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11話 誓い、月下の衝動

 その夜は、とても静かだった。

月明かりが窓からやさしく差し込む部屋。

ベッドに寝転びながら、天井を見つめていた。


 ソフィアが言った言葉。

そして、ヴァイトを攻撃したときの感覚。

2つのことが気になって、どうにも眠れないのである。


 なぜ、ヴァイトは俺を襲ったんだ。

闇に落ちた戦士、俺の姿、無関係には思えない。


「……俺は、本当に伝説の戦士なのか?」


 左手の紋章に問いかける。

紋章は、ただ静かに緋色の光を放つのみ。

何も答えてはくれなかった。


 思えば、俺はこの力を突然手に入れた。

知らないうちに、それに振り回されていたのかもしれない。


 力を手に入れたことで、何かの歯車が狂って、大事なことを見落としているのではないか。

そう思えて仕方がない。


「俺は……」


 胸に手を当て、目を瞑る。

すると外から、何かを振る音と、掛け声のようなものが聞こえてきた。

窓から外の様子を見ると、そこには剣を振るリースの姿があった。


「リース……

 こんな時間に鍛錬してるのか」


 真剣な眼差しで剣を振るリース。

そういえば、いつだったか彼女との約束を破ってしまったっけ。

気がつけば俺は、痛む身体を無視して、階段を下っていた。


「リース!」


 喫茶店の裏口から出て、リースに声をかける。

リースは俺を一瞥し、剣を振るのをやめた。


「ノア、起きていたのか」


「あぁ、なんか寝れなくて」


「私もだ。

 月が綺麗な夜は、どうにも寝付きが悪い」


 剣を月にかざすリース。

青白い月の光を、剣が反射させる。

使い古された剣の刀身に、曇った俺の顔が見えた。


「太陽が天然のものではなくても、こうして月は美しいままだ。

 人の心は変わりゆくものだが、変わらないものも確かにある」


 そしてリースは静かに笑った。

しかし、その笑みは一瞬で消える。


「本当のところは、まだ少し怖いのだ。

 敵を目の前にした時、また私は剣を振るえなくなるのではないかと思ってしまって」


「リース……」


「心が揺らいでしまう。

 マガツビトを見ると。

 水面のように、少しの衝撃で波打ち、揺れる」


 風が吹いた。

冷たい風が、優しくリースの髪を揺らす。


「リースは強いよ」


「……え?」


「リースは強い。

 だって、俺が負けそうになった時、戦ってくれたじゃないか」


「それは……」


「それが何よりの証拠だよ。

 今は不安かもしれない。

 けど、いざという時には、身体が動く。

 それって、なにより凄いことじゃないのか?」


 リースは黙って俺を見つめていた。

碧色の目が、まっすぐ俺を捉える。


「俺はリースを信じてる。

 もし怖くなったら、その時はその時だ。

 どうにもならなくなったら、俺がリースを守る」


 そうだ、本当かどうかなんて関係ないんだ。

この力が、守るための力があるのなら、俺は――。


「俺は、伝説の戦士だから」


 左手の紋章が光る。

優しく、暖かな光。

それが闇だとは、俺は思えない。


「……ありがとう、ノア。

 その言葉で、私は救われたような気がする」


 笑みを浮かべるリース。

心から安心したような、そんな笑みだ。

思わず、ドキッとして目を逸らす。


「なんだか鍛錬する気分ではなくなってしまったな。

 寝るとしよう」


 剣を鞘に収め、喫茶店に向かうリース。

少し歩いた後、彼女はその歩みを止め、振り返った。


「私も、ノアを信じている。

 ノアが戦えない時は、私が代わりに戦おう。

 だって私は、ノアの剣だから、な」


 そう言って急ぎ足で戻っていった。

なんだか、すごくいい笑顔だった気がする。

そしていい逃げされたような気もする。


「……俺も寝るか」


 自室に戻ってベッドに入ると、すんなりと眠ることが出来た。

少しだけ、心の棘が抜けたような気がした。





 次の日。

俺は悲鳴で目を覚ました。

痛む身体を起こして窓から外を見ると、昨日倒したはずのカマキリ野郎が大量発生していた。

少しサイズダウンして、色も薄くなっているようだが、昨日のカマキリ野郎に間違いはない。


「倒しきれてなかったのか!」


 身体を起こそうとするが、全身に痛みが走る。

いくらソフィアのヒールを受けたとはいえ、まだ肉体にダメージが残っているようだ。


「くそっ、昨日めっちゃ肉食べたのにな……」


 時間をかけて身体を起こすと、反対の部屋からリースが飛び出してきた。

鎧を着て帯剣しているのを見ると、どうやら戦いにいくらしい。


「リース!」


「ノア、その体で無茶をするな!」


「でも、マガツビトが!」


「今ノアがやられたらどうする。

 伝説の戦士の1人がやられてしまったらどうなるかくらい、想像できるはずだ」


「でも……!」


「頼むノア。

 今日は私たちに任せてくれ」


 真剣な眼差しで俺を見つめるリース。

しばらくして、答えを聞かずにリースは走って外へ向かった。

すれ違いざまに叩かれた肩に、プレッシャーのようなものを感じる。


 廊下で呆然と立ち尽くしていると、階段を上がってソフィアがやってきた。

俺を見つけると、すぐに駆け寄ってくる。


「ノア!

 早く避難しなきゃ!」


「でも、リースやみんなが……」


「何言ってるの!

 凄い数の怪物がいるのよ!?」


 窓から外を見ると、先程よりもマガツビトの数が増えている。

王立騎士団の皆が戦っているが、その圧倒的物量の前に押されているようだ。


「ねえ、ノア、聞いてるの?

 早く避難しなきゃ!」


 俺の腕を掴むソフィア。

左手の紋章が脈打ち、心臓が呼応する。


「……ごめん、ソフィア。

 先に行っててほしい」


「……!」


「俺には、やらなきゃいけないことが、ある」


 ソフィアの手を振りほどき、背を向ける。


「ノア……

 私は――」


「どこにも行かない」


「……えっ?」


「俺はどこにも行かない。

 守りたいものが、いっぱいあるから」


 振り返り、ソフィアを見つめた。

今にも泣き出しそうなほど、ソフィアの目には涙が溢れている。


「行かなくちゃ」


 背を向け、走り出す。

後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。

でも、止まることはできない。

迷いは、ある。

でもそれ以上に、俺を突き動かすものがある。

ただその衝動に従うだけだ。

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