02話 モンスター現る
「ただいまー」
喫茶店のドアを勢いよくあけると、店主のジョンさんが俺を一瞥した。
喫茶店『シャーロック』
ジョンさんが経営する店で、夜はバーとして営業している。
そして、俺とソフィア、そしてジョンさんの家でもある。
「おう、おかえり。
早かったじゃねえか。
毎回言ってるが、帰ってくる時は裏口から頼むぜ?」
「今日は客がいるんだよ、ほら」
「失礼します」
俺の後ろからジャックが顔を覗かす。
ジャックの顔を見ると、ジョンさんは少し笑った。
「なんだ、ランダートんとこの息子か。
いらっしゃい。
ここは喫茶店なんだから、失礼しますなんて言わなくてもいいんだぜ?
むしろ堂々と入ってくれねぇとな」
「あー、いえ、なんとなく緊張してしまいまして……」
ジャックが言うと、ジョンさんは「ははーん?」と顔をニヤつかせた。
「まぁ仕方ねえな。
なんせ、ウチの看板娘は美人だから」
ジョンさんが視線を送る先には、金髪のハイエルフがいた。
他のお客さんと話していた彼女の顔を見るなり、ジャックの表情はだらしなくとろける。
「あぁ……ソフィアさん……
今日もお美しい……」
「……おーい」
「あぁ……
黄金に輝く髪の毛の一本一本が高級な糸のようだ。
青い瞳はまさに深い海から採掘した宝石!
エルフの特徴である長い耳も気品を醸し出す最強の部位……!」
駄目だこいつ、早くなんとかしないと……
普段クールで女子にモッテモテのジャックも、ソフィアに関しては変質者丸出しのヤバイ奴だ。
「入り口で立ってないで入るぞ。
なんか飲むんだろ?」
「あ、あぁそうだった。
ソフィアさんがあまりにも美しくて、俺の中の小宇宙が爆発するところだった」
「よかったよ大爆発を止められて。
で、注文は?」
「じゃあ、いつものを頼む」
「はいはい、いつもの。ね」
「おいノア。
淹れるのは勝手だが、ちゃんと金は払えよ?
俺だってボランティアでこの店営業してるんじゃねえんだから」
「わかってる。
ちゃんと払うって」
俺は壁にかけてあったエプロンを手に取り、カウンター裏で身につける。
手を洗い、裏から汲んできた水を火にかけた。
沸騰したら、ティーポットとカップにお湯を注ぎ温める。
ティーポットに茶葉を入れ、蓋をして少し蒸らした後、ポットを軽く混ぜて完成だ。
後はカップのお湯を捨て、茶葉をこしながら紅茶を注ぐ。
「はい、いつもの」
「なんだ、ノアが淹れたのか。
ソフィアさんの手作りがよかったんだがな」
「文句を言うなら奢らないぞ
大体、ソフィアの入れた紅茶なんて百年早い!」
無言で紅茶を飲むジャック。
入れたてで熱かったのか、小さな声で「あちっ!」と言ったのが聞こえた
それでも視線はソフィアさんから外さない。
「あれ、帰ってたんだ。
おかえりなさい、ノア」
お客さんとの会話が終わって、ソフィアは俺に気づいたようだった。
「ただいま、ソフィア。
少し前に帰ってきたとこ」
「お客さんとの会話に夢中で気づかなかった……
ごめんね?」
「別に気にすることじゃ……
あ! そうだった、俺の予備のエプロン!
あれ知らない?」
「あっ、2階に置きっぱなしだった……!
持ってくるね!」
ソフィアはそう言ってカウンター横の階段から2階に上がっていった
ジャックは相変わらず幸せそうな表情でそれを眺めていた。
最早ため息すら出ない。いつもの光景。
「さて、夜の準備でも――」
「きゃああああああああああああ!!!」
突然、外から女性の悲鳴が聞こえた。
それを皮切りに悲鳴と轟音が鼓膜を支配する。
「な、なんだぁ!?」
「行くぞ、ノア!」
ジャックと一緒に外に出ると、そこは見知った街ではなくなっていた。
周りの建物や道路は不自然に破壊され、人々は何かから逃げるように走っていく。
「何が起きてるんだ……?」
「ノア!
あれを!」
ジャックが指を指す方を見ると、そこには見たことのない怪物がいた。
人形で体長はおおよそ2メートル。
体色は赤黒く目がいくつもあって、鋭いキバから緑色の粘液が滴り落ちた。
臀部が妙に巨大で、重さを支えるためかやや前のめりの姿勢で歩いている。
「な、何だあれ!
セリアンスロープの新種!?」
「ノアにはアレが獣人に見えるのか!?
見たところエルフやヴァンパイアでもないぞ、あれは!」
「じゃあ何だって言うんだよ! あいつは!」
「俺が知るか!!」
そんなやりとりをしていると、怪物が俺たちを見る。
どうやら見つかったらしい。
怪物が腕を振り上げると、その拳を思い切り地面に叩きつける。
辺りの地面がえぐられ、めくりあげられた。
怪物が手をかざすと、石片が不思議な力で浮かび上がる。
怪物は手を弾く。
同時、浮かんでいた石片が俺たちめがけて飛んできた!
「おいバッ!
なんだそりゃ!!」
言うと同時に身体は動いていた。
俺とジャックは正反対の方向に身体を投げ出すように跳び、なんとか避ける。
同時に、喫茶店の中に勢いよく石片が入店。
お客さんはジョンさんが裏口から逃したっぽいので怪我人はいないだろう。
「どこのどいつだウチの店荒らしてんのはぁ!!」
怒号と共に店内からジョンさんが飛び出してきた。
手にはボウガンを構えており、やる気満々の様子。
「見たことねえ面だな。
ウチの店は岩とか泥とかは入店お断りなんだ」
ボウガンを構えるジョンさん。
しかし怪物は全く狼狽える素振りがない。
「チイッ!」
ジョンさんがボウガンを撃つ。
矢は確かに怪物の右腕に当たった。
しかし。
「……嘘だろ」
「ググググゲゲ!!」
怪物は痛みを感じていないようだった。
気味の悪い鳴き声を上げなら右腕に突き刺さった矢をひき抜くと、傷がたちまち回復。
「回復魔法か!?
いや、魔法陣すら展開していなかった……!」
怪物は石片を連続でジョンさんに飛ばす。
ジョンさんはそれを避けつつ喫茶店の看板を盾にするが、すぐに壊されてしまった。
「くそっ!
看板が!
高かったんぞこれ!」
「ジョンさん!危ない!」
怪物が岩を持ち上げ、こちらに投げ飛ばす。
ジョンさん岩が直撃する、その瞬間。
「ウィンドアロー!」
岩が何かとぶつかって破壊された。
「あれは……!」
あの魔法はウィンドアロー。
下級風属性魔法だが、威力、精度を高めれば一撃必殺の奥義となり得る。
この魔法使えるのは、あの人しかいない!
「ソフィア!!」
2階のベランダに立つ美女。
ハイエルフであるソフィアが魔法陣を展開し、魔法を放っていたのだった。
もしかしたら、ソフィアの魔法で奴を倒せるかもしれない。
怪物とソフィアの間に、鋭い緊張の糸が見えるようだった。