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17話 戦士たちの休息 ~そうだ、デザートをつくろう~

「新メニューを考えたいの!」


 店を閉めて間もなくして、突然ソフィアが言った。

ジョンさんの喫茶店は、朝から夕方まで喫茶店として営業。

少し休憩して、夜はバーとして営業している。


 基本的に、俺とソフィアが昼担当。

ジョンさんが夜を担当しているが、たまに、俺も夜を手伝ったりする。

ソフィアが言っているのは、多分、バーではなく喫茶のほうの新メニューだ。


「それはいいと思うけど……

 急にどうしたんだ?」


「ほら、最近怪物が出るじゃない?」


「そんな『最近虫が多くて』みたいなテンションで言わなくても」


「まぁそうなんだけど、ハイエルフの私は思ったわけです。

 皆の心にやすらぎを与えられるような、新メニューを作りたいと!」


 手を広げ悦に浸るソフィア。

お酒は飲ませていないはずだけど、今日のソフィアは妙に饒舌だ。


「……わかった。

 で、どんなメニューにしようと思ってるんだ?」


「今の所、甘い物がいいと思ってるの。

 甘い飲み物か、デザート!」


「あまいもの……か」


 少し考えてみる。

今、うちの喫茶店で出している甘味といえば、ハチミツトーストやパンケーキ。

主にハチミツを使ったものが主流だ。


 ヨーグルトなども提供しているが、お客様が砂糖を入れて食べない限り甘くならないので、厳密にはあまいものをは言えない。


 飲み物でいうと、ハニーラッテあたりが甘いだろう。

この辺と差別化するあまいもの……か。


「うーん。

 難しいな」


「私も少し考えてみたんだけど、こんなのどうかしら」


 ソフィアが謎のつぼを取り出した。

つぼの中には、きゅうりや人参などの野菜が入っている。


「これは?」


「野菜を砂糖漬けにしてみたの。

 甘くて野菜の栄養も摂れるなんて、すごいでしょ?」


 試しに1つ、食べてみることにする。

きゅうりの砂糖漬けをつまみ、口に運ぶ。


「……ぐぇ」


 思った通りの味がした。

なんだろう。

青臭さと甘さって、共存できないんだな。


「……ソフィア、これ味見した?」


「したよ、当然。

 おいしいでしょ?」


「いや、これは、ちょっと……」


「えー、絶対いけると思ったのにぃ……」


 ソフィアは頬を膨らませて拗ねたかと思うと、砂糖づけの残りを食べ始めた。

「いけると思うんだけどなぁ」と言いながら次々口の中に放り込んでいく。

エルフと人間は、もしかしたら好みが違うのかもしれない。


「……他の人にも聞いてみるか」


 そして、次の日。

喫茶店をオープンさせてしばらくすると、見知った顔がやってきた。


「おっす、坊主。

 いつものやつ、ぬるめでくれや」


「ヴァイト、ちょうどよかった。

 聞きたいことがあるんだ」


「聞きたいこと?」


 ヴァイトはカウンター席に座りながら、ひげをくるくる回した。

耳をピコピコ動かしながら、キョトンとした目でこちらを見つめる。


「喫茶店のメニューに、何か新しいものを加えようと思っててさ。

 あまいものがいいんだけど、なんかない?」


「甘い物……ねぇ。

 ないわけじゃぁ、ねぇな」


「本当か!?」


「おう、1つ心当たりがある。

 ちょっと待ってろ」


 そういうとヴァイトは一度喫茶店から出ていった。

少しして、何やら荷物を持ったヴァイトが戻ってくる。


「ヴァイト……それは?」


「豆だ」


「ま、豆……?

 それが甘くなるのか?」


「豆と甘いものの関連性が、ハイエルフの私でもわからないわ」


「まぁ、見てな。

 ちょいとキッチン借りるぜ」


 ヴァイトは手を洗い、エプロンをつけた。

豆を洗い、鍋に水と一緒に入れて茹でる。

しばらくすると、鍋が沸騰しはじめたので、火を止めて蓋をした。


「……蒸らすのか」


「まぁ、まだ序盤だ」


 ちょっと蒸らしてから蓋をとる。

煮汁を捨て、再び鍋に水を入れた。


「ちょっと多めにするのがコツだ」


 再び火をかけて沸騰させる。

そうしたら火を弱めて、蒸発して下がった水位のぶんだけ水を入れる。


「これを繰り返していく。

 んで、豆がいい感じになったら、今度はしっかり蒸らす」


 そう言ってヴァイトは、コーヒーを飲み始めた。

俺とソフィアは2人でじっと鍋を見つめる。

「そろそろか……」とヴァイトが呟いたのは、蒸らし始めて30分くらい経ってから。


 煮上がった豆は一旦置いといて、鍋に水と砂糖を入れる。

砂糖が溶けてきたら、先程の豆を投入し、混ぜる。


「危ねぇぞ坊主、エルフのねーちゃん。

 一気に……いく!」


 火を強め、豆と砂糖を練る。

豆が沸騰し、熱を持つが、更に練り上げる。


「……すごい、こんなに真剣なヴァイトは初めて見た」


「これで第一段階は終了だ。

 あとはこれに……」


 ヴァイトは荷物の中から、よくわからない半透明の何かを取り出した。

この辺りではあまり見かけない。


「ヴァイト、それは?」


「これは……なんて言えばいいか。

 水とかをプルっとさせるやつだ」


 ヴァイトは、「水とかをプルっとさせるやつ」と練り豆を混ぜる。

粗熱をとってから、それを冷やすそうだ。


「そうすれば、甘味の出来上がりってわけだ。

 これがその出来たやつだ」


「準備がいいな」


 ヴァイトが持ってきた完成品を見ると、確かに、練り豆がプルっとしている。

食べると、なんとも言えない食感と、甘みが口内を支配した。


「どうだ。

 うめーだろ?」


「う、うまい……

 それに確かに、甘いぞ!

