外伝2 遠き日の記憶
視界が、ぼやけて揺れている。
しばらくすると、それは落ち着いた。
眼の前には、信じられない光景が広がっている。
「怪物同士が……戦っている?」
私を吹き飛ばした怪物と、黒い竜の怪物。
2匹が戦っている。
黒い竜の怪物は、圧倒的な力でもう一体の怪物をねじ伏せた。
「……怖い」
私はそいつを、知っているような気がした。
心臓の鼓動が早くなる。
エルフの里が滅ぼされた時、私は悪魔に魂を売る想いで、救いを願った。
だから、私は1人、生き延びることができたのだと思う。
生に執着した私なのに、1人だけ生き残ったことに罪悪感を抱いた。
それを、心の中の悪魔は揺さぶる。
黒い感情に、私自身が染められていくようで。
ひどい吐き気がする。
頭痛もだ。
あの竜の怪物を見てから、何かがおかしい。
きっと、私の中の悪魔がやつを恐れているのだわ。
いや、憎んでいる? 一体なぜ。
この感情は一体……?
「私は……私は一体、誰なの……?」
やがて視界がゆっくりと暗くなり、私は気を失った。
次に目が覚めた時、私は自分の部屋のベッドで横になっていた。。
「おっ、目ぇ覚めたか」
ベッドの直ぐ側に、お父さんが立っている。
ずっと私を看病してくれたみたい。
「ごめんなさい、お父さん。
私……どうして」
「怪我は大したことねぇみてぇだな。
よかった、無事で」
心底安心しきった顔をするお父さん。
そういえば、私が初めてここで目を覚ました時も、同じ顔をしてたっけ。
あの日のことが、少し懐かしい。
「お父さん。
私が初めてこの家に来た時のこと、覚えてる?」
「……あぁ、覚えてるさ。
忘れるわけがねぇ」
「私、もしかして……」
記憶を辿る。
エルフの里が滅ぼされ、満身創痍でなんとか逃げた私は、怪物に見つかって……
そして……?
「……まだ本調子じゃねぇみてぇだな。
店の片付けは俺に任せて、ゆっくり寝てろ。
ったくノアの野郎、どこほっつき歩いてんだ」
「そうだ!
ノアは!? ノアは無事なの!?」
「無事って聞いたぜ。
知り合いの騎士が、誰かに引きずられて行くのを見たってさ」
「引きずられて……?」
「まぁとにかく、2人とも無事でよかった。
ソフィアとノアは、大事な俺の子供だからな」
優しげな笑みを浮かべて、お父さんは部屋から出ていった。
胸に手を当てると、少しだけ心が落ち着いたように思える。
「私は……」
脳裏に、黒い竜の怪物が浮かぶ。
燃える木々、苦しむエルフの民。
そして、私。
「私は、ソフィア」
うわ言のようにつぶやく。
その名を、自分の心に刻み込むように。