19話 迷路の誘う先
「変死……かぁ」
キロフォード領の外れ。
エレナ卿が亡くなった場所に来ている俺たちは、巨大な狼の足跡を見ていた。
たしかにそれは、狼にしては大きい。気がする。
「やっぱ、セリアンスロープなんじゃ……」
「だとするなら、どうやって外傷なしで殺せたんだ?
オレたちはそんなに器用じゃねぇって、チビガキも言ってただろ」
そう言って自分の手を見せるヴァイト。
肉球がむにむに動いている。
「ヴァイトは槍術が凄いじゃん。
あんな感じで器用なのがいるかも」
「オレはガキん時から修行してんだ。
ガキん時から外傷残さず殺す訓練をしてる奴なんざ、そういねぇだろ」
「マガツビトの仕業と考えておいて、損はないじゃろ。
しかし、街に現れずこんな場所で犯行するとは。
なかなか変わった奴じゃのう」
顎に手を当てるカーミラ。
クロッカスはエレナ卿の付き人と話をしている。
リースは周辺を確認しながら、なにやらメモをとっているようだった。
「人狼伝説の人狼ってマガツビトのことなんじゃ?」
「そう決めつけるのは早ぇ。
伝説の出処と今回の事件、関係性はありそうだが、無理にこじつけないほうがいい
マガツビトが現れたのは、太古の昔だからな」
「ただの人狼が恐怖で人を殺せるとは思えない。
マガツビトなら、能力で殺せてもおかしくないって思ったんだけどなぁ」
「マガツビトが人狼伝説を利用した可能性もある。
エレナ卿を狙った理由もわからぬしな」
皆、小難しいことを考えている。
難しいことを考えるのは苦手だ。
答えが出ないことを考えるのも、苦手だ。
とにかく行動してみるしかない。
「頭でわかっていても、身体はついてこないものだな」
俺の脳内を透かして見たかのように、リースが呟いた。
そして何かを断ち切るように深呼吸し、全員を見た。
「一旦、エレナ卿の家を調べよう。
何か手がかりがあるかもしれない」
リースが言った瞬間、森の奥に人が見えた。
ふらふらと、引き寄せられるかのように森の奥へと入っていく。
もふもふした毛に覆われたその姿はまるで、人狼。
「ちょちょちょ、ちょっと待て!
今、人狼が!」
指を指すが、誰もいない。
「なんだ、誰もいねーじゃねーか」
「あ、あれ?
確かに今、そこに……」
「見間違いじゃろう。
もしかしたら、ノアはもう人狼の術中にハマっておるかもしれんな」
「お、俺が恐怖に?
そんなことないって!」
確かに、見たはず。この目で。
人が、メイド服を着た女性が森の奥へ入っていくのを。
「おっかしいなぁ……」
疑問を拭えないまま、俺たちはエレナ卿が生前住んでいた館へと向かった。
エレナ卿の館を一通り見て回ったが、何も手がかりは得られなかった。
エレナ卿の付き人が、今日は泊まっていってくれと言ってくれたので、俺たちはその言葉に甘えることにした。
俺とヴァイトだけでは広すぎるほどの客室。
ベッドの上でヴァイトは暇を持て余していた。
窓の外を見ると、もう日は沈み夜。
「あー、暇だ。
坊主、なんか面白い話をしろ」
「急にそんなこと言われても……」
「ま、適当に言っただけだ。
ちょっくら便所に行ってくるわ」
ヴァイトは立ち上がり、部屋を後にした。
館は広いので、迷わなければいいけど。
左手を見る。
紋章が淡く光を放っていた。
「光竜伝説。
知っている人だけが、知っている」
光竜伝説を知っている人なら、この紋章を見れば伝説の戦士であることがわかる。
特に俺やヴァイトは、手に紋章が宿っているのでバレバレだ。
ジョンさんやソフィア、ジャック、クロッカスは知らない。
この紋章が何であるのか気づいているのは、俺、リース、ヴァイト、カーミラ。
何かが、おかしい。
もっと知っている人が多くてもおかしくない。
本にもなっている伝説なのに。
「なんか、引っかかるんだよなぁ」
その時、本のページの隙間から、カードが一枚落ちてきた。
そのカードには、悪魔のようなものが描かれている。
多分、変な占い師にもらったカードと同じものだ。
「これは……?」
「う、うわああああああああああああ!!!!」
呟いた瞬間、悲鳴が聞こえた。
その声は、ヴァイトのもの。
「ヴァイト!」
カードを捨て、急いで部屋を出る。
声が聞こえた方に走るが、同じような道の繰り返しで自分がどこにいるのかわからなくなる。
しばらく走っていると、クロッカスとリース、そしてヴァイトに出会った。
「みんな!」
「ノアにも聞こえたか、ヴァイト殿の悲鳴が」
「ネコ坊主の身に何かあったらしいのう。
情けない悲鳴を上げおって」
「ここは二手にわかれよう。
リース、ノア様とあちらを頼む。
私と吸血鬼様は別の場所をあたろう。」
全員は頷き、それぞれにわかれる。
リースが先導する形で、俺はその後を追った。
至るところの部屋や廊下を探すが、ヴァイトは見つからない。
まるで時空が歪んでいるかのように、同じような道を繰り返す。
「くそっ!
どこ行ったんだ、ヴァイトのやつ!」
言った瞬間、目の前の廊下からカーミラとクロッカスが現れた。
ゆっくりとこちらに歩いてくる。
「カーミラ!
ヴァイトは見つかったか!?」
「……」
カーミラは何も答えない。
ただただゆっくりこちらに近づいてくる。
「か、カーミラ?」
「待てノア。
何か様子がおかしい」
よく見ると、カーミラの目が虚ろだ。
何かに操られているように、こちらに迫ってくる。
「ノア!
逃げるぞ!」
「わかってる!」
リースと2人で全力で走る。
当てもなく走っていると、館の外にでる扉が見えた。
「リース!
とりあえず出るぞ!
ってか出たい、俺は!」
「異論はない!
私も早くここから出たい。
ヴァイト殿には悪いが、一旦ここは退却だ!」
何か不気味な雰囲気に飲まれた俺たちは、相思相愛だった。
勢いよく窓を破り外に出る。
外は雨が降っており、辺りを濡らしていた。
「雨……か」
雷が鳴る。
稲光の瞬間、目の前にヴァイトの姿が見えた。
「ヴァイ……ト?」
雨に濡れているのに、ただじっとヴァイトは立っている。
こちらを見つめ、動かない。
「リース……これって結構やばいんじゃ?」
「あぁ、そのようだ」
気がつけば後ろからカーミラとクロッカスが追いついて来ていた。
挟み撃ち。
もう逃げ場がない。
「「変身」」
うわ言のようにカーミラとヴァイトが呟いた。
紋章が輝き、2人は戦士の姿に変身する。
「おいおい……嘘だろ!」
「ウガアアアア!!」
ヴァイトとカーミラが襲いかかってくる!
リースと2人で散開。
腰に下げていた剣を構えるリース。
「ノア、変身だ!
こうなったら、応戦するしかない!」
「で、でも……!」
「操られている3人を元に戻せるのは、私たちだけだぞ!」
リースの言葉に唾を飲む。
紋章が疼く。
俺の変身を急かすように。
「わ、わかった。
やるよ!」
紋章の力を解き放つ。
すぐに俺の身体は戦士の姿に変わった。
仲間と戦うのは怖かった。
かつて、ヴァイトを斬った時の感覚が忘れられないからだ。
あの黒い感情が、俺を飲み込んでしまうのではないか。
その恐怖を、俺は今だに断ち切れずにいた。




