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90.回想~独白~

冷え、乾燥、とても辛いです…

皆様も肌荒れに気を付けてください

 女が尻と背中の固い感触と共に目覚めると、そこは何処かの倉庫地帯の一角だった。何処からともなく漂う潮の匂いから此処が海辺近くである事も推測出来る。


 一先ず立ち上がろうとして初めて手足を縛られている事に気が付いた。そこで先程までの記憶が蘇る。


 「这是哪里?(此処は)…?」

 「気が付いたか。」


 声が聞こえた方を向くと、そこには折り畳み式の簡易なパイプ椅子に座って煙草を吸う八重樫がいた。少し離れた場所には那智兄弟と【美奈子】の姿もある。女は直ぐに状況を理解して無表情のまま瞑目し、諦念交じりに息を吐いた。


 「見事に誘拐されたみたいだね。そんな事して大丈夫なのか?」

 「全く問題ない。どのみち非合法な事をしている時点で警察に頼る事なんか出来ないだろ?」

 「……。」


 女の表情は無表情のまま変わらない。ただ顔を八重樫に向けたまま、情報を少しでも得ようとしているのか目だけを動かして辺りを見回している。女のその様子を特に気にする事なく八重樫は煙を吐くと質問を始める。対する女は肩を竦めると八重樫に視線を向け、小馬鹿にする様な態度で言葉を返した。


 「さて、質問と行こう。【飯島敦夫】を知らないか?」

 「さっきも言ったが知らないね。少し前に『もう取引を行わなくて良い』と一方的に電話越しに告げられたっきりだね。」


 明らかに不利な状況にも関わらず、あっけらかんと答える女は、視線を八重樫から【美奈子】へと移すと、心底不思議そうに、そして何処か不気味そうに問い掛けた。


 「処でこちらも聞きたい事がある。先程のあれもそうだが一先ず置いておこう。


 なぁ、そこに立っているお嬢さんは【片山美奈子】だろ?どうして【生きている】?お前は確か交通事故で【死んだ】筈だろう?


 こちらでも顧客の情報をそれなりに集めているんだがお前は確かに【死んで】いた。私自身もこの目で確認したから間違いはない。


 なぁ、どういう事だ?何故【生きている】?姉妹がいたなんて情報はない。まさか死者が蘇ったとでもいうのか?」


 女の言葉に顔を青褪めさせ、耳を押さえて体を震わせていた【美奈子】は俯いた頭を両手で抱えると踵を返してこの場から走り去る。


 「大也!冬治!こいつを見張ってくれ!」


 八重樫は素早く指示を出すと椅子が後ろに倒れる程勢い良く立ち上がり、走り去る【美奈子】の後を追い掛ける。遠ざかるその背中はあまりにも弱々しく、小柄な体がより小さく見えた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 暫く走って人気のない灯りの少ない場所まで行くと、【美奈子】の走る速度が段々ゆっくりになりやがて立ち止まる。


 「ねぇ、私は何の為にいるのかなぁ?【敦夫】には逃げられて…。」

 「……。」


 前を向いたまま俯いた【美奈子】のか細い問いに八重樫は何も答えない。後ろに立つ八重樫に【美奈子】が振り返ると、赤く腫れた両目に大粒の涙を浮かべて今まで堪えていた物を吐き出す様に、感情のままに大声で叫ぶ。


 「気付いていたよ!私が【偽物】だって事は!【片山美奈子】の【紛い物】だって事は!だけどこんなにも【敦夫】が好きなのに!」


 ――そう、本当は分かっていた。所詮(【美奈子自身】)も今まで殺し(壊し)てきた【偽物】の一つである事は。


 ――だからあそこまで【彼女ら(美奈子達)】を憎んでいたのだ。嫉妬していたのだ。腹が立ったのだ。


 ――そして、それらを消す事で自分は違うのだと否定する事で、必死に私が(【美奈子は】)【本物】だと思い込もうとしていたのだった。


 …だけどそれなのに、(【美奈子】)はずっと認めて欲しい【飯島敦夫】に否定されてきた。何時しか自分が【本物】なのか【偽物】なのかが分からなくなった。


 …もう限界だった。胸の中の何かに罅が入り、軋む音が聞こえる。しかしそれさえも既にどうでも良く思えていた。


 「ねぇ、これも【偽物】なの!?【敦夫】の事が好きな気持ちもッ!他の【美奈子】への嫌悪もッ!【本物】の【美奈子】への嫉妬もッ!!


 私は【敦夫】への感情を植え付けられただけの価値のない存在なの!?こんなに悩む位ならッ!こんなに苦しむ位ならッ!こんな絶望を味わう位ならッ!私なんて生まれて来なければ良かったッ!!