 深みのある甘さだ!

 これはうまいぞ……!」


「本当、美味しい!

 エルフの里じゃこんなの食べたことない!」


 2人で絶賛し、あっという間に平らげた。

これは参考にさせてもらおう。

その様子を見たヴァイトは、普段よりも上機嫌になり、一杯多く注文して帰った。


 さらに次の日。

今日はあいにくの空模様だったが、こんな時もお客様はやってくる。

オープンしてまもなく、こんな日でも日傘を指した常連がやって来た。


「こんばんわ、皆の者。

 妾専用のはにーらってを頼むぞ」


「いらっしゃい、カーミラ。

 ハチミツ増量……でいいんだよな?」


「うむ、くるしゅうない」


 ソフィアがカーミラの飲み物を作っている最中、聞いてみることにした。

甘い物が好きそうだし。


「カーミラ。

 今度、新しいデザートメニューを作ろうと思うんだけど、何かない?」


「ふむ、そうじゃの……」


 カーミラは少し悩んでいたが、何かを思い出したように手を打った。


「ノアよ。

 たしかそこのハイエルフは、氷魔法が使えたな?」


「あ、あぁ。

 使えるけど、それがどうか?」


「まぁ、妾の言葉を聞け」


 俺はカーミラの言葉を聞き、絶句した。

そんなことあるわけないと。

ソフィアも言っていた。

「ハイエルフの私でも、そんなことにはならないと断言できる」と。

なので、実際にやってみた。

すると……


「なるほどなぁ……」


 牛乳と砂糖を少し混ぜた液体を、空気を入れながら混ぜる。

それも冷やしながら。

そうすると、不思議とクリーム状となり、凍る。


「じゃあ、1つ味見を……」


 食べてみると、口の中で溶ける!

聞いたとおりだ!

濃厚なミルク感と、甘さの親和性……良い!


「うまい!

 これはうまいな!」


「本当、美味しい!

 エルフの里じゃこんなの食べたことない!」


 2人で絶賛し、あっという間に平らげた。

これも参考にさせてもらおう。

その様子を見たカーミラは、普段よりも上機嫌になり。二杯多く注文して帰っていった。


 その日の夜。

俺とソフィアは新メニューの考察をしていた。


「2人のアイディア。

 なかなかのものだったわね」


「あぁ、間違いない。

 2人のアイディアは、メニューにできる。

 だからこそ、俺たちだって負けてられない!」


 俺は昨日試作しておいた、とっておきの「あまいもの」を取り出す。

ソフィアにも内緒で作った、あまいもの。


「の、ノア!?

 これは一体!?」


「昨日思いついた……いや、あまいものの神様が、俺に語りかけてきたんだ。

 牛乳と砂糖……それにヴァイトからもらった『水とかをプルっとさせるやつ』混ぜろと。

 そして、一晩冷やして出来たのが、これだ!」


「これがあまいもの……

 ハイエルフの私でも、そうは見えないわ」


 黄色みがかった、プルプルとした食べ物がそこにあった。

光を反射するツヤ感、見るものを魅了する魅惑のボディ。

さらに美しさを兼ね備えた甘味。


「じゃあ、早速食べてみるわn――」


「まて! ソフィア!

 『仕上げはお母さん』の時間だ!」


「!?

 何を言って……!」


 先程作った、砂糖と水を混ぜ、火にかけて作った特性ソース。

ハチミツのような色をしているが、味は全然別物。

それを……かける!


「これは……!?」


「さぁ……!

 これで完成だ。

 食べてみてくれ!」


「……行くわよ」


 ソフィアがスプーンで、それをすくい、一口食べる。

瞬間、ソフィアの顔が驚きに満ち溢れた。

ような表情をした。


「ノア……!

 これ!」


 語彙を失っている。

しかし、その瞳と表情は、確かに伝えている。

うまい。と。


「どうやら、完成したらしいな」


「美味しい……こんなの美味しすぎるわ!

 エルフの里じゃ、こんなの食べたことない!」


 俺とソフィアはこの甘味をプルリンと名付け、新メニューとした。

次の日から提供を始め、プルリンは喫茶店の看板メニューとなるほどの人気を博した。

もちろん、ヴァイトとカーミラのメニューも加えてある。

2人のメニューも人気になり、喫茶店の売上は倍近くになった。

おかげで俺とソフィアがいても店が回らないくらい、繁盛している。


 忙しさでてんてこ舞いになりながらも、俺とソフィアはわらっていた。

なぜなら、あまいものを食べているお客様の顔はみな、幸せに満ちていたからだ。

この喫茶店で、何かを飲んだり、食べている間は幸せでいてほしい。

どんな人にも、どんな時にも、安息を。

それが、この喫茶店のモットーだから。

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