外伝3 大隊長の憂鬱
「大隊長!
街に怪物が現れたとの情報が!」
「何ぃっ!?
それは本当かっ!?」
街に怪物が現れた。
その情報が入ってきたのは、午後の休憩時間だった。
いつものように鍛錬を終えた我輩は、部下たちを実践指導。
皆の体力を鑑みて、休憩を与えたその直後。
「休憩は終わりだ!
すぐに出撃の準備をするぞ!」
部下の騎士たちが重い腰を上げて準備を始める。
各々が武器を、鎧を、兜を装備し整列。
怪物の詳細なデータがない以上、大きく動くわけにはいかない。
敵のデータを得るために先行部隊を派遣するべきだ。
そうだな、先行部隊は、我輩を含む30名としよう。
本来なら吾輩は前線に出るわけにはいかない
しかし、今回は特殊な事例だ。
怪物をこの目で見ておかなければ、今後の作戦に影響がでる可能性がある。
念には念を。
「リース!
リースはいるかっ!」
「はい、ここに」
若き女騎士、リースが前に出た。
武器防具すべてフルで装備している。
いつでも出撃可能という状態。
うむ、こういうところが他とは違う。
「リース。
我輩は君の実力を買っている。
だからこそ、君に任せたい仕事がある」
「敵の調査……ですか?」
「うむ、話が早くて助かる。
先行部隊とは別に、隠密行動をとってもらいたい。
怪物の行動を調査し、報告してほしいのだ」
「承知しました。
私にお任せください」
「よし。
では出るぞ!
皆続け!」
隊列を組み、怪物の目撃情報のあった場所へ急ぐ。
大通りは怪物から逃げる人々で混乱を極めていた。
部署違いの騎士たちが避難誘導を行っているが、混乱している人々は聞く耳を持たない。
「避難誘導の仕方を考えねばな」
脳の片隅に記憶し、現場へ。
怪物へ近づいている証拠か、街の一部が破壊されている。
石造りの建物をいとも簡単に破壊できる怪物か、面白い。
そして、我輩は奴を見た。
禍々しいその姿は、まさに異形。
モンスターというべきか。
こちらを睨みつけるその顔は、獲物を求める獣のようだ。
伝説の生物、竜を彷彿とさせる頭部は、見るものに畏怖を与えるに十分。
黒い身体には、炎を蝋で固めたような不規則に尖った棘が生えている。
身体を通る赤い筋は筋肉が抉れたようだ。
心臓の鼓動と共に脈打っている。
人形である以上、新種のセリアンスロープの可能性もあるだろう。
先手を打たれる可能性はあるが、我輩は腕に自信がある。
その昔、獣王と呼ばれたセリアンスロープ、ギルガンナと決闘したことがある。
ギルガンナは恐ろしいほど強く、今まで誰にも敗けたことがなかった。
其奴に初めて地を舐めさせたのが、何を隠そう我輩だ。
実力を過信しているわけではない。
だからこそここは、先制する。
「貴様か!
街で暴れまわっているという化物は!」
声を張り上げる。
怪物はこちらを睨みつけたまま、人の言葉を発した。
「えぇっ!
違うって! 俺じゃない!
俺は倒したんだよ、そいつを!」
そいつ……?
そいつとはなんだ。
しかも、妙にフランクな喋り方だ。
ブラフか? 一瞬でも隙を作ればやられる可能性がある。
ブラフだとしても、その情報を利用させてもらうほかない。
奴に知性があるのなら、その心を揺さぶろう。
「嘘をつけぇい!
その凶暴そうな見た目……どうみても怪物ではないか!」
「……えっ?」
怪物は近くの噴水まで行き、なにやら驚いた様子をしている。
身体のあちこちを触って何かを確認しているようだ。
あれは、おそらく武器の位置を確認しているのだろう。
身体のどこかに隠した暗器。
我輩が指さした先に、おそらくそれがあったのだ。
敵の眼の前で確認するとは、力だけの未熟者同然。
これならば簡単に追い詰めることができる。
「えっと……これは、その……」
奴が振り返る前。
ハンドサインで指示を出し、部下に戦闘体勢を取らせた。
じりじりと敵との距離を詰める。
「確保おおおおおおおおおおおおお!!」
武器を構え、全員でダッシュ。
怪物は踵を返し、逃亡を試みた。
「うおおおおおおお!!
待ってくれ! 誤解だあああああああ!!」
何が誤解だかわからない。
話は城で聞けばいいからな。
確保させてもらう。
しかし、いくら走っても奴に追いつけない。
エルフの魔法でもかけられているのか?
奴の体力・走力は人間離れしている。
セリアンスロープの一部に足が異常に早い者がいることは知っている。
しかし、その種は体力はあまりない。
どちらも兼ね備えているとなると、我輩が追いつくのは難しいだろう。
「大隊長!
私にまかせてください!」
後ろからリースが走ってきた。
そうだ、こちらにも人間離れした奴がいるではないか!
足の速さは騎士団一。体力だけならセリアンスロープも凌ぐ。
腕っぷしも相当で、将来上級騎士昇格は約束されているも同然!
リースなら……追いつける!
「リース! 後は任せた!
我輩たちは城に戻り報告する!」
我輩はハンドサインで部隊を停止。
隊列を組み直し、城へ戻った。
それからしばらくして。
再び怪物が現れたとの情報が入った。
現場へ向かった時には、すでに怪物の姿はなかった。
しかも、今度は3体、怪物が現れたらしい。
「立て続けに怪物が現れるとは。
街の見回りの強化、避難経路の最適化に入国規制。
やることが山積みだな」
「大隊長。
只今戻りました」
これからやらなければならないことに頭を抱えていると、リースが戻ってきた。
何故か鎧は着ていない。
「ご苦労だった。
成果はどうだ」
「私が追っていた怪物については後ほど。
後で現れたものは2体。
生体的特徴は、今まで発見された生物とは異なります。
人類に敵対する、新たな生物種かと思われます」
「なるほど。
黒い怪物は、そいつらの仲間か」
「……いえ、それは、どうかわかりません」
リースの表情が曇った。
いつも凛とし、正しいことは正しいと主張する彼女が、微妙な反応を示すことは珍しい。
「仲間ではなかったとしても、存在が異質なのは確かだ。
レストレア国民が安心して暮らすためにも、怪物を見つけたら立ち向かわなければならない」
「……わかって、います」
「……何か、事情があるようだな。
君を信じて、今は追求しないでおこう。
しかしいずれ、評議会が開かれる。
その時に、全ては決まる」
「はい。
ありがとうございます」
「報告ご苦労だった。
今日はもう休んでいいぞ」
「はっ!」
リースは頭を下げ、去っていた。
椅子に座った時、ふと彼女が王立騎士団に来た時のことを思い出した。
我輩もあの時は若かった。
今じゃ自慢の髭も、昔はコンプレックスで剃っていたな。
「歳は取りたくないものだ」
椅子の向きを変え、山積みの書類を見る。
これをすべて明日中に書いて上に提出しなければいけない。
「寝れないな、これでは」
誰が聞いているわけでもないのに、笑いながら呟く。
小さなランプの明かりが、妙に暖かく感じる夜だった。