 それでも今迄、必死に目を逸らしてきたのにッ!分からない振りをして、自分を騙して来たのにッ!それなのに…ッ!!」

 「…馬鹿言うな。君は君だろう?【飯島敦夫】への想いは、確かに最初は植え付けられた物だったのかもしれない。少なくとも僕には、其れは想像する事しか出来ないからな。だが、それを今まで抱き続けたのは紛れもなく君だ。君だけの物だ。


 確かに君は【飯島敦夫】の恋人で、交通事故で死んだ【片山美奈子】ではない。それでも彼を想い、この場にいる君は少なくとも僕にとっては、紛れも無く【本物】の【片山美奈子】だ。その事は君自身にも否定はさせない。」


 【美奈子】の悲痛な慟哭に、八重樫は落ち着いた声音で、真摯な思いを載せた言葉を返す。


 端から聞けば、或いは八重樫自身も綺麗事だと感じる様な台詞。しかし、今まで自身の存在意義を一人で思い悩み、もがき苦しんでいた【美奈子】にとってそれは、上も下も分からない深海の如き暗い水中に射し、行き先を照らす一筋の光の様な物だった。


 「もう一度言うぞ。君は君だ。他の何者でもない【本物】の君だ。そして君が抱くその【感情】は確かに君の【本物】の【感情(気持ち)】だ。


 今はまだ整理が付かないかもしれない。まだ抱えている【感情】もあるだろう。ならば今は思う存分泣くと良い。落ち着くまでは僕の身体位は貸してやる。だから、其れまで存分に吐き出しなさい。」


 そう言うと、八重樫はゆっくりと【美奈子】へと歩み寄り、恐る恐るといった様子で抱き寄せると、柔らかな手付きで落ち着かせる様に背中を擦る。八重樫の体温と優し気な手付きに【美奈子】の目から再び涙がボロボロと零れて頬を濡らす。


 ――ずっと誰かに認めて欲しかった。

 此処にいて良いのだと言って欲しかった。

 お前は【偽物】等ではない【本物】だと。

 お前は【お前(美奈子)】だと。


 ――ずっと不安だった。

 この【感情(気持ち)】が植え付けられた【偽物】ではないかと。

 私の本当の意思等ないのではないかと。

 所詮、【美奈子】の【模造品(偽物)】で、それすら務められない劣化品なのではないかと。


 ――だが此処に認めてくれる人がいた。

 お前は確かに【本物】だと。

 その【感情(気持ち)】は【本物】だと。

 お前は此処に存在して良いのだと。


 八重樫の背中に両腕を回し、胸に顔を埋めて嗚咽を上げて泣く【美奈子】を優し気な笑みを浮かべて空いた左手で頭を撫でる。


 夜の倉庫地帯に少女の泣き声が、何時までも響き続けた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 同時刻、突然立ち並ぶ倉庫の合間の影から、ふらりと表れた痩躯の若い筈なのに纏う草臥れた雰囲気から幾分年老いて見える二、三十代くらいのフォーマルスーツを着た男が自然な動作で捕らえた中国人の女に近付くとそのまま肩に担ぎ上げた。


 余りに自然で今まで反応出来ていなかった那智兄弟は直ぐに我に返る。大也は男の纏う雰囲気の異質さに体が石になったかの様に動かない中で不恰好に口角を吊り上げると精一杯平静を装った口調で尋ねる。


 「で?あんたは何者だ。いつからそこにいた。」

 「さぁな。俺は用事ついでにこいつを回収しに来ただけだ。ところで【片山美奈子】って奴知ってるか?」

 「…知っていたらどうする?」


 大也は突然出てきた名前に内心動揺するが、鍛えた表情の仮面でそれを直前で隠し、何処か確信した様な調子の問いに問い返す。しかし相手には返答までの僅かな間で充分だった様で、あるいは既に知っていたのだろう断定した口調で提案した。


 「いや何、君達といる【片山美奈子】をこちらに引き渡して貰おうかと思ってね?


 君達も既に知っている通りあれは人間じゃない。そもそも最初は人の姿すらしていない只の蠢く肉塊だった。こちらで管理していたんだがうっかり逃げられてしまって探していてね。


 それに君達もあれに無理矢理【飯島敦夫】の捜索に付き合わされて迷惑しているだろう?其方にもメリットはある筈だがどうだろうか?」


 空いた腕を前に出しながらの男の問い掛けに大也と冬至は顔を見合せる。


 「成程、確かにそれが終わるなら楽ではあるな。それにいつあの腕に叩き潰されるか怯える事もなくなるだろう。」


 顔を男に向けた大也は、そこで一旦言葉を切ると冬治と二人でニヤリと口角を吊り上げて笑い、同時に答えた。


 「「だが、断る!!」」

 「俺達兄弟の好きな事の一つは圧倒的優位だと思っている奴にNOと言って断る事だ!」

 「それにネタ抜きにしても、どんな都合や状況だとしても一度受けた依頼を、傍から与えられた都合の良い条件で放り捨てるなんて不義理だし、何よりかっこ悪いだろ?」


 二人の信念を込めた言葉に、男は嘲る様に肩を揺らして嗤うと腕を下ろす。


 「そうか。まぁ、気が変わったら明日の午後十時までに【片山美奈子】を連れて【飯島敦夫】の家に来い。」


 男はそういうと女を担いだまま街灯の光が届かない倉庫の間の闇へと姿を消した。二人は完全に姿が見えなくなるまでそれを黙って見ていた。


 二人は場を支配していた雰囲気が霧散して体の自由を取り戻すと顔を見合せる。


 「…処で捕まえた情報源候補が持っていかれたがどうするよ?」

 「…どうしようか?」

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