って息を確認する。
大丈夫、死んではいないようだ。
「……どうする、チビガキ」
「どうするも、休ませるに決まっておるじゃろ。
いつザサンとやらが襲ってくるかわからん。
妾たちも休んでおかねば――」
「そうじゃねえ。
わかってんだろ!
オレがいいたいことくらいよぉ!」
ヴァイト殿が言葉を遮るように言う。
カーミラ殿は大きく深呼吸し、静かに言った。
「……あぁ。
じゃが、それこそ敵の思う壺じゃ。
妾たちが信じず、誰がノアを信じるというのじゃ」
カーミラ殿が私を見つめる。
ゆっくりと頷きそれに答えると、カーミラ殿は笑った。
少し、無理をしているようにも見える、笑みだった。
「……そうだな。
坊主が悪いわけじゃねぇ。
それくらい、オレだってわかってんだ」
「決まりじゃな。
ネコ坊主、ノアを担いでくれ。
部屋で休ませるぞ」
「人使いが荒い女王様だな」
「女王だからな」
ヴァイト殿はノアを担いで館に戻った。
私とカーミラ殿も、その後ろを着いて行く。
心なしか、2人の会話にもキレがないように思えた。
激しい雨が降りしきる夜。
一際大きな雷が、私たちを照らした。




